第21話

「何言ってんだ? 殺すわけないだろう? お前は俺に負けた。だからこれに血判を押せ」

 義則よしのりはそう言って、服従の契約書を出した。

「はっ、お前もそうして俺を虐げるのかよ」

「虐げるってなあ、お前、俺の事なんだと思ってんだよ。この契約書の内容はな、『お前は俺の友達で、誰にも服従する必要はない』って書いてあんの。俺を信じろ。血判ってのは血の契約だ。ナイフで切ったら痛いだろう? だから、針を持って来た。これで、つんって刺して血判を押せ。そうすれば、黒猫使いの服従の契約を上書きできるんだ。ほら、自分でやれよ。俺は人を傷つけたくないからな」

 そう言って針を渡す義則を見て、深いため息をつき、蜥蜴とかげ使いは血判を押して、

「ほらよ」

 契約書と針を義則に返した。

「おっ、サンキュー。これで、お前も友達だな。腹減ったから帰ろう。お前も来いよ」

 義則は蜥蜴使いに言って、

「お前らはどうする?」

 と他の三人に聞いた。

あやちゃん、どうする?」

「私は帰るわ」

「それじゃ、僕は絢ちゃんを送って家に帰るよ」

 絢と雪兎ゆきとはそう言って、

「あたしも今日は帰るよ」

 そう言った美姫みきは、隣にあおを従えていた。彼女の足元にいた、大量の蜥蜴とかげは逃げたようで、既にいなくなっていた。

「そうか。でも、帰り道はいっしょだから、みんなで帰ろうぜ。ほら、お前も」

 友達の契約を交わした蜥蜴とかげ使いは、この誘いを断れなかった。

「分かった」


「ただいまー」

 義則が家に帰ると、

「義則、お帰りなさい。新しいお友達もいらっしゃい。えっと……。蜥蜴とかげ、とても綺麗ですね。どうぞ上がって」

 蜥蜴使いの背後には、大きな七色の蜥蜴が抱きついている。色は綺麗だが、その絵面はかなり衝撃的だった。

「ほら、遠慮するな」

 義則に促され、蜥蜴使いは戸惑いながらも居間へと招かれた。そこには、いつものように家族が座っていた。

「どうぞ、遠慮しないで。ところで、お名前を伺ってもいいかな?」

 父が言うと、義則は彼の名前を聞いていないことに、今気が付いた。

「おう、そうだ。まだ聞いていなかったな。先に俺が名乗るのが筋だろう。俺は高木たかぎ義則よしのり。お前に名前を聞いたのは父親だ。玄関で会ったのは母親。父さんの前に座っているのがじいちゃんで、その隣にいるのがばあちゃんだ」

 と家族を紹介した。蜥蜴とかげ使いは紹介された家族の中に、死んだ人間の霊魂が普通にいることに驚いた。

「それで、お前の名前は?」

 義則が聞くと、

「俺は田中たなか朔太郎さくたろう

 と蜥蜴とかげ使いは答えた。

「さくたろうって、どんな字を書くんだ?」

さくという字は、新月を意味する。文字は逆という字のしんにょうを除いて、隣に月と書く。太郎は普通の太郎だ」

 朔太郎の説明に、義則は頭の中で懸命に、文字を思い描いた。

「分かったような、分からないような?」

「なぜ、名前の漢字が気になる?」

 朔太郎が呆れ顔で聞くと、

「だって、名前って大事だろう? ちょっと待ってろ」

 と言って、義則は紙とペンを持って来た。

「さくたろうって、書いてくれ。さくは新月って、新しい月っていう意味か?」

 朔太郎が名前を書いているのを見ながら義則が聞くと、

「そうだ」

「いい名前だな」

「ほら、書いたぞ」

 朔太郎が紙を義則に渡した。

「おお、見た事ねえ文字だな。これでって読むんだな。さくちゃんって呼んでいいか?」

「どうぞお好きなように」

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