6.クラウゼン・メッセ開幕しましたー

クラウゼン・メッセの期間は2週間。12日間である。


全日程参加する出展者もいるし、1週間だけ、あるいは1日だけ、という場合もある。原則、自由である。


もちろん、私たちは、全日程参加する予定だ。


メッセ初日は、開幕セレモニーがあったりと、少し立ち上がりが遅いが、それでも、朝2鐘(午前9時)には、本格始動した。


この世界は、照明の制約があるため、基本的に朝型である。通常は、遅くとも午前8時には、ビジネスアワーがはじまる。


開幕セレモニーが終わったとたん、来場客が押し寄せて来た。


大賑わいである。


私たちの展示区画も人で溢れている。


最初から、ある程度は予想していたことだが、馬車を売れ!というのがやたらと多い。


あれは、我々の技術と思想を見せるためのコンセプトカーで、今回の出展は、我々に協力してくれる工房や販売代理店を募集することだ・・・といくら説明しても聞いてくれない。


いきなり、荷馬車一杯分の金貨をここへぶちまけようとした人までいた。


私の方も、時間を決めて順番に実演・・・なんて考えていたのは、全く甘い考えだった。


次々と来る質問に個別に対応していくのがやっとである。


結局、ミニエやパラに、木を砕く真似事、紙をすく真似事、木版を刷る真似事をしてもらいながら、私が、その合間に、予め作っておいた完成品を見せながら説明する・・・という

スタイルに落ち着いた。


「・・・これを、水で洗っては、また、すり潰す...ということを何度か繰り返していくと、徐々に白くなっていきます。」


・・・てな感じだ。


製紙材料を溶かした水には、紙の遷移の繋がりを強くするための添加剤を混ぜている。


実は、この世界の紙が残念なものだったのは、これがなかったことが大きいのであった。


私は、前世の知識から、トロロアオイに似た草を東方の山地で見付けて、それを使っている。


まあ、実際に採取してきたのは量産型ワタシで、見付けたのは孔明、というかタケミナカタの偵察ドローンだけどね...


実物を手に入れたので、同じ成分のものはいくらでも分子合成で作れる。もう現地へ採りに行く必要はない。


それと、私の方にも、機材を売ってほしいという話が多かった。


私は、その都度、すぐに市販されるから、しばらく待つよう、お願いした。


私は、これを売って儲ける気は全くない。


多少の品質低下や効率は犠牲にして、機材をあえて単純なものにして、見る人が見れば、すぐに真似して作れるようにしたのである。


みんな紙と印刷の見本をほしがるだろうと思って、名刺のようなものを作っておいたが、数が足りなくなってきた。初日から、これでは先が思いやられる。


それにしても、不思議なコスチュームに身を固めた私たちは目立っていた。


わざわざ、それを見に来る人もいるぐらい。特に、同世代と思われる女子の視線はとても熱かった。


午後になって、多少、客足が鈍ってきたので、会場を見て廻ることにした。


まずはお隣。というか、うちの区画だけど、ケルナー工房の展示コーナー。


ここも、大勢の客がいた。区画が狭く、モノも小さいので、あふれかえるほどの人はいないが、集まっている客層は、明らかにそれなりの身分の人たちである。


男性客は馬車用時計、女性客はからくり時計の方にあつまる傾向があるみたいだ。


からくり時計というのは、置き時計タイプで、所定の時刻になると、上蓋が開き、中からドワーフみたいな小人が現れて、クルクル周り、同時にオルゴールがメロディを奏でる。


実はオルゴールのメロディは私が作ったものだ。


ゼンマイはクジラのヒゲではなく、ウチが提供した鋼の薄い帯板を使っている。クジラのヒゲは超貴重品なので、これで量産しやすくなった。


工房主としばらく話をした。


ここは予約を受け付けているが、既に1年待ちとか。


馬車用時計の方がよく売れているとのこと。時計はまだまだ珍しいから、実用品の方が強いのだろう。


私たちは、中小の工房が共同で出展しているエリアへ行ってみた。大手よりもこういうところの方が、私たちの臨むものがありそうな気がしたからである。


私と同じように、紙や、媒体の複製技術に不満のある人はけっこういるらしくて、いくつか関係ありそうな展示を見付けた。


ある工房では、草から紙を作る製紙法を展示していた。


私も、こっちの方が遷移が細かくてやりやすいと思ってたけど、その草の調達が難しいと思って断念したのだ。


人工栽培をするには、環境を選ぶ必要があるからだ。


他には、羊皮紙ならぬ、羊毛紙を考えている工房、というか個人の研究者もいた。要するに薄くて堅いフェルトである。


印刷技術は、すでに活版印刷を考えている所があった。ただし、羊皮紙が前提なので、刻印に近い感じのものだった。


(まず、紙をどうにかしないと、印刷技術は育たないな・・・)


これが正直な感想だった。


他には、この世界で既に飛行機を思いついた人がいたのには、ちょっとビビった。


当然、動力はないから、手投げの小さなグライダーだが、けっこう飛んでいた。


木で骨組みを作って何かの動物の皮を張った機体である。


向こうが透けて見えるくらい、ものすごく薄い皮。ひょっとしたら、蛇か何か、は虫類の抜け殻かも知れない。


そして、どうやって、そこへ行き着いたのか? ちゃんと翼断面形状になった主翼が付いている。


私たちは、そうした、ちょっと面白い物を作っている工房の人たちに、タケミナー商会のことを伝え、一度、王都の支店へ来てくれるよう声をかけて廻った。


私たちが、自分たちの展示区画へ戻って来ると、そこには、ケッヘン子爵とヒルダ嬢が来ていた。


「お待たせさせてしまいましたか? 申し訳ございません!」


私がそう言うと。


「いえいえ。今、こちらへ来たところですよ。」


子爵がそう答え、ヒルダ嬢が、


「シャルナ様。ごきげんよう! 私、はじめて、紙の作り方や印刷の仕方を知りましわ。私もやってみたいです。」


私は改めて、二人に挨拶をした。


「今日はわざわざ、おいでいただき、ありがとうございます。ゆっくり、ご覧になって下さいね。」


聞けば、今日はクラウゼンに泊まり、明日は、自領を経由して王都へ戻るとのこと。


私は、今夜の食事を一緒に取らないか、と誘った。


元々、今夜は、メッセ開幕を祝して、というか、準備で色々と手伝ってくれたみんなの慰労会をやろうと思って、用意していたのである。


ただ、この時期のクラウゼンは、メッセのおかげで、どこの飲食店もとんでもなく混んでいて、とても予約が取れそうになかったので、自前でやることにした。


メッセの終了時間は昼2鐘の少し後、4時頃である。こんなに広大な空間で十分な照明を施すことは無理なのである。


なので、ケッヘン子爵とヒルダ嬢とは、馬車の説明や、ヒルダ嬢に、紙すき体験や、木版印刷を試してもらっているうちに、すぐに終了時間となった。


私たちは、メッセ会場であるシティ・ホールを出て、私の出版社の事務所へ向かって歩いた。


5分ほどの距離である。馬車を使うほどでもないし、私たちは、今、馬車を展示しているので、自家用馬車がないのである。


アストラの別邸には、もう1台あつて、この時間なら空いているだろうが、王家の紋章入りのは、この際まずい。


「こちらです。どうぞ!」


私は、事務所の中へと案内して、部屋の奥にある扉を開けた。


このドアはワープゲートで、本当はその向こうに部屋はないのだが、その向こうにはホールがあって、既に料理や飲み物が用意されていた。


実は、そこはアストラ王都の孔明の屋敷の一室であった。室内には窓がないので、そこがどこなのかは、GPSでもない限り判らないだろう。


バイオロイドさんたちに頼んで用意してもらっていたのである。


料理は大皿に盛った色々な物を好きなだけ食べる形式にした。


元々、ミニエとパラが主賓みたいなものだったので、晩餐会みたいな堅苦しいのは避けたのである。


ちなみに、孔明たちアンドロイドは、基本的に食事をする必要はないが、食べたり、飲んだりは出来るし、ちゃんと味も判る。


「ケッヘン子爵様、ヒルダ様、それとお付きの皆様。ちょっとくだけた形式で申し訳ございませんが、どうぞ、お好きな場所にお座り下さい。」


私がそう言って、真ん中辺りの場所へ案内する。


みんなにグラスが手渡され、ワインが注がれていく。


「それでは、メッセ準備を頑張ってくれた皆さんと、ケッヘン子爵家様のご厚意に感謝を込めて・・・乾杯!」


食事会が賑やかにはじまつた。


料理は、人数が急に倍近くに増えたので、戦闘糧食’レーション)で不足を補ってもらったけど、あれ、美味しいから問題ない。


ハンバーグやピザ、ポタージュスープ、フライドチキン、コロッケとか、この世界には、現状、存在してない? と思われる物も混ざっているが、誰も、あんまり気にしていなかった。


ケッヘン子爵は、ビールがいたくお気に入りであった。ブランゲルン王国では、けっこうよく飲まれているものとのことだが、苦味もアルコール度数も物足りないものらしい。


あと、ケッヘン子爵家の使用人さんたちの間では、コロッケとフライドポテトが大人気だった。


ブランゲルンでは、ジャガイモは準主食の存在だが、油で揚げる食べ方はしていないという。特に、コロッケは、立派なメニューの一つになると大絶賛で、作り方をバイオロイドさんに尋ねていた。


こうして、食事会は盛大に終え、ケッヘン子爵家ご一行は宿へと戻って行った。


私たちは、今夜は、ここ、アストラ王都で泊まって、明日の朝、出版社の事務所からメッセ会場へと出勤することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る