第74話

 戦いは苛烈を極めた。


 まず、竜崎先輩の全身全霊を振り絞った奮闘により、地上からザコどもが一掃された。グレイテスト・マッスルの超・格闘技は魔法陣さえも破壊し、新たなザコの供給はもうない。


 代わりに、我が生涯に一片の悔いなしと、天高く突き上げた血まみれの腕を自らの墓標として、竜崎先輩は立ったまま真っ白になって事切れていた。


 残る敵はただひとり、魔王飛鳥さくらのみだ。


 竜崎先輩がザコ魔物を倒すごとに、黒いタール状の物質はさらにネバネバと彼女の体にこびりついていた。もはや下半身は光をすべて吸い込む暗黒に完全に覆われ、大きく裾を広げたロングスカートのごとく、海上にまで達していた。そして背後には、彼女の冷え切った瞳を中心に、絡め取られた蜘蛛の巣の蝶のような、黒く巨大な紋様が形成されていた。


 紋様がとどまることなく広がりを増すほどに、その間隙を飛び交うしゃれこうべの動きもまた活発になり、容赦なく間断なく四人の元アルガレイムの戦士たちへの襲撃を繰り返した。


 だが、四人は冷静だった。


 あらゆる攻撃を、和尚の魔法が的確に防ぎ、あらゆる防御を、城市先生の魔法が砕いていった。しゃれこうべは次々灰と化し、タールの紋様は燃え、凍り、切り裂かれた。


 すかさず勇と桐原さんが剣を構えて突っ込めば、顔は動かないのに飛鳥さんの腕だけが動いて、新たな光の盾を次々に作り出す。だが、補助魔法で強化された二人の攻撃は、それらの盾を易々と砕き、少しずつ、飛鳥さん本体へと迫っていく。


 と―――。飛鳥さんの手の動きが変わった。すっと高く差し上げられ、その掌上に、急速に光が集まり始めた。


 あっと思う間もない。集まった光が、軽く投げるようなしぐさと同時に、今度は一気に拡散する。全方向に、永劫の距離を飛び散り、触れるものすべてを破壊し尽くした。


 再び和尚の魔法防壁が冴え渡り、四人の精鋭は守られたが、もはや地上に平穏な暮らしの面影はない。スカイツリーが消え、富士山が形を変えた。三浦半島はついに海に沈み、東京湾と相模灘がつながった。相模トラフを刺激したのか、各地で火山の噴煙が上がり始めた。激しい地震も繰り返し起きているようだ。


 武蔵小杉のビル群だけが、ぽつんと残っているのは、もしかして本当に、住まいを守りたいと思っているのだろうか。他が何もかもめちゃくちゃなのに?


 見境なく暴れ続ける魔王の最後の乱撃発狂モードは、自らの世界を止むことなく破壊し続ける。けど、彼女がどれだけ猛り狂っても、沈む夕陽の速度と、精鋭たちの冷静さは変わらなかった。一番星がきらり輝く下で、激しい攻防が繰り返された。




 ……どこかでけりがつくだろうと思って、僕自身は傍観していたが、思ったよりも拮抗している。


 というか、精鋭たちが攻め立て、斬り、魔法で焼き、傷を与えるほどに、飛鳥さんがまとうタールは厚みを増し、もう顔もわからないほど覆い尽くしていた。


 やれやれ。根が、深いのだな。あまりしたくなかったのだけれど、これは、僕自らが出るよりほかないらしい。といっても、矢面に立つわけじゃない。僕は魔王だけれど、戦う意志は、どこまでいっても彼女には到底及ぶまい。僕は「参謀」だった。それは正しい力関係でもあったのだ。


 僕は少しだけ飛鳥さんに近づいた。彼女の真正面に位置する。そして、ただ―――見つめた。怒りと憎悪に身を任せ、らんらんと輝く瞳の向こうで、きっと彼女は、いつまでも切り離せない、いくつもの感情を抱えてる。僕はそれを、見つめた。


 視線を受け止めて、彼女の動きが、麻痺したようにぴたり止まった。


 わずかでも止まれば十分だった。和尚と城市先生の補助魔法の援護をたっぷりと受け、最大まで強化されて光り輝く姿となった勇と桐原さんが、気勢を上げて吶喊し、渾身の力をこめた大剣の打ち込みと、神速で繰り出される細剣の横薙ぎで、飛鳥さんの脊髄と心臓を同時に両断した。


 いかなる人間も、これを食らっては生きていられないだろう。血しぶきが上がる……かに見えて、タールの膜がくるんとまくれ上がり、蛇が呑むようにその体を覆った。人の姿を失ってなお抵抗を試みたようだったが、体という殻が機能停止した今、黒いタールの塊は、もう内包するエネルギーをとどめておけない。


 戦いの、終焉だ。


 「い、いやだ……」


 飛鳥さんの声だけが聞こえた。


 「いやだァァァァァァァァァッ!」


 絶叫とともに、音、光、熱、波動、空間のゆらぎとゆがみ、形のないありとあらゆるもので表される膨大なエネルギーが、世界に放たれた。


 未曾有の衝撃波が、地表を伝わっていき、何もかもを消し去っていく。最後まで残っていた武蔵小杉のビル群が、あっけなく塵に変わった。


 そして、気高き勇者の魂を持つ彼女の友人たちも、事なしたりと満足げな笑みを浮かべながら、そのエネルギーの海に溶けて消えていった。

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