第60話

 穏やかで、和やかで、楽しい茶会に、義則よしのりはすっかり忘れていた。ここに集まった理由を。しかし、佐々木はしっかりと自分の任務を遂行中である。茶室の小さな庭を囲う竹垣の外に身を潜め、赤龍の様子を窺っていた。茶室ですっかり寛いでいる義則は、

「俺、お前にまだ自己紹介していなかったな。高木義則っす。よろしく。それで、赤龍使い、お前の名前は?」

 と聞いた。赤龍使いは、義則の失礼な態度はこれまでも何度も見ていたから、そんな失礼な言葉を自分に向けられても、気にはならなかった。

「俺は早川はやかわ美鈴みすずだ」

 と答えた。

「みすず? どんな字を書くんだ?」

 義則が聞くと、

「美しい鈴と書く」

 と美鈴が答えた。

「すげー、いい名前じゃん」

 と義則は嬉しそうに言った。

「俺の名前を言うと、大抵の奴は女みたいな名前だと笑う。だが、お前は笑わずにいい名前と言った。初めてだ、そんな奴は」

 と、美鈴は口元に笑みを浮かべた。

「そうか? 人の名前を笑う奴の方がどうかしてるぜ? そんないい名前を付けたんだから、お前はすげー愛されてんだぜ。いいことだよ」

 と義則はまた、嬉しそうに言うと、

「お前、面白いな」

 美鈴が笑った。そんな美鈴の様子を、間宮も黒龍使いの日野も、いつもと変わったところはないと感じていた。楽しい茶会も終わり、解散となり、赤龍使いの美鈴は帰っていった。黒龍使いの日野も一度、間宮家を出たが、暫くしてから戻ってきた。


「それで、どうだ? 何か分かったか?」

 間宮が佐々木に聞くと、

「虫が寄生しているようです」

 と答えた。

「虫が寄生? どういうことだ、説明しろ」

 間宮が問うと、佐々木はそれについて説明した。


 寄生している虫はただの虫ではない。蟲毒こどくで作り上げた呪術であり、この虫を寄生させて人を操るという。この虫は今は活動していないが、術者が命令を下せば、寄生された者は術者の思い通りに操られる。寄生された本人は気付いていない。虫を無理やり取り出すと、寄生された者は命を落としかねない。虫を取り除くためには、術者に術を解かせるか、術をかけた者に勝る者に取り出してもらうか。


「いずれにしても、私の力は及ばない。猫使いの者たちも術に長けているが、蟲毒については神職の彼らに知識があるか分からない」

 と佐々木は言った。

「そうか。ご苦労だった」

 と間宮は佐々木にねぎらいの言葉をかけてから、

「美鈴に何をさせようとしていると思う?」

 と問いかけると、

「黄龍を奪う為だと思います」

 と佐々木が答えた。

「そうか。やはりそうなるのか」

 と間宮は深くため息をついて、

「そんなに欲しければ、本人がここへ来ればよいものを。簡単にくれてやる気はないがな」

 と言った。

「そうだ! それな!」

 義則が閃いたとばかりに、声を上げた。

「なんだ、いきなり。何を思いついたんだ? 言ってみろ」

 間宮が言うと、

「本人が来ればいいじゃないか。黄龍が欲しいって言いに」

 義則が言う。それを聞いて、また、間宮が深くため息をついて、

「お前は馬鹿なのか? 真正面から来る奴がいるか?」

 と呆れ顔で言った。

「そうか? それじゃあ俺、明日、美鈴んとこ行ってくるぜ。呪術師があいつに蟲毒の虫を寄生させたんだったら、そいつは美鈴に接触しているって事だろう? 俺が探ってくるぜ」

 と、義則は言うと、

「それなら、俺も行こう」

 と黒龍使いの日野が言う。

「おう、いいね。それじゃあ、明日、学校終わったら、一緒に行こうぜ」

 という事で、義則と日野は翌日、赤龍使いの美鈴の屋敷へ行くことを約束した。

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