第37話

 僕らは素早く撤収し、そのまま下校した。射水さんはM16を片付けるとまた元の楚々として凛々しい弓道部員に戻り、ごきげんよう、などとにこやかに微笑んで武道場へと赴いた。


 こんなことをやらかしておいて、竜崎先輩や勇の守護が得られない校外に出て独りになったら、さらなる報復を受けないだろうか―――とも考えたが、それはないと、僕も飛鳥さんも予測していた。


 彼女は徒歩五分の距離の、セキュリティに守られたタワーマンションに住んでいて、登下校を襲撃するのはほぼ不可能だし―――それに、無法者たるオークキングは、学校内だけで完結する存在のはずなのだ。校外で警察の厄介になろうもんなら、校長といえどかばいだてはできないのだから。実際、彼が外で問題を起こしたという話は、聞かない。



 翌朝。


 駅に通ずる通用門では、頭に包帯を巻いたオークキングが、取り巻きをずらり並べて、登校してくる生徒ひとりひとりにガンを飛ばしていた。縮こまりながら黙ってその前を通り過ぎて校内に入る面々の中には、僕も混じっていた。僕の顔は、どうやら彼らに記憶されていないらしい。


 飛鳥さんを探しているのは明らかだった。下手すると重役出勤の彼女を朝から待つなんて、ずいぶん律儀なことだ。校外に問題を持ち出す気はない、という意識の表れでもあろう。


 僕が自転車を置いて通用門近くまで戻ると、オークキングと飛鳥さんがちょうど出くわしたのが見えた。


 「おいてめぇ―――昨日、何しやがった?!」


 「何の話だ?」にやりと笑い、何もかも知ってますと言う態度をわざと前面に出しながら、飛鳥さんは言った。「でかい図体が邪魔だ、そこをどけ」


 巻き込まれたくない見知らぬ生徒たちが、無関心を装って傍らを足早に通り過ぎていく。けれど、―――僕はそっと自分のスマホでSNSを見た。次々と目撃情報が上がっている。和尚の煽りが効いているのだ。これまで、校内に君臨するオークキングの話題は、SNSでも微妙にタブー視されていたらしいが、「彼をやりこめる一年女子」の存在により、一気にそのたがが外れていた。


 「うるせぇ! これを見ろ!」オークキングが包帯を指差す。そして取り巻きを使って、飛鳥さんを囲みにかかる。


 「何のことかさっぱりわからんな。そこまで言うなら―――しょ・う・こ・は、あ・る・の・か?」わざとらしく言ってのける。今日ほど、飛鳥さんのニヤニヤ笑いが、キレを増して見えた日はない。「それにしても、女ひとりにたいそうな出迎えだな。いいのかい? こんな衆人環視なところで暴力なんざ振るったら、さすがにあんたの保護者もかばいだてはできないだろ。だからあんたは何もできない。だったら、フリだけでもいい子にしてろよ、ボクちゃん」


 オークキングはぐっと詰まって―――だがすぐに、喉を無理矢理押し開けるようにして罵詈雑言を連ねた。ここで述べるのも恥ずかしくなるくらい、低レベルでガキくさくて、しかも半分は人語を失って聞き取れもしなかったから、内容は割愛する。ただ、この場の収拾をさっさとつけたほうがいいな、とは、判断できた。


 参謀の僕の役目だ。ここの適役は助さん格さんかな。僕は勇に電話をかけた。


 「わかった。俺はふだん正門から登校するが、通用門から入ろう」勇は快く答えてくれた。「それに、空手部は今頃朝練だ。校外ランニングのルートを知っている。彼らにも通用門を通ってもらうよう伝えよう」


 「頼むよ」


 空手部と勇はすぐに到着した。オークの群れと道着の集団が通用門で鉢合わせ、の構図ができあがる。


 「よう、先輩。いいタイミングだな」飛鳥さんが、空手部の先頭に立つ竜崎先輩に呼びかけた。


 「おぉ、飛鳥殿ではないか。オハヨウ! 実にいい朝だ」先輩は、ほっほっ、はっはっと小気味よい駆け足足踏みで、朗らかに朝のあいさつをした。それから、オークキングの存在に気づく。飛鳥さんはオークどもに囲まれていたのだから、気づく順序が明らかに逆だが、元勇者とはそんなものである。「むむ? これはまた、何か悪さをしようとしているのではあるまいな。いかんぞ、いかんいかん」


 オークどもがたじろぎ、オークキングも口をつぐんで、一歩足を引いたところ、―――校舎の屋上で何かがきらりと光った。次の瞬間、オークキングのこめかみあたりを、しゅっと何かが高速でかすめ、ずど、と地面にめり込んだ。包帯の結び目が切れ、ぱらりと垂れ下がる。オークキングの背筋を何かがぞっと駆け上がるのが、周囲からも見て取れた。


 桐原さんが僕の隣に来ていて、ぐっと親指を立てながら、僕にスマホの画面を見せてくれた。最後に表示されたメッセージは「引き受けた」と簡潔なもので―――「はるこん」とメッセージをやりとりするその人物のハンドルネームは、「りゆりゆ」、って誰だそのカワイイの?! つーか、桐原さんもいつの間に仲良しに? 女子のネットワークはわからんな!


 「こぉらぁー! そこで何してるのぉー!」


 職員室から、城市先生までが出てきた。先生なりに、精一杯声を張り上げて。


 「そんなところに人がいっぱいいたら邪魔でしょー! さっさと校舎に入んなさーい!」


 駅に近くて人通りの多い通用門に集団がたむろしたせいで、登校を完全に遮り、生徒が周囲の路上で渋滞状態になっていた。ここは先生の言に従うべきだろう。オークどもが、やはりゴングに救われるかのように、渋々引き上げていく。


 登校する生徒たちが再び流れ出す中、飛鳥さんはしばらくその場で佇んでいた。


 僕がいて、勇がいて、桐原さんがいて、竜崎先輩がいて、城市先生がいて、和尚は多分教室でスマホを見ていて、射水さんは屋上でM16を片付けているんだろう。


 飛鳥さんがかすかに口角を上げて笑っていた。それは、勇者たちと友人になったあの日、彼女がマンションの通路で見せた、幸福な笑みに似ていた。

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