8.依頼
「お助け処」は、とりあえず大きな天幕を使った仮設の施設として、早急に活動を開始した。状況はかなり逼迫していたからである。
患者から採取した痰から、原因ウィルスを特定して、治療薬を開発したため、重症化する者は激減した。
それに手洗い、うがい、マスクの3点セットは他の感染症も減らす効果があったらしい。
まだ、完全終息とはいかないが、王都は平穏を取り戻していた。
そんなある日。貴族家の執事と思しき人物が来店した。
「実は、当家のお嬢様のことでございますが...」
その人は予想通り、とある伯爵家の執事であった。
そして、そこの、15歳になるお嬢様が、ニキビで悩み、食事ものどを通らない・・・という。
アストラでは年が明ければ社交シーズンがはじまる。
15歳といえば、社交界へ本格デビューする年齢であり、そこでの出会いがヘタをすると向こう何十年かの運命を決めてしまうのである。そりゃ凹むわな。
たまたま、店に遊びに行っていた私も話しに加わった。
ワープゲートでのお忍び訪問である。執事さんは私の素性に全く気付く様子はなかった。
しかし、話は深刻だ。別に死ぬもんじゃなし、と多寡をくくられそうだが、本人にしてみれば、死も等しい。
それに社交シーズンまでにはもう1月と少ししかない。間に合うのか?
ニキビの治療は時間がかかるのだ。前世の私はそれにどれだけ苦渋を舐めさせられてきたか...
とにかくお嬢様に会ってみないと治療方針を決められないので、執事さんにそちらの算段をしてもらうことにした。
お嬢様は、なるべく内緒で治したいということで、こちらへ来てくれることになった。
私もその方が助かる。さすがに貴族家当主には私の素性が簡単に露見しそうだからだ。
翌日、早速、お嬢様が侍女と一緒にやって来た。
金髪、碧眼、すらりとした長身で、かなりの美人だ。
「はじめまして! 私は、アロア・アズル・マキナスと申します。マキナス伯爵家の次女でございます。この度はお世話になります。」
お嬢様はそう言って挨拶をした。伯爵家ご令嬢という偉そうな印象は全くない。
「孔明でございます。おいでいただきありがとうございます。
「孔明様のお噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です。」
私も自己紹介した。偽名で誤魔化そうとも思ったが、後々、面倒なことになりそうな気がしたので...
「シャルナでございます。よろしくお願いいたします。」
「ええっ? シャルナ・・・さま? ま、まさか、王女殿下ではいらっしゃいませんか?」
アロア嬢は驚いてそう言った。眼をまん丸に見開き、顔には表情が消えている。
「今は、この店の見習い店員ですので、どうかお気遣いなく接して下さいまし。私がここにいることは誰も知りませんので、ご内密にお願いしますね。」
私は微笑みながらそう言った。
アロア嬢は、引きつった笑みを返したが、私が言うことには、理解してもらえたようだ。
私は彼女の顔をまじまじと見つめる。ニキビは一見見えないが、頬や額にちょっと凸凹がある。
「かなりお化粧をされていますね?」
私が尋ねた。
「はい。ニキビを隠すために白粉(おしろい)をつけています。普通の者では隠せないので、練り白粉を使っています。」
アロア嬢は恥ずかしそうに沿う告げた。
「ニキビを見せていただきたいので、一度、お化粧を落としていただけますか?」
孔明がそう言って、ユキに彼女を洗面所へ連れて行くよう指示した。
しばらくして、スッピンになったアロア嬢が戻ってきた。
案の定、かなり悪化して、数も程度もかなり状態が悪い。なまじ隠そうとしたことがかえって悪化させることになったようである。
孔明は、アロア嬢の顔を左右から、何度か見て。
「社交シーズンの開始までに目立たなくしましょう。完全にになくすには最低3月はかかるでしょうが、赤みや腫れはかなり減らせると思いますよ。」
「本当ですかー! 孔明様、どうかお願いいたします。」
彼女は嬉しそうに言った。
「それでは、洗顔用の薬用石鹸と薬用化粧水をお渡しします。ぬるま湯で、日に3回、この石鹸で顔を洗って、その後、こちらの薬液をまんべんなく顔に塗って下さい。」
孔明は一息ついてから続ける。
「白粉などのお化粧はしばらくしないで下さい。口紅とかはかまいませんよ。では、一週間後にまたおいで下さい。」
石鹸と薬液のパッチテストは、さっき化粧を落とした時にユキが済ませている。
「ありがとうございます!」
アロア嬢は、来た時とは打って変わって、明るい顔で帰って行った。
一週間後、かなり赤みと腫れが消え、さらに一週間後、数が大幅に減ってきたので、一つ一つに薬剤を塗布していった。
1ヶ月後、ほぼ目立たなくなってきたので軽い化粧は解禁した。ただし、洗顔と薬液はずっと続けてもらっている。
あと、食べ物にも少しだけ注文をつけている。油断すれば簡単に再発する。お年頃の乙女のスキンケアは、なかなか大変なのである。
かくして、彼女の社交界デビューはつつがなく終わり、経緯を知った伯爵家からご招待を受けるわ、ニキビ治療のことが評判を呼んで、今や孔明は、王都中のティーンズ女子から敬愛を集めるようになった。
私の方は、以来、アロア嬢とお店で時々会うようになった。妹が欲しかった彼女と、姉の欲しかった私とで、けっこう女子トークが盛り上がるのであった。
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