第2話 ふりかかった火の粉は火種にしてお返しする
1.簒奪の目算
エンセル・アズル・ラゴナス。ラゴナス公爵家当主でアストラ王国財務大臣。王家につながる血筋で絶大な権勢を誇る人物である。
そんな男が今<、王宮の一室でひどく焦っていた。
「王子も王女も見つからんのか! クラドスは何をしておる。」
「クラドス様は手勢を率いて王女殿下を追っていらっしゃいますが。」
側近の男が答える。
エンセルは怒鳴る。
「北だ! 北以外に逃げ道はないのだから簡単に追えるはずではないか。所詮、は女、子どもの足だ。さっさと捕まえて来ぬか!」
エンセルが王位の簒奪を決心したのは3ヶ月前のこと。
半年ほど前にある貴族のパーティで知り合ったイルキア帝国の皇宮参事官を名乗る人物と親しくなり、何度か会ううちに帝国が後ろ盾になって王位をラゴナス家が継承する…という筋書きができあがってしまった。
以来、息のかかった貴族たちを抱き込み、王女の身柄を押さえた上で、王と王妃、そして王子を他国の仕業に見せかけて始末し、最初は王女の後見人として、王女が成人後は息子と結婚させ、やがて子ができれば王女も始末して完全に王家を乗っ取る...という、一見、完璧な計画のはずだった。
おまけに、隣国ミトラ王国にアストラ王殺害の濡れ衣を着せて、それを口実に、息子クラドスを総大将に据えて出兵し、帝国との挟み撃ちでミトラ王国を滅ぼすことで、国内の混乱を抑えるとともに、交易路の利権をさらに増やそうという魂胆であった。
しかし、実際、フタを開けてみると、国王と王妃の身柄は抑えたものの、肝心の王女の行方は杳(よう)として知れず、王子の所在も全く不明と、徐々に焦燥感が露わになってきていた。
実のところ、エンセルが考えているほど、というか、エンセルが考える程度のことは国王側もその5割増しぐらいで考えていた。対策を幾重にも張り巡らせて不測の事態に備えていたのである。
「国王陛下と王妃殿下は如何いたしましょう。」
側近が問う。
「まだ殺せぬ。色々な意味で人質に使えるからな。」
エンセルが今、一番恐れているのは王子か王女がミラトリア王国へ逃げ込むことである。
アストラ王家は王妃の実家でもあるミラトリア王家とは特別に仲が良い。
調印文書などは何もないのでたしかなことは言えないが。おそらくは個人間で秘密の安全保障条約を結んでいることは想像に難くない。
そして、ミラトリアは大国である。3万ぐらいの兵なら簡単に動かせる。しかも、大陸屈指と言われるぐらい兵は強い。
その上、ミラトリアが声をかければ西方諸国も動く。5万超えの軍勢が一月以内に攻め寄せる可能性が高い。
アストラだけではとても勝ち目はない。唯一頼りになりそうなイルキア帝国も、こんな分の悪い戦には二の足を踏むだろう。だからこそ、その時の取引材料として国王と王妃を利用するつもりなのだ。
人質の解放条件として自らの国外脱出を認めさせる。
しこたま蓄えた財産を持ってイルキアにでも亡命すれば良い。ミラトリアが交渉相手なら確実にそれを呑むはずだ。そうタカをくくっていた。
(まあ、それは王子か王女がミラトリアに逃げ込んだ時のこと。それまでに捕まえれば良いだけのことだ...)
エンセルは深くため息をついて、側近に声をかけた。
「明後日の午後、此度(こたび)の計画に賛同した者を集めて、今後のことを話し合いたい。皆に触(ふれ)を出してくれ。グラドスも報告で戻っておるだろうしな。」
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