4.出発

クラウゼンへの出発の朝。


「それでは、父上様、母上様、行ってまいります。」


兄上様が、馬車の前に立って、そう挨拶した。


「レムニスよ。気を付けてな! しっかり学んで来るのだぞ!」


父上様が言う。母上様が兄上様の手を取って、


「体に気を付けるのですよ。生水を飲んではダメですよ!」


「判ってますよ。」


兄上様は苦笑しながら返す。


「シャルナよ。兄を頼んだぞ。孔明殿、よろしくお頼み申す。」


父上様が私たちにも声をかけた。


みんな、馬車に乗り込み、ゆっくり動きはじめた。


馬車は2台。


実は、私が兄上様に入学祝いとして、私たちのと同型のものを差し上げたのである。


父上様がものすごく欲しそうな顔をしていたが、今はスルーした。


私の馬車が前。こちらには、私とミニエ、パラ、孔明、ユキ、御者がシータ。兄上様の馬車が後ろ。兄上様と従者、護衛の騎士が2人。あちらにはプロの御者が乗っている。


私の馬車が前なのはセキュリティのためである。


最初はもっと、護衛騎士を増やすつもりだったようだが、私が止めさせた。騎士さんたちには悪いが、護衛対象を無駄に増やしてほしくないから...


アストラの王都を出発して8日後。エストニア王国を抜けて、私たちはレンド首長国に入り、二つの街を経て、カラムという街に着いた。


この街は、レンド首長国最大の街である。


レンド首長国は、レンド首長国連合とも言い、9つの部族国家が集まった国で、9年置きに各部族国家の首長が、交代で国の代表をつとめる...ちょっと変わった体制の国だ。


だから、王都みたいな街はないが、このカラムの街が一番大きいので、王都みたいに扱われることが多い。


ここから、後三つ小さな街があって、その先が例の山岳地帯になる。


ここを抜けるのに普通、5~6日を要するが、途中には小さな街が一つあるだけで、この行程の最大の難所となっている。


それほど大した距離でもないのだが、険しい山道が続くため、どうしても足が遅くなるのである。


ここを避けて、ローデン王国を経由するルートや、逆に南下して迂回するルートもあるのだが、日数が大幅に嵩むため、最短ルートである、ここを選ぶのが一般的であった。


私たちは、カラムの街で2泊して、休養と物資の補給を行うことにした。


翌日、私たちは、物資の買い出しと、ちょっぴり観光を兼ねて、街へ出た。兄上様一行を加えて、総勢10名でである。


考えてみると、私は、兄上様と一緒に街を散策したのは初めてなのだ。


普段、王位継承権を持つ者は一緒に行動しない、という原則を叩き込まれているので、こういう体験はとても新鮮だった。


(兄上様、すごくテンション上がってる...)


私たちは、ハンターギルドへ、盗賊関連の情報がないかをたしかめに行ってみた。


商隊などは、ここで護衛を依頼することが多いからだ。


ちょっと聞き込みもしてみたが、取り立てて情報はなかった。


続いて、私たちは、商業ギルドへも行ってみた。


ここは、私たちの旅費の調達をするためである。兄上様たちはお金をもらって来ているが、私には一銭もくれていないのだある。あの馬車の恨みを買ってしまったのかも知れない。


(まあ、くれても受け取らないけどね...)


そういうことで、今回はアルミの小さな塊と、私が退屈しのぎで作ったビー玉を50個ほど、持って来た。


144面カットのダイヤモンドは懲りたので、こういう所で換金するのは止めた。


意外にも、ビー玉はすごく高値で売れた。どうやら、この世界には存在していない物だったらしい。


次の日の朝。私たちはカラムの街を出た。


一路、西へ。はるか遠くに見えていた山が、だんだん近くに見えるようになってきた。


小さな街で1泊して、本格的な山道へと入った。


道幅が細くて、勾配もきつい。


私たちの馬は、全く問題ないが、兄上様の馬車の方は、明らかに速度が落ちている。


所々にある少し広くなった空き地に車を停めて、何回も休憩する必要があった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る