6.蜂蜜色の猫目石

ミンゴ王国に着いた。こちらは夜が明けた頃である。


私たちは王都近くの森の中に揚陸艇を置き、久しぶりに馬車で街へ向かった。


ここは緯度が割と低いので、何かアフリカのサバンナっぽい所を勝手に想像していたけど、そんな感じは全くなかった。


なかなか綺麗な街である。


南方地域は、大きな半島のような形をしているが、北側の、タフト海南岸部と、半島南端部にだけに国があり、中央部のジャングル地帯は、ごく一部の例外を除いて、いずれの国にも属さない、無国籍地帯になっている。


ちなみに、そこには、この大陸に3本ある精霊の木の1本がある。人がおいそれとは近づけない場所にあるのは好都合だ。


ただ、この無国籍地帯は、大砂漠とは異なり、様々な先住民族が存在している。


そして、ここ、ミンゴ王国は南端地区で最も大きな国であり、おそらく周辺で唯一の、国らしい体裁を持った国である。


他は、部族の集まりみたいなもので、便宜上、国と名乗っているだけのものであったのだ。


ここ、ミンゴ王国も、部族長が代々王を務める部族国家で、内実は他と似たようなものだが、そこに、ゴルドンやスーレリアの商人や、ゴルドン王国の官吏らが、実際の国家運営を仕切っているので、国として成り立っているのである。


実質的には、ゴルドン王国の衛星国家と言っても、差し支えないだろう。


何故、そんなに特別扱いをされるのかというと、それはこの国の位置関係に理由がある。


ミンゴ王国は内陸部にあるが、近くに、イーベ川とアリエ川という、中央部のジャングル地帯を水源とする大河が流れ、この王都のすぐ側で合流して、半島先端部の西側へ注いでいるのである。


(アマゾンは外すんだよねー!...)


合流地点には大きな河港が作られ、舟運で集められた南端諸国の物資をゴルドンの王都やポルトナへと送り出す集積地となっているのだ。


私たちがこの街を訪れたのは、もちろん、この辺にしかない珍しい物、特に食べ物を手に入れるためである。


中心街には、ゴルドンやスーレリア、プランゲルン辺りの大店の支店が目立つが、こういった店舗は、保存の利く高額商品が中心である。


私は、アストラへのお土産用にショコラとコーヒー豆を大量に買い込んだ。


さすがにここでもそれなりの値段だが、ブランゲルンの王都の半値、アストラの王都の2割ぐらいの値段である。


輸送コストは本当にバカにならないのだ。


その後、何か珍しい物はないかと物色していて、最初に見つけたのは、香料の店だった。


驚いたことに、そこでは、スパイスも香木も一緒くたに売っていた。考えてみれば、これらはみんな薬の材料というのが普通で、食べ物という意識が薄いかららしい。


私は、これもお土産用に、胡椒、シナモン、ターメリック、クミン、サフラン、唐辛子...と、バーゲン会場に突入したオバちゃんの如く、手当たり次第に買い漁った。


あと、ものすごく高かったけど、伽羅や白檀なんかの香木もほんの少し買い込んだ。


これは父上様に売りつける気である。


次に見つけたのは銘木店。マホガニーとか黒檀とか...、これは孔明が、少量ずつ、ものすごい種類を買い込んだ。


さすが、私みたいに我を忘れて暴走しない。やはりAIである。


続いて、私たちは、ダウンタウンの市場へ行った。ここは、とてもゴルドンまでは運べそうにない、生鮮食品中心である。


見たこともない獣の肉や、おぞましい姿をした魚とかも売ってて、母艦へ運んで冷凍保存すれば、持って帰れなくもないが、あんまり気が進まないので止めておく。


ここでの狙いは、やはり果物である。


バナナ、パイナップル、マンゴー、ハパイヤ、パッションフルーツ、ドリアンなど、シャルナとしての私が、今まで見たことのなかった果物が、ここにはあった。


今の、輸送方法と保存方法では、せいぜい、ここの王都辺りで消費するしかないのた。


買った物はすべて馬車のマジックボックスへ放り込んでいるが、私は、ふと思いついたことがあって、これらの果物も大量に買い込んでマジックボックスへ入れた。


その日は宿屋で泊まったが、私は馬車のワープゲートから母艦へ戻った。


買い込んだ果物を、支援ロボットに頼んで、洗浄、皮むき、種取りの後、適当な大きさにスライスしてもらい、大型乾燥機で急速乾燥させた。


ちょっと微妙な出来のもあるけど、一応すべてドライフルーツにはなった。特に、パイナップルとマンゴー、ハパイヤとかはけっこういける。


(これ。島の特産品に使えそう・・・)


今回は南方の果物ばかりで作ったが、別に桃や林檎や杏なんかでも良いのだ。もっと言えば、サツマイモでも良い。


時間的な制約で運べない物を、運べる状態にすることが重要なのである。


明け方、こっそり宿屋の部屋へ、完成したドライフルーツを持って戻った。


朝食の時、みんなに試食してもらった。


ついでに、宿屋の食堂で、私たちが座っていた席の近くにいた、よそのお客さんにも少しお裾分けしたが、非常に好評だった。


特にパイナップルは大好評で、ちょっとした騒ぎになったところで、商人らしき男性が声をかけてきた。


「これ。実に美味しいですなー! どこで買われたものですかな?」


「それは私が作ったものです。と言っても、薄く切って干しただけですけどね...」


私が答えた。


「ええっ? あなたが? で、どうやって作るんですか?」


男が驚いて声を上げる。


「いえ。作り方も何も、ただ薄く切って、後はひたすら干すだけですけど。私ができるんだから、きっと、誰でもできますよ。」


と、私。


「私は、ゴルドンの王都で商会をやっている者ですが、折角の美味しい果物が向こうまでは運べないので、悔しい思いをしておりましたが・・・」


男は興奮気味にしゃべり続ける。


「これを私にも作らせていただいてもよろしいですかな? お嬢さん。」


「もちろん、かまいませんよ! だから、切って、干しただけ、ですから。」


私がそう言うと、男は、自分の商会の名を名乗り、懐からとても小さな巾着袋を取り出して、私に差し出した。


「これは、心ばかりのお礼です。受け取って下さい。」


その中身は、蜂蜜色の猫目石だった。この辺りで採れるものだという。


「ありがとうございます! こんな高価な物をいただいて良いのですか。」


私は恐縮してそう言うと、


「とんでもありませんよ。ここの美味しい果物を、西方地域の人たちに食べさせることは、私の長年の夢だったのですよ。それが叶う技術には、それでは足りないぐらいですが... 」


私たちも、自分たちの商会名を名乗ったら、先方はその名前を知っていた。クラウゼン・メッセ、恐るべしである。


あの製紙と印刷の展示にいたく感動したそうで、是非、自分の所でも紙を扱いたい・・・ということであった。


男は、ゴルドンの王都に来たら、是非、立ち寄ってほしいと言うので、こちらも支店を開設するかも知れないことを話した。


私たちは、またの再会を約束して別れた。


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