第21話
アルガレイムで戦った勇者たちの魂が、勇や桐原さんら、そろって身近な人々に入り込んだことは、飛鳥さんにとっても異常事態だった。なぜそれが起きたか? 彼女は頭を悩ませた。
かの勇者の魂に異変を起こす力があったのか、それともアルガレイムという異世界に特別な何かがあったのか、それとも……考え抜いた末彼女は、「僕という第三者がいたからではないか」と仮説を立て、実証を試みたのだ。
昨日の放課後、飛鳥さんは僕を手招きし、例の階段下の倉庫前に連れ出した。男子と女子がふたりきり、校内でも人通りのない薄暗がりで……となると、ちょっと何か期待しちゃいたくなりそうなところ、心裏を見透かされたか、
「何か変な妄想してねぇか、友納?」
そんなふうに釘を刺しながら、飛鳥さんが廊下の先を右左見て誰もいないことを確認したのは、異世界への移動を見られたくないから、だけだったろうか?
「でも、まぁ、だから、ともかく、今ちょうど召喚が来てる」飛鳥さんは、いまいましげというか、くやしげというか、本意でないことを前面に押し出した表情で、僕に手を差し出した。「……ついといで」
柔らかな女の子の手を握り返すと、僕らは再び異世界へ旅立った。
そこは、前回のアルガレイムとはまるで別の異世界だった。
やはり必要な知識は自然と頭に入ってきている。全地球規模の格闘技トーナメントである、「グレイテスト・マッスル」の決勝戦会場―――の、上空一五〇〇メートルを飛ぶ、軍用輸送機の中に、僕らは転移していた。
竜のごときゴルマデスは、アルガレイムという異世界だけの魔王だ。グレイテスト・マッスルの世界では、飛鳥さんは別の姿を取る。
僕は前と同じように、幽霊のように漂い、何もできないまま見ているだけだ。一方飛鳥さんは、わけのわからぬ機械が大量につながれた、透明なカプセルの中に横たわる白人男性と、以前のゴルマデスと同じように、霊が取り憑くように重なり合っていた。
スキンヘッドのその男は、二メートル近い筋肉質の巨体の持ち主で―――そして、顔も含めた左半身が、機械の体に置き換えられていた。いわゆる、サイボーグというヤツだ。
右半身の、ぴくぴく動く大胸筋、割れた腹筋の対称に、滑らかに磨き上げられた、黒光りする鋼の皮膚。見るからに硬そうで、剣も銃弾も通しそうになく、殴ったら拳の方が悲鳴を挙げるだろう。左肩と肘の関節部には、滑らかに屈折する球体の機構が備えられ、人間と同等かそれ以上に柔軟に可動するものと見て取れた。
「目覚めたまえ、キャプテン・ブラッド」
どこにスピーカーがあるのか、声が機内に響き渡ると同時に、壁に設置されたディスプレイに人物の映像が浮かび上がった。聞こえてくる野太い声はクリアだのに、映像はブロックノイズが激しく、黒人男性という以外顔はよくわからない。……なぜか、はっきり日本語だ。
声に応じて、霊のような姿の飛鳥さんがカプセルの中で起き上がると、―――実体の男、すなわちキャプテン・ブラッドもまた、ゆっくりと身を起こした。動きが連動するのも、ゴルマデスのときと一緒だ。
「君は我らが超・秘密組織の超・科学力の粋を結集し、人体改造により造り出された、超・最強の戦士だ。あらゆる生物の頂点に君臨し生殺与奪の権利を担う、超・絶対的にして超・悪魔的な力、いわば魔王の才を、我らは君に与えた。さあ、その人知を超越したスーパーパワーを超・存分にふるい、世界中に魔王来たれりと超々々々々知らしめるがよい。『グレイテスト・マッスル』は、我々がそのために君に用意した、お披露目の場だ……」
飛鳥さんは―――キャプテン・ブラッドは、ディスプレイの向こうからの声を聞きながら、首を右左に何度か鳴らし、右腕を曲げ指を曲げ、それから、機械の体である左腕を曲げ、指を曲げた。それぞれに、自らの意志が通っていることを確かめる。
彼がカプセルから出て立ち上がり、まずしたのは、まだ何か超・秘密組織の超・使命だの超・宿願だのを興奮した口調で語り続けるディスプレイを、叩き壊すことだった。
「俺に命令するな」キャプテン・ブラッドが、ディスプレイの向こうの黒人よりさらに野太いバスボイスで言った。「だが、最強を証明することに異存はない」
むろんその声は飛鳥さんが発しているのだが、飛鳥さんの唇の動きとキャプテンの唇の動きは、まるで合ってないように見える。―――吹き替え?
キャプテン・ブラッドは、腰に手を当てすっくと胸を張り、自らの分厚い筋肉と鋼の装甲を誇示するようにポーズを取った―――後、ちょっと恥ずかしげに身をすくめた。「男の裸はなぁ……あー、この何かぶら下がってる感じ、すんげーイヤ……」中の飛鳥さんが、僕にだけ聞こえる声で言った。「いつもは平気なんだけどね、あんたに見られてると思うと、なんかこう……んー……」
言葉を濁しつつ、壁にあった適当なボタンを押すと、都合のいいことにそこはクローゼットで、中には真新しい迷彩服がぶら下がっていた。
飛鳥さんは、下半身はしっかりベルトを締めつつ、上半身は前を留めず、右半身の腹筋と左半身の装甲を見せつけるような姿を整え、それから、赤いベレー帽をひょいとかぶった。
「似合う?」
今度は、ぴしっと親指を立てるポーズを、凛々しくキメてみせる。にやりと笑うと白い歯がきらりと光ったりして、子供にガムでも配ってそうなさわやか軍人さんだ―――この新たなる魔王は、重厚なのか軽薄なのかちっともわからないな。
「さて」
すべきことは済ませたと見て取り、飛鳥さん―――キャプテン・ブラッドは、輸送機の乗降ハッチに蹴りを入れた。たいした力を入れた様子もないのに、ハッチは飴のようにひしゃげて壊れ、弾け飛んで機体後方へ消えていく。
「ご期待通りに、魔王降臨といきますか!」
生まれる気圧差による気流に身を任せ、空気を裂く爆音が轟く中、キャプテン・ブラッドはパラシュートもなしに機外へダイブした。
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