第8話 西方地域
1.帰り支度
クラウゼン・メッセは2週間の会期を終え、無事に終幕した。
私たちは、アストラへ帰る準備をはじめた。
帰りは、予てからの計画通り、一旦、西へ進み、そこから南下して、タフト海沿岸諸国を巡って、南周りで帰るという予定である。
メッセで展示した、クーペタイプの馬車は、兄上様に、デートにでも使ってもらえれば・・・と言って差し上げた。
私は結局、一度だけ、王都のケッヘン邸への往復で使ったっきり。とにかくスピードが出るので、気持ち良いクルマだ。
兄上様は大喜びしてた。きっと、エリザベート嬢とかを誘うつもりだろうけど、護衛の人には、要らぬ手間をかけさせて、申し訳ない気もする。
出版社と支店、ケッヘン子爵領の屋敷には、バイオロイドを新たに4人配置した。
どうせ、この3地点はワープゲートで瞬時に行き来できるので、最小限の人数である。
クラウゼンで知り合いになった人たちに、しばらくここを離れることを告げ、何かあったら王都にある支店へ連絡するよう伝えた。
私たちは、二日後。クラウゼンのアストラ別邸を出発して、王都へ向かった。
まず、ケルナー工房へ顔を出して、今後の打ち合わせをした後、ケッヘン子爵邸へ向かった。
ケッヘン子爵とヒルダ嬢に、一度アストラへ戻って、また来ることを伝えたら、その日は夕食を食べて、そのままここで泊まっていくよう勧められた。
元々、夕方に王都を出発して、暗くなったら、揚陸艇で馬車ごと、次の行き先であるエトランドまで飛ぶつもりでいたので、こちらへ着いたのが午後遅めだったからである。
常識的に判断すれば、今夜は王都で泊まるだろうから、それならウチで泊まっていけ・・・っていうことである。
私たちは、その勧めに従って、好意に甘えることにした。
夕食は、送別会っぽく、かなり豪華なメニューだった。
宴が終わって、私は、ヒルダ嬢の部屋で一緒に寝ることになった。
夜遅くまで、色々な話をした。
彼女は、私の正体に気付いていた。それも最初から。
何故判ったのかと聞いたら、
「あの人見知りのミーちゃんが連れてきた人だから...」
という微妙な答えだった。
でも、私の取り巻きの人たちの風体を見て、噂の「アストラの神子」だと確信したという。
次にお会いできるのは。きっと1年後ぐらいなのでしょうね...」
と、ヒルダ嬢が寂しそうに言うので、
「いいえ。こちらのお屋敷にはしばらく参りませんが、この街の支店や、クラウゼンの出版社、それに、ケッヘン子爵領の領都の家には、しょっちゅう来るつもりでおりまかわ。」
と私が言うと、信じられない・・・という顔をするので、
「それでは、証拠をお見せしますね。」
私は、彼女を連れて、こっそり部屋を出て、馬車のところまで行った。
「さあ、お乗りになって。」
彼女と馬車に乗り込んで、室内の一番後ろのドアを開いた。
「こちらへ。」
そこは、クラウゼンにある、シャルナの出版社の中だった。
メッセ初日の食事会の時に来たことがあるので、彼女もよく憶えているはずた。
さらに、部屋の奥の扉を開いて、先日の食事会で使った部屋へ入り、反対側の扉から、廊下を抜けて、中庭から、屋敷の外へ出た。
夜中なので人の気配は全くないが、遠くに、月明かりに照らされた、王城の塔が見える。丸いとんがり屋根が特徴的な・・・
「ここは、アストラの王都なんですよ! 私は、こんな風に遠い場所でも行き来できるのです。」
・・・と私は言ったが、ヒルダ嬢は、眼を見開いて、ただただ見つめるたけだった。
そんな塔の形は、ブランゲルンでは見かけたことがなかったからである。
最後に行ったのは、母艦の私室だった。
「ここはどこですか?」
ヒルダ嬢が尋ねる。
「ここは、空の上にある、私の国です。別に、私たち、死んだわけではありませんよ。本当に、ここは、空に浮かんでいる場所なのです。」
私は、ディスプレイに眼下の景色を表示させた。
ヒルダ嬢は無言のまま、じっとそれを見続けていた。
少し時間が過ぎて、私は、このところ、ここでの世話係をしてくれている、支援ロボットに、温かいココアを2杯、持って来るよう頼んだ。
この子には、何も考えずに、マジで「アレクサ」と名付けた。
時間を聞いても素直に教えてくれるし、甲斐甲斐しく働いてくれる健気な子だ。
「これはショコラですね!」
ヒルダ嬢が、熱いココアを口にして、ようやく再起動した。
チョコレートは、アストラではついぞ見かけたことがなかったが、ブランゲルンでは存在するらしい。
ただし、ものすごく高価なもので、療養中に薬として口にしたことがあるという。何でも、南方地域でほんの少し採れるものだそうだ。
その後、私たちは、色々なことを話した。
私は、この「国」をもらった時、世界から飢えや病気、戦争をなくそうと思った・・・と話した。
ヒルダ嬢は、自分はもうすぐ死ぬはずだった。だから、助けられた生命の使い道をずっと考えていたという。
「シャルナ様。私も、お手伝いをざせて下さいませ!」
私たちは、その後も話続けて、明け方、ケッヘン子爵邸のヒルダ嬢の部屋へ戻った。
翌日の朝。私たちは、ブランゲルン王国の王都を出発した。
目指すは、エトランドであるが、ひとます、ケッヘン子爵領の屋敷を目指すことにした。
本当なら昨夜、夜陰に紛れて揚陸艇で行くつもりだったのが、朝になってしまったので、馬車を積み込むための適当な場所を確保するためである。
揚陸艇自体は、光学迷彩で隠せるとはいえ、馬車のような大きな荷物の積み込み時は、それもかなわず、ある程度の広さのある人目に付かない場所が必須になるのだが、いくら何でも街道筋では、それが難しいからである。
昼前には子爵領都に着き、馬車を屋敷の裏庭に回して、待機させていた揚陸艇に搭載。ほどなく離陸した。
目指すは、ブランゲルン王国の北西にあるエトランド王国である。
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