9.閑話-ある伯爵家の執務室にて

「・・・ということがございました。」


執事が報告する。


ここは王都にある、マキナス伯爵家邸の当主執務室。


マキナス伯爵家は領地を持たない貴族家。いわゆる「宮廷貴族」であるが、アストラ王国では一部の貴族が「門権貴族」とも呼ばれている。


アストラ王国は、北に険しい山岳地帯と大森林、南に乾燥地帯と、耕作に適した土地が限られているため、領地貴族は非常に少なく、大半がこちらであった。


宮廷貴族は王家から俸禄のような形で収入を得ているが、その中で、特定の財源の一部を収入とする貴族が存在する。例えば、王家が所有する鉱山や関所の通行税など、そういう貴族を「門権貴族」と呼んでいるのである。。


マキナス伯爵家は、あの大砂漠の外縁部にある塩の山から得られる塩税の一部を収入として得ている門権貴族の家であった。


税収が増えれば増えるほど、伯爵家としての収入も増えるため、塩に関わる様々な事業を幅広く手がけている。


また、塩の山への道路の整備や精製工場の増設など、インフラ投資も盛んに行っている。現当主は、かなり開明的な人物であった。


「なるほど! それで最近、アロアは塞ぎ込んでおったのか... てっきり嫌われたのか・・・と心配しておったが。」


世間では開明的な当主も、思春期の娘に心をへし折られる、ただの父親であった。


「それで、その孔明殿というのは、どういう人物であったのだ?」


当主が尋ねる。


「はい。旦那様。孔明様は、特に気取られることもなく、物腰の柔らかいお方でございました。あの、エンセル事件の精兵たちを指揮なさったお方?、とは到底、思えませぬな。」


執事が答える。


「私も一度、お会いしたいものだな。」


「それで、侍女からの報告によりますと、何と、王女殿下がご同席下さったとか。」


「それは、何と!」


当主が驚いて声を上げた。


「はい。私も前日にお会いしていたのでございますが、全く気付きませんで... 不覚の至りでございます。」


執事が申し訳なさそうに言った。


「まあ、あの店は王家も出資しておるから、そこに折られても不思議ではないが...」


「それが、お忍びで、見習い店員としておられたそうで...」


「王女殿下のお考えは、我々には考えつかぬもまだが... 随分と面白いことをなさるものだな。」


当主は半ば呆れ、半ば感心してそう言った。


「それで、お嬢様にも親しくなさっておいでで、時々、店でお会いになっておられるご様子でございます。」


「そうか、そうか。顔の悩みを解決して下さった上に、そこまでお目をかけて下さるとは... 有り難いことだな。」


当主は続ける。


「一度、孔明殿をお招きしてお礼を申し上げたいものだな。殿下を直接お呼び立てはできぬが、見習い店員様にも是非・・・とでも言って、お忍びで来ていただき、直接お礼を申し上げるのはどうだろう?」


「和手お考えかと思います。早速、手配いたします。」


「頼むぞ。」

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