第26話

 家に帰ると、

義則よしのり、お帰りなさい。そして、皆様いらっしゃい。どうぞ上がって下さい」

 と突然五人もの来客にもかかわらず、母は笑顔で迎え入れた。魔獣操士たちを居間へ案内したあと、

「義則、ちょっと」

 と母が声をかけ、二人で台所に行くと、

くろから話は聞きましたが、突然の来客は私も少し困るのですよ。お分かりかしら? 五人分のお食事をすぐに用意できるとでも思っているのかしら? 今からお使いに行って頂きますよ」

 美しい母の薄く笑みを浮かべた表情は、言いようのない怖さがにじみ出ている。

「お、おう。分かった」

 いつになく、感情を露わにした母を見て、義則はその場から逃げるようにお使いに行った。


 義則が行った場所は、近所の料亭で、家族でよく利用しているところだ。

よしぼう、来たね。お造りと煮物の注文だったな。持って行ってくれ。お代は貰っているから」

 料亭の店主がそう言って、義則に料理を持たせた。

「おう! おじさん。ありがとうな!」

 義則が言うと、

「こちらこそ、いつもお世話になっています」

 と店主が言った。


「なんか、今日の母さん、怖かったけど、何でだろう?」

 義則が言うと、ブレザーの中からくろが顔を出し、

『怒るのは当然だ』

 と言った。

「なんでだ? 俺の友達が増えて、母さんだって嬉しいだろう?」

『お前の友達が増えることは、嬉しいかもしれないが、則子のりこは突然の来客をもてなす用意が出来ていない。完璧を求める則子は、少しの妥協も許せないんだ。今日は人数が多すぎて、対応できなかったことに、酷く腹を立てているんだ。お前にと言うより、自分にな』

「はあ……。分かったような、分からないような? でも、俺に怒っているんじゃないんだな? なら良かった」

 義則は安心したようだが、

『則子はそういうところが不器用なんだ』

 とくろが呟いた。常に完璧を求める母は、己に厳しく、融通の利かない性格だった。それ故に、くろとの相性は合わず、魔獣契約は成立しなかった。他の魔獣もそれは同様だった。


くろ、何か言ったか?」

 義則が聞くと、くろは、

『何でもない』

 と答えた。義則が帰ると、母が出迎え、

「ご苦労様でした。一度、台所へ運んでちょうだい」

 と義則に言った。煮物は小鉢にとりわけ、お造りはそのまま食卓へ運んだ。母はそれ以外に、おひたしとみそ汁、天ぷらと茶碗蒸しを用意していた。完璧な和の膳だった。

「どうぞ、召し上がって下さい」

 母が言うと、

「すみません、突然お邪魔してしまった上に、この様な豪華なお食事まで用意して頂いて、恐縮です」

 と黒熊使いは、申し訳なさそうに言った。

「とんでもございません。義則の新しいお友達にお越し頂いて、私たちも嬉しく思っております。どうぞ、ご遠慮なさらずに、お手を付けて下さい」

 と母が美しく微笑む。今までは、そんな母を見て嬉しく思っていたが、義則は母の意外な一面を見て、複雑な思いだった。

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