第14話

 次の日の放課後、

「よっしー、帰ろう!」

 美姫みきがいつものように、義則よしのりに声を掛けてきた。

「悪いけど、今日は一緒に帰れない。俺は雪兎ゆきとと用事があるから、あやと一緒に帰ってくれ」

 義則が言うと、

「え~、あたしが一緒じゃ駄目なの?」

 と甘えたように言って、義則の腕にしがみついた。

「駄目だ。気を付けて帰れよ。くろを連れて行け」

 そう言って、義則は懐から黒を出して、美姫の手に乗せた。それを見て、美姫は悟った。

「分かった」

 義則が美姫たちを連れて行かない理由を理解して、大人しくそれに従った。

「黒ちゃん。帰ろうか」

 美姫が声をかけると、

『ああ』

 と美姫に返事をして、

『美姫と絢は、俺が責任もって守る』

 と義則に誓った。

「頼んだぞ」


 美姫たちが帰って行くのを見て、

「義則君、大丈夫なの? 魔獣を美姫ちゃんたちに付けてしまって。君はどうやって身を守るの?」

 雪兎が聞くと、

「俺にはまだ、手札がある」

 そう言って、指笛を吹くと、義則の影からゆらりと銀色の獣が現れた。それは次から次へと出て来て、全部で十体にもなった。それを見て、

「これはすごいね」

 と雪兎は感心しきり。

「俺は魔犬を操る『魔犬操士』だ。犬は群れを成す。そして、主に従う」

 そう言って、義則はにやりと笑った。

「そうか! 『魔犬操士』って、かっこいいね!」

 と雪兎が褒め称えると、義則は得意げに胸を張った。

「そうだろう? 俺はかっこいいんだ!」

 そう言って義則は意気揚々と歩いた。普段は魔獣を連れて歩くことはないが、今はわざと目立って、敵をおびき出す作戦をとった。

「そういえば、雪兎。お前の魔獣って、白兎しろうさぎじゃないんだな?」

 義則が思い出したかのように言うと、

「はははっ。僕の名前が雪兎だからって、短絡的だね。僕の魔獣は白龍。まだ、君に見せていなかったね」

 雪兎はそう言って、胸元のペンダントを取り出し、美しい翡翠に触れて、

はく、出ておいで」

 と声をかけると、小さな白い龍がシュルシュルと出て来て、それが急に大きくなり、義則たちのいる通りを、その身体で埋め尽くしてしまった。白龍の身体は大きいが、建物を壊すこともなく、魔獣が見えない者たちは、その身体を通り抜けて行った。

「でっかいなー! こんなでかいの、連れて歩けないだろう」

 義則が言うと、

「うん。だからペンダントに入れているんだ」

 と雪兎が微笑んで言った。

「これで、誰か現れるといいけどね?」

 こんなにも目立つ魔獣を従えて闊歩する義則と雪兎の前に、姿を見せるだけの勇気のある魔獣操士などいるのだろうか? しばらく歩いていると、

「魔獣がいる」

 義則が魔獣の存在に気付いた。

「出て来いよ」

 と声をかけたが、隠れて見ているだけで姿を見せる気配はない。

「お前ら、恥ずかしがり屋さんを連れて来てやれ」

 義則が銀色の犬たちに言うと、ワオンッと答えて、影の中へ消えた。

「ちょっと、やめてよ。押さないでったら。あっ、服を噛まないでよ、破けるじゃない」

 犬たちに連れて来られたのは先日の白いワンピースの女だった。仲間の男も一緒だ。

「もういい、放してやれ」

 義則が犬たちに言った。

「今度は何よ! 白龍まで連れて。あたしをどうしようっていうのさ!」

「また会ったな、白蛇使い。お前に聞きたい事がある」

 義則が言うと、

「あたしにはないわよ! それとも、あんたの犬をくれるの?」

 と言葉を返した。

「やらねえよ。こいつらは物じゃない。一緒に来てもらおうか」

 女の腕を取り、義則が連行しようとすると、

「やめてったら! 放してよ! 誰か、助けて!」

 女が声を上げて助けを求めると、周りの人たちが気付いてこちらを向いた。

「おい、君! やめなさい」

 男が義則の手を掴んで言った。

「すんません。俺、この人に用があるんです。邪魔しないで下さい」

 義則が言うと、

「しかし、この人は嫌がっている。無理やり連れて行くのはいけないよ」

 と男は義則を窘めた。どうしたものかと考えていると、

はく、その女食べちゃっていいよ」

 と雪兎は薄く笑みを浮かべて言った。すると、はくは口を大きく開けて、女の近くへ顔を寄せた。

「いや! 食べないで!」

 女は恐怖に震えて命乞いをした。

「それじゃ、一緒に来る?」

 雪兎が笑みを浮かべて聞くと、

「い、行くわよ。そうだったわ。あたしもあんたたちに用があったんだわ。行くから。ねっ、行くから!」

 それを聞いて雪兎は、

「良かった。それじゃ行こうね」

 女に言ってから、

「おじさん、その手を放してください」

 義則の腕を掴んでいた男に向かって言った。男は訳が分からなかったが、女は自ら一緒に行くと言ったのだから、義則を咎める必要は無くなり、その手を放して、訝し気に視線を残して去っていった。

「雪兎、お前、意外と冷酷だな」

 義則が言うと、

「はははっ、食べていいと言ったのは冗談だよ」

 と雪兎は笑みを浮かべた。

はくは本気だったぞ」

 義則は、大きく口を開けたはくの目がきらりと光ったのを見たのだった。

「そう? でも、食べられちゃう前に、僕が止めたよ。きっと」

 と微笑み続ける雪兎に、女は身震いした。きっと、と言ったが、止める気などなかったに違いない。

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