第20話

 僕は、共通札の最初の三枚、つまりフロップを開いた。


 ♡J、♣10、♡4 だった。


 とたんに、城市先生がしょぼーんとなった。彼女にとってよい出目ではなかったらしい。


 フロップ以降のベッティングラウンドは、ディーラーの左隣すなわちスモールブラインドから始まる。飛鳥さんからだ。


 飛鳥さんは少し考えていたが、ベットせず、チェックした。


 和尚は八BBベットした。ポットは一八BBとなった。


 城市先生は何度か首をひねっていたが、コールした。八BB追加し、ポットは二六BBとなった。


 飛鳥さんは手札を場の中央に投げ捨て、肩をすくめた。フォールドである。和尚と城市先生のみが勝負に残り、二人ヘッズアップで、続行となる。



 僕は、四枚目の共通札、つまりターンを開いた。


 ♡Kだった。


 城市先生の顔がぱぁっと明るくなった。


 それを見て、和尚はチェックした。


 城市先生はにこにこしながらもチェックした。和尚は眉をひそめた。


 二人ともチェックし、誰もベットせずにチェックだけで場が一周チェックアラウンドしたので、このラウンドはこれで終了である。引き続き、ポットは二六BB、ヘッズアップのまま、勝負続行となる。



 僕は、五枚目の共通札、つまりリバーを開いた。


 ♠3だった。


 城市先生の顔はにこにこしたままだ。


 和尚は少し考え、一五BBベットした。


 「コール!」城市先生はにこやかに叫び、場に一五BBを差し出した。ポットは五六BBとなった。


 リバーのベッティングラウンドを終えて、フォールドせず勝負に残った者が複数。いよいよ手札を開き、ポーカーの役で勝負ショーダウンとなる。



 和尚の手札は♢A♠J だった。七枚のうち最強の手役を作れる五枚の組み合わせは、♡J♠J♢A♡K♣10となる。つまり、ジャックのワンペアである。


 城市先生の手札は♣K♢3だった。七枚のうち最強の手役を作れる五枚の組み合わせは、♣K♡K♢3♠3♡Jとなる。つまり、キングと3のツーペアである。


 城市先生の勝ちである。ディーラーの僕が五六BBのチップを押しやると、「やったー!」城市先生は相好を崩した。


 「ターンとリバーだけでツーペアつけたか……」和尚は首をひねってうなった。


 「まほちゃんのツラ見たろう」飛鳥さんが言った。「ターン時点でキングのペアに負けてんの見え見えじゃん。なんでリバーで攻める?」


 「ベットはしてこなかったから、フラッシュドローになっただけかな、って……」ドローとは、ストレート、フラッシュ、フルハウスなどの五枚すべてを使う役が、あと一枚で成立する状態をいう。今回はボード(共通札全体を指す)にハートが三枚出たから、フラッシュが成立しやすい状況にあった。


 「飛鳥は何だった、最初レイズしたけど?」


 「答える義務はないが、まあいいか。ローポケローポケ」手札が同じ数字二枚になることを、ポケットという。ワンペアが確定するので、それだけでかなり強い手札といえる。飛鳥さんは数字の小さいローカードのポケットだったというわけだ。




 そういうわけで、これで一ハンドが終了した。


 長たらしく述べているが、かかった時間は約一分というところだ。


 こうやってハンドを多数繰り返し、可能な限りチップを稼ぐのがポーカーの目的だ。


 個々のハンドは運で決まる要素が大きいが、繰り返すうちに、読みや駆け引きの巧拙、期待値に添うベット額を計算できるか、といった技術の差が出てくる。



 部活動の時間が決まっているので、僕らは時間を区切り、その時間内に稼いだチップの額を記録し、集計している。まだ始めて日も浅いが、やはり断然トップは飛鳥さんだ。僕らの性格を完全に読んでいて、スタイルを自在に変えてくるのに、自分の動きは読ませない。何をしてくるかまるでわからない怖さがある―――こんなところでも、彼女は魔王のごとしだ。


 意外に強いのが勇で、ここぞというところで強気に出てがっつり巻き上げる勢いは、さすが元勇者たちのリーダーだ。堅実だがそれゆえ読みやすい桐原さんに、積極的に参加してはブラフをかけたがる和尚。プレイスタイルには如実に個性が出る。


 僕は―――僕は、今のところ最下位だ。ポーカーが確率のゲームであると頭で理解していても、確率論通りのツキが来ることにさえ、自信が持てない。すぐに下りてしまう。ビギナーズラックを引きまくる城市先生がつくづくうらやましい。





 突然、窓の外に大音声が響き渡った。


 「俺は貴様の力を欲している! 貴様が欲しい! アイウォンチュゥゥゥ!」道着の男が叫んだ。するとその後ろにずらりと並んだ別の道着の一団が、声をそろえ、そうだそうだアイウォンチュー、と呼応した。


 「うぉぉぉなんという熱烈にして感涙きわまるラブコール! だがしかし、だがしかぁし! 答えはノー、ノォォォなのです! 申し訳ございません先輩、私はそれを受け入れるわけにはいかぬのです!」


 グラウンドの真ん中で発して、校舎まではっきり届くのだから、相当な大声だ。何事かと、和尚が窓から身を乗り出した。


 「何か知らんけど、謝ってる制服のほうの声、勇じゃね? あいつ、何してんだ?」


 ふたりは数メートル離れて立っているのだが、にらみ合う視線が、ふぅん! と吹き出す荒い鼻息が、そして響き渡る声が、まるで目にも見えてきそうだった。視線、鼻息、声、すべてが炎か稲妻のごとく飛び交い、ふたりの中間でぶつかり合い、化学反応を起こして爆発していた。


 「どうしてもこの俺の願いが、この熱き血潮から溢れ出す想いが聞き届けられぬというのかぁ!」何たる無礼、何たる侮辱、貴様の血潮は何色だ、と背後の一団が呼応した。


 「私とて熱き真っ赤な血潮が流れております。それゆえ! それゆえに、私は、友と夢を語らう道を選んだのであります!」勇が答えた。


 桐原さんや城市先生も、さすがに外が気になる様子だ。事態を理解している僕と飛鳥さんだけが、その場で身じろぎもせず、ふはぁと息をついた。


 「……夢なんて語ったっけ?」飛鳥さんが僕にぼそりと言った。


 「さあ?」僕は苦笑するより他ない。


 「ぬおうおうぉぅ」やがて道着の男は滂沱の涙を流し始めた。「どうしても……どうしても、わかり合えぬというのか!」


 「うおうおうぉぅ」まるで鏡写しのように勇の目からも涙が溢れ出した。「この溝は、決して言葉では埋まらぬものと心得るのであります!」


 ふたりはしばらく、うおぉぉぉと天を仰いで涙をだばだば地に垂れ流していたが、やがて涙を振り払い、きりっと相手を見据え、拳をぎゅっと握り込み、ぐっと腰を落として、半身に構えた。


 「ならば!」


 「拳で!」


 「語り合うしかないな!」


 「ぬおおおぅ、承知ィ!」


 稲妻閃く空の下、ふたりは一気に距離を詰め、真一文字に拳を繰り出した。道着が左拳を、勇が右拳を突き出したから、―――ボクシングマンガにあるようなクロスカウンターの体勢になって、お互いの拳が頬にめり込んだ。……んだと思う、ホントのところ、校舎からじゃよく見えないんだけど。


 「おいおい、あれなんかヤバくねぇか……」


 和尚が、もっと良く見ようと窓の外に身を乗り出しかけたそのとき、「暑苦しいぃ!」飛鳥さんがその鼻っ面をギロチンのごとくかっさばく勢いで、ずばぁん! と窓を閉めた。


 「ああああああ危ねぇなぁ!」


 すんでのところでかわした和尚が、のけぞって悲鳴をあげる。


 「やかましい、くだらねぇ小芝居いつまでも見てるんじゃねぇ、続けるぞ!」


 次のディーラーの飛鳥さんが、まとめた一組のトランプデックで和尚の顔をはたき、席につくよう促した。


 「窓を閉める方が暑苦しいよ……」僕の声は、「うるさい黙れ」とすごまれて却下された。


 「しかしありゃいったいなんなんだ、勝呂の相手は誰なんだよ?」


 和尚は鼻をさすりながら、わけがわからず困惑顔だ。


 「空手部主将の竜崎先輩だよ」


 僕は答えた。


 竜崎健剛りゅうざきけんごう先輩といえば、学校一の熱血漢として知られる、空手部の主将である。我が友勝呂勇は、運動部からの誘いを断り続けていたが、とりわけ熱心に勧誘していたのが彼なのである……という僕の記憶は、おそらく昨日のものとは、異なっている。


 飛鳥さんが僕を見て、肩をすくめた。


 そうなのだ。この事態は、飛鳥さんの予測が正しかったことの証明だった。

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