第13話
「そうか。魔獣狩りが現れたのか」
祖父はそう言って言葉を切り、少しの間を開けて、
「既に五龍会も気付いているだろう」
と呟いた。
「そうですね」
と母が答えたが、義則はその名を初めて聞いた。
「五龍会って何だ?」
義則が聞くと、
「魔獣の中でも特別な存在の龍がいる。黄龍、青龍、白龍、赤龍、黒龍の五体、五色。それを従える魔獣操士の氏族が結成している組織が、『五龍会』だ」
と祖父が答えた。
「そうか。知らなかったな。それで、そいつら、なんで組織を作ってるんだ?」
「それは魔獣を支配するためだ。人の住む世界の平安を保つため、というのが表向きだが、内情は龍を制する者がこの世を制すると、まるで王にでもなったような傲慢な組織だ」
祖父が苦虫を潰したような顔をしながら、言葉を吐き捨てるように言った。よほど、その組織が嫌いなようだ。
「じいちゃんが誰かを悪く言うなんて珍しいな」
義則は祖父の意外な一面を見たのだった。
「まあ、関わりたくはない組織だが、近いうちに我々魔獣操士は、彼らに会うことになるだろう。お呼びがかかるまでは、行く気はないがな」
祖父は彼らに会うことが相当嫌なようだ。
数日後、五龍会から祖父に知らせがあった。それは魔獣操士の招集命令だった。
「義則、お呼びがかかった」
祖父はそう言って、義則を連れて出向いた。五龍会の組織の中枢が拠点する施設は、まるで武家屋敷のような佇まい。祖父が言うには、そこは黄龍の魔獣操士の屋敷だという。古くから脈々と受け継がれてきた歴史が、そこに垣間見えるようだった。
「でっけーなあ」
義則はその重厚な屋敷を見て、感嘆の声を上げた。
「入るぞ」
祖父はそんな義則を促して、中へ入っていった。畳敷きの大広間には、多くの魔獣操士が集められていた。奥には一段高い板の間があり、真ん中の王座には、黄金に輝く派手な漢服を着た若い男が座っていた。まるで皇帝のようだ。左右の王座より一回り小さい椅子に、それぞれ二人ずつ座っている。まさかと目を疑ったが、そこには
「義則、座ろうか」
落ち着いた声で、言葉をかけて座った。祖父は雪兎の名字を聞いて、彼が誰なのかを知っていたのだった。
「さて、皆様方。ここに集まって頂いた理由は、既にご存知の通り、不審な動きを見せる者たちが現れた。魔獣を奪われた者もいる。これを放っておくわけにはいかない。しかし、まだ敵の情報があまりにも少ない。我々にとって脅威となる前に、敵を殲滅したいと思う。そこで、皆様方には情報の収集をお願いしたい。誰かやってくれる者はいないか?」
王座に座る男が、そう皆に呼びかけた。集められた者たちは、五龍会に強制的に呼び出され、不満を持つ者も多いだろうが、魔獣狩りを放っておくことも出来ない。だからといって、自ら危険な任務に就きたい者はいない。暫くざわめきは続いたが、誰も名乗り出ない。義則が動こうとすると、祖父が腕を掴み、無言で義則を見た。余計な真似はするなと言うように、その目は言っていた。
「困ったな。誰もやりたがらないのか。それならば」
と王座の男が言いかけた時、
「僕がやります」
と雪兎が立ち上がって言った。
「お前はやらなくていい。誰か他の者はいないのか?」
王座の男は再び、皆に呼びかけた。
「俺がやります」
義則は立ち上がって言った。祖父はそれを諦め顔で見ている。
「ほう。お前は確か、犬使いだな。では任せた」
王座の男は満足げに言った。今日の集まりは、敵の情報を集める者を募ることが目的で、それが決まったら、早々に解散となった。あれだけ集まっていたのに、名乗り出たのは雪兎と義則だけだった。王座の男は、雪兎にはやらなくていいと言ったのだから、義則一人だけとなる。しかし、義則が名乗りを上げたからには、祖父も協力するしかないだろう。
「まったく、お前と言う奴は。面倒なことを引き受けたものだな」
祖父が言うと、
「俺が引き受けなくたって、じいちゃんはやるつもりだっただろう? ただ、王様気取りのあいつには従いたくないだけだろう?」
義則はそう言って、祖父の真意を確かめた。
「まあ、そうだが、お前が間宮と約束をしてしまったからな。敵を探って得た情報は奴に渡さなければならない」
「あいつ、間宮って言うのか?」
「そうだ。
祖父の愚痴を聞きながら、その隣を歩く義則に、
「義則君!」
と声をかける者がいた。振り返ると雪兎が走って来て、
「待って! さっきの話だけど。僕も一緒だからね。君と一緒に敵の情報を収集するよ。間宮さんは、僕にあんなことを言ったけど、誰もが彼の言う通りにするわけじゃない」
と義則に笑顔を向けた。
「おう。じいちゃんも一緒だぜ」
義則が言うと、雪兎は祖父に向かって、
「よろしくお願いします」
と言った。
「うむ。よろしくな」
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