5.星域管制母艦タケミナカタ

(デカっ! ここに一人でいろって言うのー!)


その部屋は、さしずめタワマンの最上階とか高級ホテルのVIP向けスイートルームといった感じの空間だった。広大なロビーとサロンを中心に個室がたくさん。


一番奥まった所にようやく自分の私室らしき部屋があった。


と言っても、ここでもトイレ、シャワー室、ゥォークインクローゼットにミニダイニングとキッチン、バーカウンターまであった。


(ああー、疲れたー)


私は小ぶりなテーブルの所にあった椅子に腰掛けて軽くため息をついた。


従卒の女性とはまだ何も話してはいない。


何か話題がないかと探ってはいたが、特に思い付かなかったからだ。


どうも呼びかけにくい。


彼女にも名前を付けないといけないな…とか思っていると...


「お腹が空いてらっしゃるようですので、先にお食事のご用意をいたしますね。」


「はい。お願いします。実は3日ほどまともに食べていないんです。」


私がそう言うと、


「それではお腹に優しいものをご用意しますね。まだ食品工場が稼働していませんので戦闘糧食(レーション)になりますが。お口に合わないかも知れませんが、しばらくの間はご辛抱下さい。」


彼女は微笑みながらそう言った。


表情、身のこなし、声のトーン、どう見ても本物の人間にしか見えない。星間連合恐るべし!


数分後、トレイに載った食事が私の目の前に届けられた。


約400年前の、しかも異世界の食べ物ということで、最初はかなりビビっていたが、見た目と匂いは予想以上に普通だった。


ミルク粥のようなもの、マンゴーのようなものが入ったヨーグルトらしきもの、何かの果物のジュース、紅茶みたいなお茶。


すべて見た目から予想した通りの味だった。


空腹のせいもあるだろうがとても美味しかった。


この世界のレーションと言えば堅パンと干し肉…と相場が決まっているが、これだと王宮の朝食に匹敵しそうな気がする。


「とても美味しかったです!」


「それは良かったです。今回はお疲れのようでしたので傷病兵向けの療養食をお出ししましたが、徐々に通常の食事に変えていきますね。アレルギーなどは乗艦時のフィジカルチェックで確認させていただいていますが、好き嫌いがありましたらお教え下さい。」


「好き嫌いは特にありません。ところで指揮官室って広すぎませんか?」


ここで一気に雑談モードに突入。気になることを聞いてみた。


「本艦には民間人の居住区画もありますので、指揮官はいわば市長のような役割も持ちます。」


彼女はそう言いながら、さっき歩いてきたサロンの方を見て、話を続ける。


「あちらのスペースはそのための公邸みたいな空間として使うことを想定しています。もちろんシャルナ様が自由にお使い下さってかまいません。」


そのあと、いくつか艦内のことを尋ねて、地上に降りるには小型揚陸艇を使うと便利なことも教えてもらった。


空だけでなく、陸、水上、水中とどこでも行けるそうだ。

今度、艦内施設を案内してくれることになったところで、


「少し落ち着かれましたらご入浴は如何ですか。あちらの浴室には浴槽がありますのでそちらへどうぞ。更衣室に着替えも用意してありますのでお好きなものをお選び下さい。」


私は言われるままに浴室へ行った。


そこにはちゃんと湯船があってほど良い湯加減でけっこうリラックスできた。王宮のはもっと大きいけど一人で入るならこれぐらいが落ち着く。


着替えは何種類か用意されていた。


よくもこんな軍艦に子どもサイズの服があるもんだと関心したが、もっと驚いたのは下着が前世の記憶にあるものと同じだったこと。


たしかに子ども用で控えめと言うかおとなしめではあるが、この世界の感覚では十分セクシー下着と言えるものだった。


こんな姿を侍女にでも見られたら一騒動ありそうだな...と苦笑した。


服は騎士服風とかフリフリのワンピとかもあったが、レギンスとTシャツにふわっとした少し長めのパーカー風の上着をかぶるスタイルにした。


前世の自分が小学生の頃によくしていた服装に近い。これにベルトを着ければ剣も持てそう。


靴をショートブーツにしたら、何かピーターパンみたいな感じになった。


ちょっと凜々しくて可愛い。


今から悪人退治に行くにはピッタリだと思う。


自室に戻って、従卒の彼女が用意してくれたジュースを飲んでいると管制システムから目標地点到着と報告を受けた。


考えてみれば発進時の衝撃とか無重力感とかは全くなかった。多分、重力を制御する方式で動いているのだろう。


すぐに中央指揮所へ降りた。実のところ自室にいても管制システムとはコミュニケーションが取れるそうだが、これは気分の問題だ。


(オンオフはちゃんと切り分けないと...)


指揮所に入ると、そこは発進前の壁だけの部屋ではなく完全に宇宙空間と化していた。


すべての壁と天井、床がスクリーンになっていて宙に浮かんでいる感じだ。


足下には青い惑星が見えている。それは前世の記憶で見た地球の姿ととても似ていた。


「本艦は現在、発進地点から真南の赤道上空の軌道上で静止しています。先ほどこの惑星の正確な地図を作成するため観測機を発進させました。」


管制システムはそう告げてから、言葉を続ける。


「それで今後のことですが、シャルナ様のご予定をお教えいただければと思います。あの場所はとても人間が普通に来れる場所ではないようでしたが、何か特別なご事情がおありでしたらお話いただけないでしょうか。」


私はここ何日かの出来事を語りはじめた。


「私はこの惑星にあるアストラ王国という国の王女です。いや既に、でした、かも知れませんが...」


そして、


「実は今から4日前、重臣が謀反を起こし、両親や兄と別れて散り散りに王都を脱出しました。私は供の者と脱出に成功したのですが途中で巨大な鳥に掠われてあの場所へと連れて来られたのです。」


私は少し苦笑しながら話を続ける。


「まあ、鳥さんは親切でここまで運んでやったつもりのようですけど...」


ここで私は息を整えて、


「そういうことで、今、現在、両親や兄がどうしているのかを確かめたい。そして、もし、捕まっているなら助け出したいし、殺されているなら仇を取りたいと考えています。」


「分かりました! 友好勢力の救援と統治権回復プログラムの実施ということですね。」


ここで彼の声が急に大きくなり、また感情がこもった気がした。


「是非、私にお命じ下さい。実は本艦の過去の作戦行動ではこの種の事案が非常に多かったのです。言うなれば得意分野とでも申しましょうか。」


「それではお願いいたします!」


私は頭を下げた。そして話を続けた。


「それと、発進前に言ってたあなたのお名前ですが、『孔明』と呼ばせてもらいますね。あと、従卒さんは『ユキ』、本艦は『タケミナカタ』とします。」


「ありがとうございます! 指揮官から名前をいただいたのは初めてです。他の艦ではそういう事例はあるようですが、非常に名誉なことと位置づけられています。ところでそれはどういう意味を持つ名前なのですか?」


「孔明は遠い国に昔実在した天才軍師の名前です。あと、ユキはこちらも遠い国の宇宙船を舞台にしたお話に出てくる美少女乗組員の名前。タケミナカタも同じ国の神話に出てくる軍神の名前です。」


「それは光栄です。」


孔明がうれしそうに言う。


(たしかに光栄のゲームにも出て来るんだよね...)


「ありがとうございます! 私にまで名前をいただいて。それに美少女って...」


ユキは顔を少し赤らめながら嬉しそうにはにかんだ。


「それではシャルナ様。ただいまより作戦行動を開始いたします。」


この後、管制システム改め孔明から、作戦実施に当たって、私の脳内データのコピーと、私を模したアンドロイドの製作の許可を求められた。


脳内データは、関係者のイメージ情報や王宮内の情報などを共有するのが目的とのこと。


私のアンドロイドは、私の影武者として利用するが、今後も何かと便利だろうということで製作することになった。アンドロイドはあと一人と、情報収集用の動物の姿をしたのを作るらしい。


もちろんすべて即答で許可した。



「それではよろしくお願いします。」


こうして私の長い一日が終わった・・・気がしたが、実のところ、まだ昼を少し過ぎた時間だった。


それでも逃亡生活からの疲れがたまっていたのかそのままベッドに倒れ込んだ。


脳内データはその時すべてコピーされたらしい。


夕食はチキンのガーリックステーキ、ポタージュスープ、フルーツのヨーグルトサラダ、パンというけっこう本格的なものだった。デザートにアイスクリームまで出てきた。コーヒーもあるのには驚いた。


これらはすべて「らしきもの」とか「・・・っぽいもの」と言うことになるのだが、どう味わってもそれそのものとしか思えないのでそういう表現をするのはやめにしておく。


それにしてもこれがレーションだとは、一体どんなグルメな軍隊なのだと呆れてしまう。


王宮の晩餐会でもここまでの味は厳しいかも知れない。料理長のメンタルヘルスのためにもこのことは極秘時候にしておこうと思った。


夜、ユキがライブラリにある動画コンテンツや書籍が私の言語に対応した、と伝えてくれた。


音声としては、私と最初に接触した段階で対応できていたそうだが、文字情報は脳内データを解析する必要があったらしい。


早速、動画コンテンツを何本か見てみたが、前世の記憶にあるドラマやアニメとさほど変わらない感じで、生活習慣とか一部理解できないものはあるが、ストーリーは判る。インドのホームドラマを吹き替えでみているようなものだと言えば分かるだろうか。


動画視聴は直接脳内で見る方法とディスプレイに表示する方法が選べる。


脳内で見ると、明確夢を見ている感じですごく迫力があるのだが、見ている間は他のことが出来ないという難点がある。

何かをしながら…ならディスプレイに映した方が良い。


書籍の方は何やら内容が難しそうだったので今日はおいておこう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る