第18話

「魔獣契約って、こんなにも簡単なものだったか?」

 義則よしのりが呟くと、

「お前の時とは、だいぶ違ったな」

 と祖父が笑った。


 義則が魔獣契約を結んだのは、彼が五歳の時だった。今から十年前だ。祖父の則隆のりたかは六十代後半になっていたが、則隆の娘の則子のりこは魔獣契約が叶わなかった。そこで、その息子の義則に魔獣契約をさせる事となった。魔獣は人に害をなすものであり、危険を孕むが、契約を結べば、それは強い味方となる。魔獣を操る『魔獣操士』のすべてが善であるわけではなく、その力を私欲のために使い、人々を虐げてきた者もいた。そんな歴史が繰り返される中、いつか魔獣を持つ者たちが戦う日が来るだろうと、祖父の則隆は予測し、幼い義則に魔獣の操り方を教え込んだのだった。

 義則には黒い魔犬と契約を結ばせた。今は仲良しではあるが、魔獣契約は簡単なものではなかった。まだ幼い義則に魔犬が簡単に服従などするはずもなく、何度も契約に失敗した。くろが認めるまで何度も挑戦し続け、それが百回を超えた。元々、強い霊力を持っていた義則だが、彼はまだ幼く、その力を上手く使えなかった。祖父の教えに従い、霊力の使い方を学び、魔獣を従わせる術を身に着けた時、初めて魔獣契約が成立したのだった。そのために要した時間と労力を考えると、美姫みきの魔獣契約がこうもあっさりと成立したことに、ただただ呆気に取られてしまうのだった。


 美姫は魔獣と契約し、青い魔犬を連れて、その喜びを全身で表し、踊るかのように両親の待つ居間へと戻った。

「パパ、ママ! あたしの素敵な魔犬、あおを紹介するわね。さあ、青ちゃん、あたしのパパとママ。そして、よっしーのパパとママ。それから、よっしーのおばあちゃんよ。ご挨拶して」

 と美姫が言うと、

『美姫と契約を交わした。我の名は……あお

 と少し戸惑いながら、みんなに自己紹介した。あおというのも、先ほど勝手に名付けられたのだが、そう名乗るしかなかった。

「まあ、素敵な魔犬ね。美姫、良かったわね」

 美姫の母が笑顔で言うと、

「良かったな、美姫」

 と魔獣が見えない美姫の父も嬉しそうに言った。

「美姫ちゃん、もう契約できたんだね」

 義則の父も優しい笑顔を向けて言った。

「美姫ちゃんは魔獣操士の資質が高いのでしょうね。とても良いことだわ。あおもとても従順さを見せていますね」

 義則の母は、そう言って笑みを浮かべた。

『本当に、良かったわ。これで安心ね』

 と義則の祖母の霊魂が言った。


 無事に魔獣契約を結ぶことが出来て、二宮家は自宅へ帰って行った。

「それにしても、美姫は凄いな。まさか、あんなに簡単に契約出来るとは思わなかった」

 義則が言うと、

『美姫はああ見えても、強い霊力と精神力を持っている。その強さをあいつは認めたんだろう。当然の結果だ』

 とくろが言った。

「そうなのか? 俺の時は、お前に何度も契約を拒まれたぞ。大変だったんだからな」

『当然だろう。まだ赤ん坊みたいなお前に、何故この俺が服従などしなければならない』

「そうはいうけど、お前、結局俺と契約してくれたじゃないか」

『ふんっ。お前が哀れだったからな。同情だ』

「同情だって? お前、照れてんだろう? 俺との友情を恥ずかしがるなよ~」

 義則はそう言って、隣にいる大きな黒い獣を無茶苦茶に撫でまわした。

『やめろ。毛並みが乱れる』

 黒はそう言いながらも、目を細めて尻尾を振って喜んでいた。

「はははっ。撫でられて嬉しいくせに。そういうところも可愛いぞ」

 言葉は素直じゃないが、身体が素直に喜んでいる黒が可愛くて仕方ないというふうに、義則は黒を抱きしめて頬擦りした。

『やめろ』

 黒は心とは真逆な言葉を言う。

「嬉しいんだな」

 義則には黒の心はお見通しだった。

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