第38話

 雪兎ゆきともと許嫁いいなずけの名前は山岸やまぎし世玲奈せれな義則よしのりたちの通う高校の三年生。


 雪兎が幼い頃、お互いの両親の交流が深いこともあり、許嫁の契約を交わしたのだという。雪兎と世玲奈は幼い頃に出会い、共に過ごすことも多く、とても仲が良かった。ただ、大人が思うような感情はお互いになく、成長すると一緒にいる事に違和感を覚えるようになった。世玲奈の方が二つ年上で、精神的にも大人びていて、彼女が中学生の頃に、こう言われた。

「私はあなたと結婚するつもりはありません」

 雪兎はそう言われても、まったく悲しくはなかった。

「僕はそれで構わない」

 と雪兎は答えた。それでも、まだ子供だった二人には、許嫁の解消を願い出ることは出来なかった。


 それからしばらくして、世玲奈は、自分には想い人がいるのだと、雪兎に明かした。

「そう、それは良かったという事なのかな?」

 雪兎が言うと、

「叶わぬ想いよ」

 と陰りのある顔をした。

「誰なのか聞いてもいい?」

 雪兎が聞くと、

「間宮さん」

 と答えた。間宮とは、今は黄龍を契約魔獣として従えている、間宮まみや鱗十郎りんじゅうろうの事だ。

「そう。それは、ちょっと難しいね」

「ちょっとどころじゃないわ。相手にしてもらえない」

 鱗十郎は世玲奈より十一歳年上だ。その話を聞いた時、世玲奈がまだ十五歳で、鱗十郎は二十六歳。世玲奈の言う通り、相手にされないのは当然だった。

「それでも、その想いは大切にするべきだよ。人を好きになれるのは素敵なことだからね」

 雪兎の言葉に、世玲奈は悲しそうに薄く笑みを浮かべた。


 そんな過去を思い出しながら雪兎は語った。

「そうだったんだな。それで、世玲奈は今でも間宮の事が好きなのか?」

 義則が聞くと、

「うん。その想いは変わらないと思う」

 と雪兎が答えた。

「ところで、間宮って独身か?」

「うん」

「間宮、今幾つだ?」

「今年で二十九歳かな?」

「なんで結婚しないんだ? 好きな奴でもいるのか?」

「なんで、そんなに気になるの? 間宮さんの事」

 雪兎が聞くと、

「そりゃ、気になるだろう。間宮に好きな人がいたら、世玲奈の気持ちはどうしたらいいんだ?」

 義則はまるで友達を心配するかのように言う。

「君が気に掛ける事でもないだろう? 他人事じゃないか」

 雪兎が言うと、

「お前、薄情だなあ。仲良しだったんだろう? 心配じゃねえの?」

 義則が言う。

「心配したって仕方ないよ。彼女の問題だ。間宮さんと結婚したいなら、自分から言えばいい。彼はまだ独身なんだから」

「お前なあ。今まで想い続けてきてまだ気持ちを伝えられないでいる世玲奈は、その勇気がないんだよ。自分から言えないんだぜ。よし、俺が何とかしてやろう」

 と義則が言うと、

「それは彼女が喜ばないと思うよ」

 と雪兎が苦笑いして言った。

「なんでだよ」

 義則が聞くと、

「世玲奈ちゃん、覚悟が出来ていないのよ。もし、気持ちを伝えて断られたらどうなると思う? 心が傷ついて立ち直れないかもよ?」

 と美姫が答えた。

「え? それは困る。美姫、どうすればいいんだ?」

「まあ、女の子の気持ちは女の子のあたしたちの方が理解できるし、心のケアも出来ると思う。でもね、一番は世玲奈ちゃんがどうしたいかでしょ? まあ、その前に、あたしたち、世玲奈ちゃんとまだ会ってもいないんだけどね。とにかく、よっしーは何もしないで」

 と義則は美姫に釘を刺された。そして、世玲奈の恋愛話はここで一先ず終わったのだった。

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