第19話
さて、ディーラーが決まったら、ハンドの開始だ。ポーカーにおける「ハンド」という単語の意味は広く、「自らの手の中にある役」のことを指すのが最も一般的だが、「手札を配ってからその手札での決着がつくまでの一勝負」もまた「ハンド」という単語で表す。一ハンドごとに、ディーラーは時計回りに交代する。
ハンドはブラインドの支払いから始まる。いわば参加料で、ディーラーの左隣とその左隣のプレイヤーは固定額を強制的に支払わされる。勝負に出ずひたすら下りる、という消極的な選択をすると、ブラインドばかり出ていって損をするわけだ。
ディーラーの左隣、またその者が支払う参加料をスモールブラインドという。今は飛鳥さんだ。飛鳥さんがチップを一枚放り投げた。
スモールブラインドの左隣をビッグブラインドという。今は和尚だ。和尚はチップを二枚置いた。
賭ける額は、ビッグブラインドが基準だ。ビッグブラインドの額以下を賭けることはできない。スモールブラインドのみビッグブラインドの半額である。BBと表現する。つまり今、飛鳥さんが〇・五BB、和尚は一BBを支払った。
これで、ポット(そのハンドで賭けられたチップの総額)は、一・五BBだ。
ディーラーはカードをシャッフルし、全員に二枚ずつカードを配る。これは各自の
後から、全員が使える
五枚の共通札は、三枚、一枚、一枚と、少しずつ場に出される。最初の三枚をフロップ、次の一枚をターン、最後の一枚をリバーと呼ぶ。提示されるごとに、チップを賭けるベッティングラウンドを行う。
どの手札がどれくらいの確率で勝てるかは、数学的に判明している。共通札の出方によって、勝率がどのように変化するかも、理論上は計算できる。しかしあくまで確率である。相手のカードがわからない以上、決定した事実ではない。
ベッティングラウンドは駆け引きの場だ。勝率の高い有利な手札を持っている人は強気に出、そうでない人は下りるか、共通札が自分の手札とマッチして、勝率が上がることを期待して勝負に臨む。
手札を見て、各自配られたカードの強さを判断したら、最初のベッティングラウンドだ。フロップが出る前なので、プリフロップと呼ばれる。
ベッティングラウンドでできるアクションは、ベット、コール、レイズ、フォールド、チェックの五つ。
「ベット」は、チップを賭ける行為全般を指すが、狭義では、各ベッティングラウンドで最初に行われたベット(オープニングベット)のみを指す。ブラインドの支払いもベットとみなされる。
なぜ「狭義では」となるかというと、オープニングベットの後になされるベットには別の呼び方があるからだ。それが「コール」「レイズ」である。
「コール」は、誰かがベットした後、それと同額を賭けるベットをいう。
「レイズ」は、誰かがベットした後、それよりも大きい額を賭け、賭け金を吊り上げるベットをいう。通常、自分の作る役は強いぞと誇示する、強気なアクションだ。
誰かがベットした後、それより少ない額を賭けることはできない。また、レイズには吊り上げ額の下限があり(通常は、元のベット額の二倍)、それ以下の額でのレイズはできない。逆に、僕らがプレイする「ノーリミット」のルールでは、レイズ額の上限はない。有り金全部を投じることも可能で、それを「オールイン」という。
「フォールド」は、賭けに参加するのをやめ、勝負から下りるアクションだ。コールもレイズもしないならば、フォールドするしかない。
「チェック」は、いわば「パス」だ。何もせずに手番を先送りする。誰もベットしていない場合にのみ可能である。
ベッティングラウンドは、勝負に参加しているプレイヤーが全員チェックするか、出したチップの額が同額になるまで続けられる。
つまり、チェックして先送りしても、後の手番の誰かがベットしたら、手順は再び自分に回ってきて「コール」「レイズ」「フォールド」のいずれかの選択を迫られる。誰かがレイズして賭け金を吊り上げたならば、コールしたプレイヤーは再度「コール」「レイズ」「フォールド」のいずれかを選択しなければならない。
ポーカーは、「最も強い役を作った者」が勝つゲームであるが、レイズして強気に振る舞い、「自分以外全員をフォールドさせる」でも勝ちとなる。むしろそれで勝負が決することの方が多い。この場合、実際に役ができたかは関係なく、
プリフロップは、ビッグブラインドの左隣から始まる。今は桐原さんだ。時計回りに、各自のアクションを決めていく。
桐原さんはコールした。つまり、ビッグブラインドと同額(一BB)を賭けた。ポットは二・五BBになった。
次は城市先生だ。城市先生もコールした。ポットは三・五BBになった。
僕は、手札がよくなかったのでフォールドした。
飛鳥さんはレイズし、三BBに賭け金を吊り上げた。もともとスモールブラインドの〇・五BBがあるので、追加したのは二・五BBである。ポットは六BBになった。
和尚はコールした。もともとビッグブラインドの一BBがあるので、追加したのは二BBである。ポットは八BBになった。
手番は一周して桐原さんに戻る。桐原さんは先ほど一BBを賭けたが、飛鳥さんが賭け金を三BBに上げたので、勝負に参加し続けるには少なくとも二BB追加しなければならない。桐原さんは勝負に応じることをせず、フォールドした。
城市先生はコールした。二BB追加し、ポットは一〇BBとなった。
僕は既にフォールドしているので、もうハンドに参加できない。
これで、僕と桐原さんはフォールドし、飛鳥さん、和尚、城市先生の三人が三BBずつを賭けた。プリフロップのラウンドはこれで終了し、
―――窓の外の様子が、いつの間にか大きく変わっていた。
平和にして無秩序に声が混ざり合っていたはずなのに、その声が止み、一様にざわざわと騒がしい、異様な雰囲気に包まれていた。
窓の外をうかがうと―――グラウンド中央に、黒山の人だかりがあった。遠くてはっきり見えないが、人だかりの真ん中、サッカーコートのセンターサークル辺りで、片や道着、片や制服、ふたりの大男が対峙して、にらみ合っていた。……はっきり見えなくても、誰と誰なのかは、僕と飛鳥さんには予測がついている。
空模様が急に怪しくなり、黒雲が天を覆い始めた。が、雨が降り出す様子はない。びょおおおとぬるんだ風が砂埃を巻き上げ、二人の間をつむじを巻いて通り抜けて、どこから現れたのかタンブルウィードが転がっていった。
「何だろうな、アレ?」和尚が言った。
「見なくていい」飛鳥さんが、あきれているのか参っているのか悩んでいるのか定かでない複雑な表情で、ふぁ、とひとつ息をついた。
僕はディーラーだ。ハンドを続けよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます