3.ドーラ一家

翌朝。


私たちはチモル王国の王都を出発した。


ミンシン、チモルへの根回しが済み、事前に打診が必要なのはスルタンだけとなった。


実は、アストラを出発して、今日で五日目。本来なら軽く一月半はかかるところが、この日数である。完全に異常なのだ。


スルタンには、アストラの諜報機関が入り込んでいるので、当然、味方の情報にも触れることになる。


また、私たちのサポートをするよう、本国から指令が出ているはずだが、それすらまだ、ここに到達していない可能性が高いのである。


従って、ここでしばらくの間、時間調整をする必要があるのだ。


私たちの馬車が非常に高性能で高速走行が可能だ・・・ということにしても、一月ぐらいはどこかで時間調整をする必要がある。


私は、この時間を、南の島や、オーストル帝国の件に当てようと考えている。


南の島では、オーストル帝国の艦隊が出撃したということで、その迎撃のための準備や、島を一つの国にするための準備工作に追われているので、要所要所で入るようにしている。


まあ、海戦自体は量産型ワタシの方が、戦闘は素人である私本人よりも、むしろ的確な指揮ができそうなので任せた方が賢明だろう。私は横で見ているだけにするつもりだ。


孔明が、ドニエツに、鎧や盾の材料にする圧縮集成材を搬入したいと言うので、私たちも付いて行くことにした。


これは、アストラに帰る前に約束していたもので、製作に当たる工房の人たちが待ち構えているはずなのである。


チモルの王都からドニエツまでは、揚陸艇なら30分とかからない。途中で馬車に乗り換えても、午前中には楽々到着する。


ドニエツの街には、私たちの住居として、逃げ去った代官が使っていた屋敷をもらった。代官なのでそんなに立派な屋敷ではないが、それでも10室ぐらいの部屋と、厩や倉庫、揚陸艇が着陸できるぐらいの、けっこう広い中庭まである。


街に残ったシータとユキは、今はそこにいいる。


家をもらったのが、私たちがアストラへ帰った後だったので、ワープゲートやマジックボックスが間に合っておらず、まずは、それらの設置工事をした。


倉庫全部をマジックボックスにしたので、かなり大きな物品の搬出入が可能だ。


その日の午後、私たちは、旧領主邸を流用したドニエツ共和国国家元首公邸へ顔を出した。


「お帰りなさい。もっと時間がかかるかと思っておりましたが、予想していたよりも随分と早かったですね。」


公邸では、ゴルバードフとナスタシアが出迎えてくれた。


「鎧と盾の素材は明日にでも、各工房に振り分けますね。」


孔明が事務連絡をする。


「それで、状況はどうですか?」


私が尋ねる。


二人の話によれば、編入を希望する領地は後を絶たないということだが、そういう動きを阻止するため、帝都にいた貴族たちが自領に戻って、領民の監視を強化しているところもあるという。


特に、国境を接する部分がすべて独立して、ミンシン、チモル、スルタンに対する防壁になったため、安心して自領へ戻れることも大きいらしい。


私は、現在の周辺諸国の状況を伝え、各国共同の支援体制が整いつつあることを教えた。


その件は、アストラ王国から、書簡で国家承認をいただいた際に、そのようなことが記載されておりましたね。大変、ありがたいことです。」


ゴルバードフが嬉しそうに言う。


「これで、帝都からの侵攻に絞って作戦計画が立てられますね。」


ナスタシアも明るく話す。


「自領に戻った貴族たちが弾圧に出た場合、救援に向かうのですか?」


私がそう尋ねると、ゴルバードフが答えた。


「近くであれば捨ててはおけませんね。遠方だと難しいと思います。間に合わないでしょうし。」


翌日。


私たちは、最近、領主が自領に戻ったという街へ行ってみた。


今日のメンバーは、私とミニエ、パラ、シータの4人である。

ドニエツの商人姉妹一行ということにしている。


馬車で半日の距離なので、早朝に出発して、帰りは夕方に揚陸艇でドニエツに戻る予定だ。


ちなみに、馬車は、あれだと目立ちまくるのと、1台だけではちょっと厳しくなってきたので、少し小ぶりな、1頭立ての貨客兼用タイプのを製作した。今日はそれを使っている。


街は一見平和だった。独立運動に揺れている気配もないし、小競り合いが起きているわけでもない。


ただ、警備兵がちょっと多いような気がするのと、彼らが正規の兵士というよりも、あまりろくでもない連中の仲間に見えなくもないのが気になった。


私たちは、シータの案内で中心街から少し外れたところにある「月熊亭」というカフェに行った。


シータとユキは、私たちがアストラに戻っていた間、ドニエツから比較的近い位置にある街を順に廻って、動向を探っていたのである。


その過程で、当然、独立派と呼ばれる人たちとのパイプも築いているのだが、この店は、この街での連絡先の一つだった。


「おや、シータさん。今日はお連れさんが一緒かい? あら。可愛いお嬢さんたちだねえー! お友だちかねえ?」


カフェの女主人が声を掛ける。


「ドーラさんはいますか?」


シータが尋ねる。


(シータとドーラって? 秘密の符丁か、偽名か何かだろうけど、ちょっとやりすぎだろー・・・)


「ドーラさんならもうすぐ来ると思うよ。だったら、2階の部屋で待ってるが良い。さあ、さ、こっち、こっち。」


女主人が先頭に立って案内してくれた。


この店は、2階に貸し切り用の小部屋がいくつかあって、その一つに通された。


「ここで、ちょっと待っててね。」


女主人がそう言って、階下へ下りて行った。


「ドーラさん、って誰?」


私が尋ねると。


「あれは、話があるからリーダーを呼んで、っていう暗号です。」


シータが答える。


「ドーラって、何か特別な意味があるの?」


私がさらに質問すると。


「何となく、頭に浮かんだんですよ。ちなみに、領主たちのことは『ムスカ』と呼んでいます。」


(うわあーっ! 前世の私の記憶が入り込んでいるんだ! シータは中学生の頃の私そのものだから、その頃の記憶か・・・)


しばらく待っていると、男性が二人やって来た。ドーラと呼ばれているが、パワフルな婆ちゃんじゃなかったので、私は何故かちょっとがっかりした。


「今日は、私たちの仲間を紹介しておきますね。こちらがシャルナ、ミニエ、パラ。みんな、私と同じイルキアの者ではありませんが、ドニエツで国作りに参加しています。」


シータが私たちを順に手で差し示しながら紹介する。


実名を言ってしまって良いのか? と一瞬、躊躇ったが、ここではみんな、互いの安全のために偽名を使うことになっているので、逆に本名だとは思われないのであった。


「あはは。シャルナとは、これはまた、ムスカが聞いたら震え上がりそうな名前を付けたもんだなー。俺はドーラだ。よろしく頼むぜ。」


リーダーらしい男性がそう言って、私たちに向かって頭を下げた。言葉遣いは少々荒いが、粗野な人ではないようだ。


そして、もう一人の人もドーラと名乗った。こっちはかなり若く見える。


ちなみに、独立派の組織全体は「ドーラ一家」と言うらしい。シータ、かなりやらかしてくれている。


「それで、ムスカの状況はどうなんですか?」


シータが尋ねる。


「元々いた領軍が30人。領主が戻って来て以来、あんたたちも見たと思うが、チンピラ、ゴロツキみたいなのが沢山来て、そいつらが50人ぐらいいる。ユスリ、タカリ、カツアゲ、やり放題だぜ。」


リーダーが吐き捨てるようにそう言って、続ける。


「多分、そうやって、俺たちの組織の炙り出しをやってるんじゃないかと思ってる。たしかに、上手いやり方だな。」


「もし、炙り出されたらどうなるんですか?」


私が聞く。


「俺たちが集まっているところを狙って、何か適当な理由を付けて殺す・・・っていうところだろうな。奴らが一番怖いのはドニエツが出てくることだから、長ぴくのはマズいんだよ。」


リーダーは話を続ける。


「多分、俺とかを含めて何人かは既に知られていると思うが、組織の大きさが判らないから手が出せないのだ、と思ってる。」


「我慢比べみたいで面倒臭いから、いっそ、炙り出してもらいましょうよ。」


私はそう言うと、リーダーは驚いて顔を上げた。


「何だって! お嬢ちゃん。可愛い顔してエゲつないことを言うなー。」


「シャルナさんはやることもエゲつないですよ。」


と、シータが返した。シータ、ごめん! もっと出番を増やすから・・・

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