2.時計工房

翌日。


私たちは、昨日、時計店で教えてもらった時計工房を訪ねた。


普通、店は仕入れ先に関する情報を他人に教えることはない。


それは、第一級の企業秘密だからだ。


しかし、私たちがアストラ王家の関係者であることは、買った時計の届け先で知れており、私が、面倒なので名乗りはしなかったものの、周囲の者の態度で、王女らしい?、と勘づかれていたようだ。


なので、私が。


「これはどちらで作られているのですの?」


と聞いたら、何の迷いもなく教えてくれた。


逆に、あの多面カットの宝石について、あのようなカットができる職人がいるのか?と、尋ねられたので、タケミナー商会を教えてあげた。



この街は広いので、馬車での移動が基本である。


そして、私たちの馬車はここでも目立ちまくっていた。駐めておくと、たいてい、人だかりができて、細かい部分まで覗き込む人もいる。


盗まれる心配はない。私たち以外には扉が開かないし、まず、馬が言うことを聞かない。


馬に無理矢理、言うことを聞かせようとしたら最後、その人の人生はそこで終わる。


工房は、中心街からかなり離れた、ダウンタウンの一角にあった。


工房の前に馬車を駐めると、中から何人かの職人らしき男たちが出てきて、馬車のあちこちを覗いて廻っている。


彼らの職人魂に火を点けてしまったのはたしかなようだ。


私たちは馬車から降りて、昨日の時計店の名前を出して、工房主を呼んでくるよう頼んだ。


しばらくして、現れたのは、予想していたよりはるかに若い、細身の男性だった。


「私がこの工房の主ですが。何かご用でしょうか?」


工房主と名乗る男性が言った。


私たちは、もう一度、昨日の時計店の名前を出して、そこで紹介してもらって、今日は見学に来た、と告げた。


その時計店は、おそらく、大得意先なのだろう。工房主は快く、見学を許可してくれた。


「昨日、こちらの音が鳴るからくり時計を買わせていただきましたの。」


私がそう言うと。


「ええっ? あれを・・・ですかー!」


工房主は素っ頓狂な声を出した後、冷静さを取り戻して、


「それは、それは、あ、ありがとうございます!」


工房主は、正直、あのからくり時計が売れるとは予想していなかったのである。


一応、売り物だが、実質的には、店の看板・・・そういう風に考えていた。それぐらい、高額な値付けをしていたのである。


(この人たちは只者ではない。どこぞの貴族か、いや、王族かも知れないな...)


工房主は考えを巡らせた。


「それで、あんな素晴らしいものを作る工房って、どんなところかと思いまして、お邪魔させていただきましたの。」


私がそう言うと、工房主が先頭に立って、工房内をあんないしてくれた。


職人は7~8人。そんなに大きな工房ではない。


ただ、作業をしている姿を見るに、全員がかなりの技量を持っているようだった。


「あのゼンマイに使っている黒い線のようなものは何ですか?」


私が聞くと。


「あれは、クジラと言う、巨大な魚の魔物のヒゲのような部分です。」


工房主が答える。


ちなみに、この世界では、巨大な生き物や、頭の良い生き物は、すべて「魔物」と言う。


前世の記憶にある、物語に出てくる魔物とは少し違うが、恐竜とかはいるらしいので、似たような生き物がいるかも知れないのも、また、たしかなことである。


(クジラ。いるのかー! そう言えば、この世界では海を見たことないなー・・・)


孔明が、ある場所で、ピタっと足を止めた。そして、職人の一人がやっている作業を凝視した。


そこでは、青銅製の小さなネジを作っていた。


実はアストラでは、こんな小さなネジを作れる工房がなく、母艦で製作した物を、発注時に材料として支給していたのであった。


だから、てっきり、この世界では、そういう技術がないと考えていたのである。

なお、普通ならこういう場合、黄銅製のネジを使用するのだろうが、この世界ではまだ亜鉛の精錬技術が確立しておらず、天然の黄銅しか産出しないため非常に高価でこういう用途には使われないのだ。実際、黄銅はアルミほどではないが金よりも高価である。


「ああ。それは置き時計で使うネジですよ。」


工房主が説明する。


「時計用のネジは小さいのですべて手作りです。歯車もここど作っていますよ。」


一通り。見学を終えた後。私たちは、応接室のような部屋へ通された。


「お疲れになったでしょー。お茶をご用意しますので、少しお休みになって下さい。」


工房主が言う。そこには、何人かの職人も同席していた。


どうやら、あの馬車についての質問が山のようにあるらしい。


孔明は、あの馬車について、ひとしきり技術的な説明をした。


「ええっ! あれが木なのですかー。たしかに木目はありますが...」


職人の一人が驚く。


他に、簡易ベアリングもどきやサスペンションの機構など、話は大盛り上がりであった。


最後に、孔明が、私たちの商会について話して、ひとつの提案を工房主にした。


「私たちの提携工房になりませんか?」


この話には、工房主よりも職人たちの方が大乗り気であった。

あの馬車が、その提携工房との合作と聞いたからである。


工房主は、王家が出資する商会であることには魅力を感じていたが、ちょっと引っかかる懸念を口にした。


「しかし、こことアストラでは距離がありすぎますが、お互いにそれでメリットはあるのでしょうか?」


「その天については、ご心配に及びません。私たちは、近いうちに、ここかクラウゼンに支店を置こうと思っておりますので。」


そうなのである。せっかく、ここまで来たことだし、兄上様が当分、クラウゼンにいることを考えて、私たちの拠点をこの辺りに置こうと事前に決めていたのだ。


そのための、提携相手を探す・・・というのが、今日の最大の目的であった。


こうして、与太死たちは、アストラのマルダーロ工房に続く、提携工房、ケルナー工房を得たのであった。


こちらは、精密機械に長けた工房である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る