10.帝国へ逆襲 その2
翌日も出発までの間、昨日行かなかった食堂や市場、カフェ、露店などで同じように噂話をばら撒いた。
暗くなってから、揚陸艇を発進させてミラトリア第二の都市へ向かい、近くの森で朝まで仮眠してから、街に入って同じようなことを繰り返した。
こんな風に、ユラニアまでは、王都に1泊、他都市は日中滞在で、移動は夜間、というパターンを繰り返して、一旦、母艦へ戻って、1日休息を取り、テントラ、ミトラ、スルタンでは少し日数を増やしてゆっくり廻った。
母艦での休養を挟んで20日後、私たちはついにイルキア帝国の国境の街、アルカンに着いた。
アルカンの街はスルタン王国との国境に近い、けっこう大きな街である。
今は、スルタン王国が実質、帝国の属国のようになっているので、特に緊張感はないが、以前はここにけっこうなカズの駐留軍がいたそうだ。
街に入って噂話を拡げて廻っていると、逆に変な噂話を聞いた。何でも、この街の近くで帝国の大軍勢が集結しているという。戦争の話もないし、演習の話もないのに不思議だ、ということらしい。
監視衛星で確認したところ既に2万ぐらいが集結を終え、まだ増えそうな気配であった。
こうして旅を続けている間、毎番、王宮にいる量産型ワタシと記憶の共有をしているのだが、この日、王位簒奪未遂事件が公表されたことを知った。もちろん帝国への抗議も公表に含まれている。
各国へは既に特急便で文書が送付されているという。
その夜、帝都へ向けて出発し、朝、街に入った。
帝都などと言うと物々しいイメージがあるが、普通の大きな街である。アストラやミラトリアの王都と比べると華やかさはまるでない。色合いに乏しい街である。
この街では、噂話を広めることと、具体的にどんな神罰を与えるかを決めて、そのための仕込みをする。
とりあえずジジを皇宮に潜入させて情報を集め、その間、私たちはあちこちで噂話をして廻ることに専念することにした。
2日後、ジジの情報収集がだいたい終わった。それによると抗議文が皇帝の下へ届いており、同時に計画が頓挫したことも知られていると言う。
皇宮ではこの件についての臨時の御前会議を来週開催することになり、そこでは今後の対応と、現在、アルカン近郊に集結中のミトラ侵攻軍の取り扱いが決定されるという。
また、御前会議終了後は慰労のための宴会が催されることも掴んだ。ジジは場所と時間どころか、当日のメニューまで調べ上げていた。
この夜、シータが皇宮へ忍び込んで、御前会議用の会議室、宴会場の上部にあたる屋根に照準用マーカーを仕掛けてきた。
翌日、私たちは日中、帝都観光をして、暗くなってから揚陸艇へ戻った。
途中、アルカン近郊で一度着陸して、駐留している軍の司令部にも照準用マーカーを仕掛けた。
御前会議の当日、
「それにしても、エンセルめ。口ほどにもない者でございましたな。」
重臣の一人が言う。
「まあ良いではないか。我らの腹は何も痛まぬわ。交易路の富は惜しいが、また、別の手を考えれば良い。」
皇帝が顎髭を撫でながら言う。
「アストラからの抗議文は如何いたしましょう。陛下。」
宰相が言った。
「放っておけ! アストラ如き小国。何もできぬわ。」
「父上、巷では神罰が落ちるとか言う噂が流れておりますが...」
皇太子が口を挟む。
「何を世迷い言を。神罰なんぞ、本当に落ちるものなら、我ら全員で三千回ぐらいは落ちておるわー! ワハハハ!」
皇帝が大笑いしてそう言った時、そこは猛烈な熱と光に覆われた。
「大型揚陸艦。イルキア帝国帝都上空の低軌道に到着しました。」
「目標1、照準マーカーを起点に所定範囲に対地攻撃用拡散レーザー砲、2秒、倍率30、3連射」
「目標2、アルカン方面の照準マーカー、精密誘導弾 数1」
「照明弾、赤色、目標1の周辺に撒布。...投下!」
「発射準備。10秒前。・・・・・5、4。3、2、発射!」
その時、帝都の人々は帝城の上空が赤い光に包まれるのを見た。
「何だ! あれは...」
誰かが叫ぶ。
その後、天から眩しい光の柱が3回、迸って、やがて消えた。
「す、すさまじい! あれは雷なのか?」
人々が見た光の柱のようなものは、実は3000本の超高出力レーザービームであった。それを2秒間、3回発射したのであった。
レーザーは収束率が非常に高いため、面を焼き尽くすのには向かない。なので対地攻撃用にはこういう使い方をするのである。
突然、すさまじい風が吹く。しばらくして激しい雨が降り、すぐに止んだ。
帝城の方から怒号や悲鳴のようなものが聞こえるが、ここからでは暗くて何も和からなかった。
明るくなって人々が見たものは、一角がすっぽりとなくなった帝城だった。
その部分だけ地面はピカピカの広場のようになっていた。
その日、皇帝と皇太子、宰相以下閣僚のほとんどが溶けて消えた。骨も何も残らなかった。
それと、人々の口の端にはあまり上がっていないが、アルカン方面にいた帝国軍の司令部テントが突然爆発し、司令官をはじめとして多くの将官、佐官が巻き込まれて死んだ。
軍部は少なからぬ衝撃を受けたが、皇帝も軍務尚書がいない今、誰もそれを収めることができず、ただただ衝撃を受け続けているだけだった。
皇后と皇太子妃、皇太子の子は、新年を過ごす避寒地へと先に出発していたため難を逃れた。
イルキア帝国は国政の柱を瞬間的にすべて失った。
今後、短かからぬ間、混迷と混乱と内輪もめに終始して、他国にちょっかいを出すどころか、他国からちょっかいを出される側に回ることになるのである。
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