第61話

 翌日、義則よしのりが学校から帰ると、自宅の前に黒い車が待っていた。

「おっ、日野が迎えに来てるぜ」

 美姫みきと一緒に帰った義則が言った。

「それじゃあ、よっしー、また明日ねー」

 美姫はそう言って、隣の自宅へ帰って行った。義則が車へ近付くと、窓を少し開けて、

「乗れ」

 と日野が一言言った。

「おう、お迎えサンキューな!」

 義則が嬉しそうに言うと、日野は笑みを浮かべた。

「お前、美鈴みすずとは仲良しなのか?」

 義則が聞くと、

「お前の言う仲良しがどれほどの仲か分からないが、普通に友人だ」

 と日野が答えた。

「そうか、美鈴に近付く怪しい奴とか、気付いたことはないか?」

 義則の質問に、

「ない」

 と日野は即答だった。

「そうか。手掛かりなしだなあ。くろ、お前にかかっているからな。ちゃんと嗅ぎ分けろよ」

 義則が言うと、

『ふんっ、言われなくとも』

 と黒い子犬が見た目に似合わず低い声でぶっきらぼうに答えた。

「お前の黒犬、可愛いじゃないか」

 と日野が言って、触れようとすると、

『触れるな』

 とくろが睨む。

くろ、日野は友達だぞ、そんな可愛げのないことを言うな」

 と義則はくろに言って、

「日野、ごめんな。こいつ本当は、こうして触られるのが好きなんだぜ。お前も触るか?」

 と日野に言うと、

「今日は止めておく」

 と断った。しかし、日野は無類の犬好きであることは、まだ、義則は知らなかった。


 美鈴の屋敷に着くと、やはりここも塀で囲まれ、大きな門があり、警備もばっちりだった。警備員が日野が来たことを確認すると、門が開き、車で中へ入った。

「お待ちして居りました日野様」

 黒服がそう言って、深く頭を下げた。

「母屋で美鈴様がお待ちです。どうぞそのままお進みください」

 と黒服が言い、

「うん」

 と日野が答えて、車はそのまま進んでいった。

「やっぱ、龍使いの家はみんなすげーなあ」

 義則が言うと、

「龍使いの家はみんな土地持ちだ。昔から広い土地を持っている。お前の家も土地持ちだろう」

 と日野が答えた。

「え? 俺んち? 普通の家じゃん。敷地は広くはないぜ?」

 と義則が言うと、

「山を持っているだろう? それと、不動産経営しているじゃないか」

 と日野が返した。

「まあ、そうだけど? 普通だぜ?」

 義則の言う普通の定義が分からない日野は、

「そうだな」

 と答えた。


 母屋に着くと、

「まあ、上がれ」

 と美鈴が出迎え、客間へと招いた。

「お前ら、相当暇なんだな? 俺に会いに来るとは、一体何を企んでいる?」

 と美鈴はソファーに腰を下ろして言った。

「せっかく友達になったんだ。もう少しお前と話したいと思ってさ、日野がいれば、もっと楽しいだろうと思って、一緒に来たんだ」

 義則が言うと、

「お前、俺と話をして何が楽しいんだ?」

 と美鈴が呆れ顔で言う。

「何が楽しいかって? そりゃ、お前の事を色々聞いて、お前の事を知る事が楽しいんじゃないか」

 義則が笑顔で言うと、

「そんな事が楽しいのか? 俺には理解できないな」

 と美鈴が言う。

「そんなことはないだろう? お前、俺の事を知りたいとか思わないのか?」

 と義則が問うと、

「別に、知りたい事はない」

 と美鈴はそっけなく言う。

「それでも、俺はお前の事を知りたいんだ。いいだろう? 話してくれても?」

 義則が言うと、呆れたように、

「何が知りたい?」

 と美鈴が聞いた。

「そうだな? お前、今何歳だ?」

「二十九」

「え? 間宮と同じじゃん」

「そうだ。何なら、中学と高校、大学も一緒だ」

「なんだ、それじゃあ、お前、間宮と仲良しじゃん」

「同じ学校に通っただけで仲良しとは言わない」

「いや、いや。二人とも龍使いだし、やっぱり仲良しじゃん」

 と義則が嬉しそうに言うと、美鈴はふっと笑みを浮かべて、

「そうだな」

 と答えた。

「今仕事は何してんの?」

 義則が聞くと、

「不動産経営と管理だ」

 と答えた。

「おお、そうか。お前んち、土地持ちだってな。結婚はしているのか?」

「独身だ。お前、そんなことを知って、何が楽しいんだ?」

 美鈴が呆れ顔で聞くと、

「俺はすげー楽しいぜ。恋人はいるのか?」

 と義則は質問を続けた。

「いない」

「そうか。好きな奴はいるのか?」

「いない」

「え? お前、そういうの興味ないのか? 間宮は世玲奈の事が好きだろう? 葵は隼人だろう? あっ、日野、お前には聞いていなかったぜ。日野は好きな奴いるのか?」

 急に振られた日野は、

「何で、俺に聞く? 今日は美鈴の話を聞きに来たんだろう?」

 と言うと、

「ついでだ。ほら、答えろよ」

 と義則が言う。

「いねえよ。恋人も、好きな奴も。これで気が済んだかよ」

 と日野が言うと、美鈴が笑って、

「この話、まだ続けるのか? 不毛だな」

 と言った。

「お前ら、好きな奴もいないなんて、普段、何考えて生きてんだ?」

 義則にとっては、好きな人がいないなんて、信じられないのだった。


 そんな他愛もないおしゃべりを楽しんだ義則は、満足して美鈴の屋敷をあとにした。日野の車で、自宅まで送ってもらい、

「今日は楽しかったぜ。サンキューな」

 と日野に礼を言った。

「ところで、何か分かったのか?」

 日野が聞くと、

「ん? 何だったっけ?」

 とすっかり忘れていた義則に、

『俺が奴の周りの者たちを探ってきた』

 とくろが言った。

「おう、そうか! 忘れていたぜ。それで、何か分かったのか?」

 義則が聞くと、

『ああ』

 とくろが答えた。

「日野、お前も上がれよ。くろが話してくれるってさ」

 と義則が言うと、日野は嬉しそうに、

「それじゃあ、おじゃまするよ」

 と言って、義則に招かれ玄関へ行くと、母が出迎え、

「日野さん、いらっしゃい。どうぞ、上がって下さい」

 と笑顔で言った。もちろん、例の如く、家族全員で歓迎された。死者の祖母の霊魂も食卓に着くというのは、この家族では恒例だが、初めての者には異様な光景に違いない。

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