第2話
彼女は、「変なヤツ」だった。気味が悪い、と受け止められるほどの奇矯さで、ほとんどのクラスメートはすぐに、彼女を警戒し近づかなくなった。
第一に、見た目が変だった。彼女の白髪は異様だった。老いた印象はなく、肌が色白で瞳の色も薄いので、むしろアルビノに近いだろう。いずれにせよ、教室の中でくっきりと浮かび上がって、目立つ存在だった。
むろん、見た目だけで変なヤツ呼ばわりしたら、今の時代、あるべからざる差別意識だと糾弾されてしまうだろう。実際、彼女の容姿に、髪の色以外奇異な部分はない。むしろ、かなり美人でスタイルがいいから、白髪は魅力をいや増すパーツとすらいえる。これは僕だけでなく、多くの男子が認めるところである。
すっきり細い顎の小顔美人だ。ゆるふわショートボブっていうのか、横に広がりのあるショートヘアで、顔全体が菱形に近いシルエットになっている。意図して整えてはいないそうで、自然とそうなるのはうらやましいと女子の誰かが言っていた。
身長や体型は標準的。鍛えていたり、ガリガリ机に向かっている素振りは特にないのに、授業が始まるとすぐ、成績と運動神経は群を抜いていると知れた。そうした基本スペックだけなら、クラスいや学校中のアイドルとして、頂点にいてもおかしくなさそうな人だった。
だけど飛鳥さんは、誰も近寄らないくらいに変なのだ。
女子はだいたいグループを作るものだが、彼女はどのグループにも属さず、いつも独りだった。非コミュというわけではなく、学校生活に必要な、当たり障りのない会話や行動はちゃんとする。二人組を作れと言われてうろたえることもない。けれど普段は、誰とも接することがない。クラスが始まって最初の席替えで、一番人気の後方窓際席をしれっとゲットした彼女は、休み時間や放課後は頬杖を突きながら窓の外を見ているのが常だった。
いま、「頬杖突きながら窓の外を見ているのが常」と述べた。どんな様子を想像するだろうか? 物憂げ? 微笑み? いや───彼女のどこが変といって、最たるものはそこなのだ。彼女はいつも、唇の端をかすかに曲げてニヤニヤ笑っている。
彼女の顔立ちでいちばん特徴的なのは、切れ長の吊り目だ。ただでさえ気が強そうに見えるところへ、そのニヤニヤ笑いが重なると、あざけり、たくらみ、あるいは悪意───そんな印象を呼び起こさずにはおかない。授業中は真面目ですました顔をしていて、教師受けはいいのに、独りだとそんななのだ。
そして実際、彼女はいつも強気で、決して誰かにへりくだらなかった。かといって高圧的ではない。他人と向かい合うとき、彼女はまっすぐ相手を見ない。軽く首を傾げて、薄い色の瞳で上目遣いに相手をにらむ。口の端が、やはりにやりと歪んでいる。それが彼女流の、自分が上位に在ることを示す振る舞いだった。
会話をすれば、いつも気だるげで、他人を小馬鹿にするような口ぶりだった。他の女子がするような軽いおしゃべりとは無縁で、教師に対しても慇懃無礼だ。けれど、直接の悪口雑言を聞いたことはない。彼女には、他人を貶めることで自分の地位を上げる発想など微塵もなく、ただ上位に在り、何の束縛も受けないという事実があるだけなのだ。
入学当初、そうした態度はたびたび不興を買った。「飛鳥、何を
「別にぃ。気にしなくっていいよ」
彼女はその頭上から、気だるげに声を落としたのだった。
もうひとつ、飛鳥さくらの「変」といえば。
ときどき、彼女は授業をサボるのだ。それも、授業中にいきなり席を立って外に出て行く。しばらく戻ってこない。
初めてそれが起きたのは、高校に入って二度目の英語の時間だった。我が一―Bの担任、例の美人教師の受け持ちである。英語の授業は、難易度こそ上がれど進め方は中学の頃と何が変わるというわけでもない。うららかな春の日、みなあまり身が入らず、どこか眠そうにしていた。
「ふひっ」
窓際の席から突然奇妙な笑い声がして、その緩んだ空気にぴりりと電流を流した。
「いっひっひっひ!」
飛鳥さんが、まるで壊れた人形のように肩を震わせていたのだった。
前の席に座る天パでイケメンな男子が、背筋を伸ばしてビビり上がった。その様子を見て飛鳥さんは、実に嬉しそうにその肩をばしばし叩きながら、椅子をきしませて立ち上がった。
「いやぁごめんね驚かせちゃって。いやでもおっかしくってさぁ、いひぃゃははは」
そもそも飛鳥さんは、うれしくて笑うとかおかしくて笑うとか、そういう自然な笑みを見せたためしがない。誰かの言動に反応するのではなく、こんなふうに、独りで勝手に笑い出すのだ。とても女子とは思えない奇声を発しながら。
「な、何ですか、あなた! ……えっと、誰だっけ」まだ顔と名前が一致してない担任は、教卓の座席表を見た。「飛鳥さん? とにかく、席に着きなさい!」
だが飛鳥さんは意にも介さず、すたすた歩いて教室を出ていこうとした。
「あぁ、気にしないでセンセ、ちょっと呼ばれちゃってさ」
「呼ばれた?」もちろんそんな呼び声やコール音はどこからも伝わってきていない。「授業中は携帯の電源を切りなさい、と───」バイブの振動音も聞こえなかったが、教師はそう決めつけた。
「あぁ、違う違う、気にしないでよ───センセ、三行目スペル間違ってる。ロサンゼルスの最後は s じゃなくて es。スペイン語由来の地名だからね」
「え、そうなの?」
注意がそれる間に、飛鳥さんはがらり、ぴしゃんと、教室の後ろの戸を開け閉めして出ていった。
はっと気づいて、担任はすぐに後を追って教室を出ていったが、ちらちらと廊下を見回すと、「変ねぇ、もういない。逃げ足が速いこと」とひとこと毒づいて、すぐに戻って授業を再開した。
奇妙な事実に気づいた者は僕以外に何人いたろうか───気をそらされたとはいえ、教師が黒板に目を向けてから、彼女を追って廊下に出るまでに、五秒となかったはずだ。そして一―Bの教室は二階にあり、校舎の西階段と中央階段の間にA組~D組の教室が並んでいる。五秒足らずの間に、音も立てずに階段まで駆け抜けたのか? 不可能だ。それとも窓から中庭に飛び降りたのか? A組やC組の教室に潜り込んだのか? いずれにせよ、誰かが気づいて騒ぎになってよさそうなものだ。だが何も起きていない。彼女は、教室を出たとたんに消えたとしか、説明のしようがなかった。
彼女と同じ中学だった者が何人かいて、中学の頃からずっと奇妙な人だった、と証言した。学外の世間様に迷惑をかける問題行動はないし、何しろ成績は抜群によかったのでおとがめなしだったらしい。
その話が広がる頃には、生徒も教師もみな慣れて気にしなくなっていた。老婆にも見える白髪も相まって、誰が言うともなく、B組の魔女と噂されるようになった。
当人は、悪評も陰口も平気の平左で、孤高の自由を謳歌していた。
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