6.貧民街

アストラ王国のあるミッドランド地域では幸いなことに、大地震や大雨、大嵐のような自然災害は滅多に起きない。

王国が最も恐れるのは疫病である。


薬を扱う商売が何故許可制かと言うと、薬と言って毒を撒く他国の工作員を見張る目的もあるが、疫病、戦争、災害の時に薬を徴用するのが最大の狙いなのである。


この世界の人々は感染症の病原は知らないが、人から人へ伝染することは知っている。だから、交易の最要衝で世界中の人が行き交うアストラには、それだけ疫病のリスクが高いことを認識しているからだ。


最も警戒している夏場を無事に乗り越えてホッとしたところで、例の事件が起きて事後処理に奔走していたのも、やっと落ち着いたところであるが...


「陛下。このところ王都で風邪が流行っておりまして...」


宰相が国王に報告する。


「風邪など、毎年この時期になれば流行っておるではないか? 何か問題でもあるのか?」


「それが、かなり悪性のもののようでして、既に子どもに死者が大勢出ております。大人の死者も増えつつあるようです。」


「なんと! それはまずいな。早急に何とかせねばなるまいが、風邪薬は効かぬのか?」


国王は慌てて宰相に問う。


「はい。それが市中で売られている物は、高熱や激しい咳には効きませぬ。あれならホットワインの方がよほど効きます。」


「うーむ。何か良い策はないものか...」


国王はパンと手を叩いた言った。


「そうだ! 孔明殿に聞いてみれば良かろう。優秀な薬師だと言っておったからな。」


「さようでございますな! 孔明殿は薬店も開いておられましたな。東方の医学にも長けておられそうですし。」


宰相が賛同した。


「早急に会えるよう手配せよ!


「ははっ、御意」



というわけで、孔明、ユキ、シータが王宮に呼び出された。


私は呼ばれていない。あとで、シータの記憶を見せてもらった。


「・・・ということだ。孔明殿、何か良い策はないだろうか?」


最初は宰相が現状を説明し、国王がそう言って締めた。


「それがどのような人々に、どのような範囲に広がっているのか? 実際の症状を見てみないと判りませぬが...」


孔明は続ける。


「一度、私どもで街の様子を調べてみましょう。具体的な対策はそれから、ということで如何でございましょう。」


「そうか。では王宮からも人をだそう。」


国王が言うが、


「いえ、それはお止め下さいませ。そんなことをしたら王宮にその風邪が蔓延いたします。」


孔明はそれを強く断って、


「私どもには、防ぐ術がありますので...」


これはウソである。アンドロイドにはそもそも感染しないのだ。


「分かった! では、お任せすることとする。手数をかけるが、よろしく頼む。」


「はっ、できるだけ早急に策を立ててまいます。」


孔明たちは早々と退出して、その足で、街へ出た。


中心街ではそんな様子はあまり感じない。実際、店に来る客からも特別な風邪薬を望む声は聞いていない。


(貴族や富裕層には、まだ拡がっていないのか?)


ダウンタウンに重点を絞って、さらに調査を続けた。


ジジにも指示して、発熱者や咳をする者を探させた。


数時間の踏査の結果、流行の概要は判った。


流行の中心地は王都の端っこにある、俗に言う貧民街で、そこからダウンタウンに拡がっているようだった。


孔明たちは貧民街へ行ってみた。


寒風が吹く路上で倒れている子どもがいた。高熱で肺炎を併発しているらしい。このまま放置すれば確実に死ぬだろう。


他にも発熱している者が多数。家の中にも大勢いた。


「これはひどいな! シータ。あなたは、店に戻って天幕と道具、薬を持って来て下さい。」


孔明が大きな声で指示を出した。実は、思念波で既にすべて手配は完了している。これは周りの人々にわださと聞かせるためである。


シータが走り去った後、先ほどの子どもの所へ戻り、抱き上げて、とりあえず風の来ない場所へ運んだ。


しばらくして、シータが馬車に乗って戻ってきた。


あの時、屋敷にも指示して、馬車を出発させてあったので、シータは途中でそれに合流して、御者をバイオロイドから代わり、ここまで運んできたのであった。


必要な物は、馬車のトランクルーム、に偽装したマジックボックスから出せば良い。


テントは、こういう展開に備えて、野戦用のをこの世界に馴染むように改装してあったものである。


孔明たちは、貧民街のさらに端っこの空き地にテントを設置し、中に、臨時の診察室と待合室を作った。


シータとユキは手分けして、住民たちに声をかけて、症状のある者に集まってもらった。


重症化して動けない者は、街の人にも手伝わせて、テントまで運んだ。


孔明は、来た人、運ばれて来た人に手をかざして、診る順番を決めていった。体温を診ていたのであった。


たまに、順番を守らず割り込もうとする者がいたが、シータとユキが最初はやんわりと、それでも聞かない手合いは実力で排除した。その者は、風邪を忘れるぐらい重症化した。


最初に診たのはさっきの子どもだった。案の定、肺炎を起こしていたので、抗生剤と解熱剤を投与した。


孔明は注射薬を投与するために、小さな仏像の形をした器具を作っていた。


台座の部分を、まるでスタンプでも押すように、肌に押し当てると、多数の微細な針が一気に薬剤を体内に注入するのである。星間連合で使われている注射器をちょっと改造したものだ。


こうして、重症化した者には仏像スタンプ、軽傷者には解熱剤や咳止め薬を渡した。内服薬は、乾燥した薬草を粉末にしたものを丸薬にしたものだ。化学合成剤も当然混ぜてあるが。


その後、重篤な子どもの世話を頼みに教会へ寄って、その日は引き上げた。

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