6.閑話-ポルトナ領主館

私たちが海賊どもを殲滅してから数時間後、ポルトナの警務隊本部は大騒ぎになっていた。


海賊に攫われたという少女が二人、詰所に駆け込んできたからである。


聞けば、海賊たちは、それに加担していた悪徳商人とともに、「すごく強い人たち」によって全滅させられたという。


すべては夜が明けてからの話ではあるが、事態に緊急性を持たせたのは、その少女の一人が、ブランゲルン王国の貴族の子女であったことである。


貴族の子女を誘拐すればどうなるのか?


それは、真っ当な犯罪者やプロの盗賊なら絶対に手を出してはならない、タブーの領域なのである。


そんなことをすれば、その貴族の私兵や領軍に、この世の果てまで追い詰められて皆殺しに遭う。


普通、他領や他国に兵士を送ることは許されないが、こういう大義名分があれば許容される。


そして、何よりも、そこの領主や警備当局は、そんな犯罪者を出しておきながら、自分たちで捕まえることもできない・・・と、評判を地に落とすことになるのである。


また、領主にとっては、外交上の失点も無視できない。ヘタを打てば戦争にすらなりかねないのである。


そんなわけで、夜中にも関わらず、領主館では対策会議が開かれていた。


「それで、娘たちは元気なのか?」


領主が問う。


「はい。怪我はありません。多少、やつれてはおりますが...」


警務隊長らしき男が答えた。


「それは良かった。で、この後の件はどうなっておる?」


領主がそう尋ねると、警務隊長は。


「はい。夜明けとともに、娘たちから聞いております、海賊どもの巣に向かいます。娘たちの実家への使いは既に出立してえります。


「おお、そうか、頼んだぞ!」



その日の午後。


警務隊長が再び、領主館へやってきた。


「・・・・ということでございました。」


警務隊長は、多数の死体が転がり、いまだ煙がくすぶる現場の状況を伝え、転がっていた首の一つが、予てより手配していた者であるらしいことも付け加えた。


「それにしても容赦がないな... こちらとしては、害虫どもを退治してくれてありがたいが。」


領主はため息雑じりにそう呟いた。


「あと、現場のそばにこの街の商会の舟が残されておりまして・・・」


おそらく、海賊の略奪品を買い取りに来た者たちだろう、と警務隊長は話を続けた。


領主は、その商会の名を聞いて顔をしかめる。


「人身売買もそやつらだろうな?」


「おそらくは。」


警務隊長が自信たっぷりに言った。


「その商会を徹底的に調べよ! どんな手を使ってもかまわぬ。他に関係した者も含めて、すべて極刑に処すのだ。」


今や領主の頭の中は、他国の貴族の子女を人身売買しようとしたという、最悪の厄介事を生み出した者たちの処分方法で一杯なのであった。


「ははっ。かしこまりました!」


警務隊長が張り切って領主館を後にし、そのまま、その商会へと向かった。


「私の息子が舟で出たまま、昨夜から帰っておりません。海賊に襲われたのかと心配しておりましたが・・・」


商会主は、よ、よ、と泣き崩れる。


「盗品を買い取りに行ったのではないか?」


警務隊長が詰問する。


「滅相もございません。うちの息子たちが捕らえられていた所に、別の賊が襲ったのでございましょう。きっと、そうでございます。」


商会主はあくまでも善意の第三者を装い続ける。


警務隊長は、これでは埒が開かぬと、大番頭に遺体の確認と事情説明のため、一緒に来るよう言う。


実は、遺体など回収していない。最初から、この男を連行する気でいたのである。


警務隊本部に着いた時、警務隊長はニヤリと笑って、大番頭に、この件は、他国の貴族子女の人身売買に絡んでいる・・・と告げ、本当のことを知るためには手段を選ばないと、それとなく教えた。


その後、大番頭はすべてを洗いざらい話した。


その商会が、海賊たちと図って、盗品を高値で売りさばいていたこと。その副産物として、常習的に人身売買を行っていたことも、すべてを。


ただ、過去に売買された娘たちの中に貴族の子女が含まれていたかどうかは、追跡調査をしないと判らないことで、この先は難航が予想された。


娘たちは、ほどなく、それぞれの実家に帰って行った。


数ヶ月後、ポルトナの商会や商店のいくつかが財産没収の上、主立った者たちが処刑された。


もちろん、のらりくらりと言い逃れに終始していた、あの商会主も然りである。


しかも、この商会主には、誘拐された娘の実家である貴族家から、領軍司令官がやって来て、直々に首を跳ねる、という、当人にとってはありがたくも何ともない、特別大サービス付きであった。


かくして、この件は無事に、一件落着となった。


シャルナが食い物の恨みで大暴れした事実は全く外に出てくることはなかった。

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