第19話

 美姫みきの魔獣契約の日から数日後、白蛇使いの加藤かとうしずくが、高木家を訪れた。

「いらっしゃい、加藤さん」

 母が出迎えて、義則よしのりを呼ぶと、

「おっ、しずくじゃん。遊びに来たのか? ほら、上がれよ」

 義則が嬉しそうに言った。

「先日の話、服従の契約……」

 と雫が言いよどむと、

「ああ、あれか。お前が嫌ならやらなくたっていいんだぜ」

 と義則が気を利かせて言うと、

「違う。あんたに契約の上書きをして欲しい」

 と雫が視線を逸らして言う。本当は不本意なのかもしれないが、背に腹は代えられないという事だろう。

「分かったぜ。ほら、上がれって」

 雫の態度は素直ではないが、彼女が義則を頼ってくれたことが嬉しかった。


 雫を客間へ迎えると、

「今、じいちゃんを呼んでくるから待ってろ」

 義則はそう言って、客間を出た。入れ違いに母が来て茶を出し、

「どうぞ、ごゆっくり」

 と一声かけて部屋を出た。しばらくして、義則と祖父が客間に来て、

「加藤さん、決心が付いたようで良かった。服従の契約は厄介だからな。義則、早速始めるぞ」

 祖父はそう言って、契約書を出した。そこにはいにしえの言葉で文字が書かれていて、現代人には読めないものだった。

「この契約書に書かれた内容は……」

 祖父が説明しようとした時、

「分かっています。これは服従の契約。内容は、『汝、我に従い、我に服従することを誓え』魔獣契約と同じですよね?」

 雫が祖父の言葉を遮って言った。

「違うぜ。ここにはこう書いてある。『お前は俺の友達で、誰にも服従する必要はない』ってな」

 義則の言葉に、

「は~?」

 と雫は呆気に取られて、腑抜けた声を出した。

「俺もこの文字は読めねえ。じいちゃんに教えてもらって書いた。安心しろ。俺はお前を虐げたりはしないぜ。俺を信じろ」

 出会ってまだ三回しか会っていないが、雫には義則の善良さを疑う余地はなかった。

「分かったわよ。あんたを信じる」

 そう言って、雫は契約書に血判を押した。

「これで、契約は成立した。黒猫使いもびっくりだろう。契約の上書きされたなんてな」

 義則はにやりと笑った。

「ほんとに、あんた変な奴ね。こんなことしたって、あんたに何のメリットもないのに」

 雫はそう言って口元を緩めた。

「雫、お前、初めて笑ったな」

 義則が嬉しそうに言うと、

「笑っていないわよ!」

 と声高に言って、顔を背けた。

「お前も天邪鬼あまのじゃくか? 俺と友達になれて、本当は嬉しいんだろう?」

 と揶揄う様に、顔を覗き込んだ。

「あんたね、女性に顔を近づけるなんて失礼でしょ!」

 そんな雫を見て、義則はまたにやりと笑った。


 雫が帰ると、

「じいちゃん、雫の奴、大丈夫かな? 黒猫使いに捕まったりしないかな?」

 義則が心配して言うと、

「この契約書は、お前と白蛇使いを繋げた。彼女の身に何かあれば、お前にその知らせが届く。心配なら、守ってやればいい」

 祖父が答えた。

「そうか! それならよかった。猫より犬の方が強いからな。俺の犬を向かわせれば何とかなるな」

 義則には黒の魔犬の他に、銀色の九十九体の魔犬がいる。銀色の魔犬は普段、封印の間の鏡の中に居て、義則に呼び出されれば、瞬時に彼の傍に出現する。一度に呼べる数に限りはなく、九十九体すべて呼び出すことも可能だ。


 契約魔獣は一体だけというのは、魔獣操士の間では常識だが、義則の場合はその常識から外れていた。義則の契約魔獣は黒い魔犬だけだが、銀色の九十九体の魔犬は義則をあるじとして従う。それは魔獣契約ではなく信頼だった。犬は群れを成す。そこには彼らを導く者が必要で、あるじを得れば、群れはそのあるじに従う。

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