第29話

 そうして、暫くすると、黒猫使いの池谷隼人いけたにはやとが社務所へ戻ってきた。美園みそのは早速、弟を義則よしのりたちの待つ部屋へ連れて来て、

「さあ、隼人。座りなさい。そして、魔獣狩りについて、説明しなさい」

 と命令した。

「姉ちゃんには関係ねえだろう? 俺のすることに、口を出すな」

 と隼人は、姉に反抗的に答えた。

「お前、それはねえだろう? 自分の姉さんに命令するなよ」

 義則が言うと、

「お前にはもっと関係ねえ。口を出すな」

 と隼人は義則を睨んだ。すると、急に姉が膝立ちして、隼人の頬を平手で打った。パチンッと大きく響いて、みんな驚いたが、一番驚いたのは隼人だった。

「姉ちゃん⁉」

 隼人が姉を見ると、冷たい表情で隼人を見ていた。急に人が変わったように、雰囲気も変わった。

「あんた、誰だ? 美園じゃねえな」

 義則が言うと、美園は座り直し、

「高木様、阿仁あに様。失礼致しました。わたくしは隼人と美園の母です。普段、このように娘の身体を借りることはありませんが、今は、止むを得ずこのような形でご挨拶させて頂きました。そして、隼人の不義を諫めるために、恥ずかしながら出て参りました」

 と頭を下げた。

「そうか。でも、過ちは誰にでもある。みんなから奪った魔獣を解放してくれればそれで済む。お母さんからも、言ってやってくれよ」

 義則が言うと、

「はい。もとより、そのつもりでございます」

 と隼人の母は言って、

「隼人、人様から奪った魔獣の封印を解きなさい」

 と隼人に向かって言った。これには、隼人も従わずにはいられないようで、

「分かりました」

 と素直に応じた。すると、母の霊魂は満足気に頷き、美園の身体から抜け出た。

「姉ちゃん!」

 美園の身体は力なく倒れ、その顔は蒼白だった。

「大丈夫か?」

 義則が心配して聞くと、

「姉ちゃんは、こういうのには向かない体質なんだ。母さんも知っているのに……」

 隼人は沈痛な面持ちを浮かべた。姉の事を心配しているのだろう。

「姉ちゃんは、このまま寝かせておこう。赤猫あかねこ、頼んだぞ」

 隼人は、美園の魔獣に言うと、赤猫の魔獣が姿を現し、美園の傍に伏せて、ふわふわとした尻尾で彼女を包んだ。

『言われなくても、分かっている』

 と赤猫は隼人に答えた。


「お前ら、ついて来い」

 隼人はそう言って、義則たちを連れて、封印した魔獣を納めている場所へ案内した。それは簡素な造りの古い木製の建物。見た目では分からないが、強固な結界で守られていた。

「入れよ」

 義則と峰人は、隼人に促されて建物に入った。風通しの窓は閉められていて、昼間だというのに薄暗く、奥の棚には、整然と水晶球が並べてあった。

「あれがそうだ。だが、俺には封印は解けない」

 と隼人がぽつりと言った。

「え? 何でだ?」

 義則が聞くと、

「あの水晶球は、元々、親父が霊力を込めたもので、俺にそれを使えるようにしただけで、封印は簡単だったが、俺の力ではその封印は解けない。残念だったな」

 この期に及んで、隼人は往生際の悪い態度で、不敵な笑みを浮かべた。その態度に峰人が我慢ならず、

「ここで一戦交えるか?」

 と凄むと、

「俺が負けても、封印は解けない。この封印を解けるのは親父か、それより霊力が勝る者だけだ。俺はもう、お前たちに降伏している。これ以上俺に何をしろというんだ?」

 と隼人は諦め顔で答えた。

「そうか。それなら簡単だな。俺がやろう。くろ、俺の指に傷をつけろ」

 義則はそう言って、くろに自分の右手の親指を差し出した。

『分かった』

 子犬の姿のくろはそう言って、その指に牙を立てた。そこからぷっくりと血の玉が盛り上がってきた。

「よし、やるぞ」

 義則はそう言って、並んだ水晶球にその指で触れていき、

「お前らみんな開放する」

 と言った。すると、水晶球は光を放ち、そこから魔獣たちが飛び出し、あるじのもとへと帰って行った。

「お前! あれも開放しちまったのか!」

 その光景を見て、隼人が酷く慌てた様子で叫んだ。

「ん? なんだ? 何か開放しちゃ駄目な奴でもいたのか?」

 義則がのん気に言うと、

「ああ。お前は火の鳥を解放しちまったんだ。どうするんだ?」

 隼人は頭を抱えて言った。

「火の鳥がここに封印されていたのか⁉」

 峰人が驚いて聞くと、

「ああ、本当に、もう取り返しがつかないぞ。お前、責任もって捕まえて来いよ。出来るならな」

 隼人が諦め顔で言うと、

「火の鳥って、そんなに危険なのか?」

 と義則は、またもやのん気に聞く。

「一つの町を一日で焼き尽くしたんだ。それで封印されている。みんな焼け焦げて死ぬぞ」

 隼人のその言葉に、

「お前! それを早く言えよ! 俺、責任もって捕まえてくる! みねちゃん、今日はここでさよならだ」

 と峰人に言ってから、

くろ、行くぞ!」

 とくろに声をかけると、

『分かった』

 と言って、くろが火の鳥が飛んでいった方向へ走った。それを義則も追いかけていく。

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