第9話

 美姫みきが椅子へ座ると、義則よしのりは美姫の机の前に立ち、

「うん、大丈夫だ。立っていればパンツは見えない」

 と納得して、美姫の隣の席へ座った。そこへ、男子生徒が近づいて、おどおどしながら、

「あの~、そこ、俺の席なんだけど……」

 と義則に声をかけた。

「ああ、そうか。なら、今日だけ俺に貸してくれ。お前は俺の席に座れ。雪兎ゆきとの前の席だ」

 と自分の席を指差した。

「え~、勝手に席替えしたら、先生に怒られるよ」

「気にするな。怒られるのは俺だ。お前じゃない」

 義則にそう言われて、彼は観念して義則の席に着いた。


 担任教師が教室に入り、出席を取ると、勝手に席替えをした事を知り、

「おい、席替えしていいとは言っていないぞ」

 と席を交換した二人に声をかけた。

「すんません。ですが、今日だけは許してやってください。今日だけっすから」

 そう言って義則は立ち上がり、担任教師に最敬礼した。

「訳は聞かないで下さい。お願いします」

 と言って、

「今日一日、俺、真面目に過ごしますから!」

 と言葉を続けた。

「分ったから座りなさい。今日だけだぞ」

 担任教師はため息をついたが、素直な義則を叱りはしなかった。

「あざーすっ!」

 義則が言うと、

「ほんとに、調子のいい奴だなあ」

 と担任教師は呆れ顔で笑った。


 その日はまだ授業はなく、学校の施設の案内、部活動の紹介、生徒会活動についての説明などで一日が終わった。その間、義則は常に美姫の傍につき、周りを牽制し続けていた。

「まったく、もう、よっしーったら」

 そんな義則を、美姫は笑って見ていた。


「ただいまー!」

 美姫が自宅へ帰ると、

「こんちわー!」

 と義則も一緒に帰って来た。

「お帰りなさい。義則君もいらっしゃい」

 にこやかに笑みを浮かべて、美姫の母が出迎えた。

「おばさん、美姫のスカート見て下さいよ。短過ぎっす。これじゃ、パンツが見えちゃうじゃないっすか。五センチ長くして下さいよ」

 義則が言うと、

「え~、やだよ~。五センチも長くしたら可愛くないじゃない!」

 と美姫が抗議した。

「スカートが短くなくても、お前は可愛いだろう」

 そんな義則の言葉に、

「まあ、そうだけどさ~」

 美姫もまんざらでもないという感じで答えた。

「だから、おばさん、スカート直してやって下さいよ」

 義則が念を押して言うと、

「わかったわ。直しておくわね」

 と微笑みを浮かべた。

「美姫、今日は合気道の日だろう? 着替えて来いよ」

「え~、あたしはこのままでもいいんだけど?」

「駄目だろう。スカートが短すぎる。待っててやるから着替えて来いよ」

「何で待ってるのよ?」

「俺も一緒に行く」

「珍しいじゃない」

「早く着替えて来いよ」

「分かった」

 美姫はそう言って、自室へ向かった。

「義則君、上がって」

 美姫の母が言うと、

「いえ、ここで待ってるんで、大丈夫っす」

 義則はそう言って、玄関で待った。

「お待たせ」

 美姫が着替えてくると、義則は彼女の服装を上から下までじっくり見て、

「よし、行くか」

 露出も少なく、スカートの丈も短過ぎない事を確認すると満足げに言った。

「行ってきまーす」

 美姫が言って、

「行ってきます」

 と義則も言うと、リビングに戻っていた美姫の母は、

「いってらっしゃい」

 と声だけで返事をした。

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