第12話

 その日の放課後、夕日がゆっくりと闇に押され始めて薄暗さを感じる頃だった。あや雪兎ゆきとはコーヒーショップへ行き、義則よしのり美姫みきが二人で帰り道を歩いていると、ある者たちに遭遇した。義則は相手が『魔獣操士』であることはすぐに分かった。魔獣の気配を隠そうとはしていなかったのだ。

『魔獣がいる』

 義則の懐から飛び降りた黒い子犬が瞬時に大きな獣へと姿を変えた。

「ああ」

 義則は気配のする方へ目を向けると、一人の若い女が立っていた。細身の身体で背が高く、身体にぴったりとしたタイトスカートの白いワンピースを着ている。白い扇子を持ち、優雅に口元を隠し、長い黒髪を下ろしていて、そよ風に髪が靡いている。

「俺に何の用だ?」

 義則が女に聞くと、

「あら、そっちから聞いてくれるとはね。あたしの用事が知りたい? 教えてあげるわ」

 そう言って扇子を畳み、口元に笑みを浮かべた。その時、女の着ている白いワンピースがゆっくりと盛り上がったように見えて、それが徐々に白い蛇へと変貌した。白蛇は女の身体に巻き付いていて、顔をこちらへ向けている。

「あなたの犬を貰いに来たの。さあ、それを差し出しなさい」

 女の言葉に、

「やらねえよ。こいつは物じゃねえ」

 と義則が答えた。

「そう? それじゃ、その子と交換にしましょう」

 女が言った時、

「キャー」

 美姫の声がして振り向くと、一人の男に羽交い絞めにされて捕まっていた。それを見た義則は、

「美姫、手加減してやれよ。そいつは魔獣操士じゃない」

 と声をかけた。

「分かったわ」

 と言うが早いか、美姫はあっという間に身を翻して、男の腕を後ろに捻り、関節技を決めた。男は地面にねじ伏せられたが、抗おうと動いた。

「無理に動かないで、靭帯が切れるわよ」

 美姫の言葉を聞くと、男は観念して大人しくなった。

「あら、強いのね?」

 女がそう言って笑みを浮かべると、白蛇の黄金の目がきらりと光った。それを見て、

くろ、美姫を守れ」

 と義則が言った。

『分かった』

 黒は美姫の背後に付き、彼女を守る体制を取ると、義則は女を睨み、

「卑怯だな」

 と言って、指笛を吹いた。すると、闇からゆっくりと獣が現れた。それは銀色の毛に覆われた大きな犬。次々と姿を現すと、それらは十体もいた。

「何? 何なのよそれは! 魔獣じゃないの! 何であんた一人で、そんなにも従えているのよ!」

 女は声を張り上げて恐怖の表情に変わった。魔獣操士が契約を結べるのは一人につき一体というのが常識だった。

「何でって? 俺が特別だからだよ。魔犬を操る『魔犬操士』。犬は群れを成す。そして、主に従う」

 そう言って、義則はにやりと笑った。

「一旦、引くわよ!」

 女は味方の男に言うと、自分は先に逃げて行った。義則は美姫へ振り返り、

「放してやれ」

 と言うと、

「分かったわ」

 と美姫は答えて、男の腕を放した。解放された男は、痛めた肩の関節を抑えながら逃げた女を追いかけていった。

「なんだ? あいつら?」

 義則は魔獣操士になってから、こんなことは初めてだった。

『魔獣狩りをしているようだな』

 黒がぽつりと言った。

「何のために?」

 義則が聞くと、

『分からない』

 と黒が答えた。

「ねえ、よっしー。この子たちは初めて見るんだけど?」

 銀色の毛並みの犬たちを見て、美姫が言った。

「ああ、普段は封印の間にいる。今日はちょっと呼び出してみたんだ」

「銀色の毛が綺麗ね」

 美姫は犬たちに近付いて、その身体に触れると、黒が銀色の犬たちを睨んだ。睨まれた銀色の犬たちは身震いして小さくなった。それを見て、美姫は黒を振り返り、

「黒ちゃんの艶やかな毛並みも綺麗で好きだよ」

 と微笑んで、

「おいで黒ちゃん」

 と手を差し出すと、小さくなった黒が、飛び上がってその掌に乗った。

「私を守ってくれてありがとう」

 美姫に頭を撫でられて、黒は嬉しそうだ。

「さて、みんな帰るぞ」

 義則が言うと、

「うん」

 美姫は義則の腕に、自分の腕を絡ませて、

「帰ろう」

 と義則に笑顔を向けた。美姫は魔獣操士ではないが、小さい頃から魔獣が見えていた。先ほど魔獣操士に襲われたが、まったく動じることもなく、何事もなかったかのように平然としていた。


 美姫の手には黒が乗っていて、義則の足元には、銀色の子犬が十匹、小さな足を忙しく動かしながら歩いていた。けれど、これらは他の者には見えてはいない。魔獣操士とその一族にはそれが見えるが、なぜか、美姫と絢には見えていた。それはきっと、魔獣操士の一族の分脈なのだろうというのが、祖父や父母の考えだった。因みに、美姫の母にも魔獣が見えるが、父には見えないという。ならば、母方の家系を遡れば、きっと魔獣操士に繋がるのだろう。絢の方も、きっと同じような血筋なのだろうと義則は思っている。

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