第2話

 玄関では両親が待っていた。

「ほら、急ぎなさい」

 と母に急かされ、

「分かってるよ」

 と義則よしのりは急いで靴を履いた。

「それでは、お父さん、お母さん。行ってきます」

 母が留守番の祖父母に挨拶をして、三人で出かけた。


 高校への距離は一キロほどと近く、歩いても二十分はかからない。公立高校なので、地元の子供たちが多く進学する。なので入学する半数は友人か顔見知りだった。

「なんだ、両親揃って来てるの、うちだけじゃないか」

 義則が言うと、

「そうでもないみたいですよ。あちらも、ご両親揃ってのご参加よ」

 母がそう言って、目を向けて会釈した。あちらの両親も気付いたようで会釈を返した。厳格そうな父親と、綺麗すぎて冷たい印象の母親。その二人の子供はどんな奴なんだろうと、義則は思った。


 今年の入学者は、百八十人で六クラスもある。クラスごとに並び、義則は三組だった。一クラスはぴったり三十人。入学式が終わると、それぞれの教室へ向かった。その間、保護者は別行動で、クラスの役員決め、その他の説明等がある。

 教室へ入ると、席は出席番号順に決められていて、机には名前が貼られていた。

「自分の名前のある席へ座って下さい」

 担任教師は中年の男性だった。見た目も普通で、何の特徴もなく、中肉中背。クラスの半分は見知った顔だった。同じ中学の者もいれば、違う中学だが、知っているという者もいた。半分の知らない顔も、これから、すぐに知った仲になるだろう。


 義則は自分の名前のある席に座ると、

「なんだ、窓際じゃねえのかよ」

 とつまんなそうに言って、ふと、後ろを振り返ると、綺麗な顔の少年が静かに座っていた。

「よう! 俺、高木義則。よろしくな。お前の名前は?」

 と声をかけると、

「僕は瀧川たきがわ雪兎ゆきと。よろしくね」

 と彼は微笑んだ。

「ゆきちゃんって、呼んでいい?」

「嫌だよ」

 義則が勝手にあだ名をつけようとすると、すぐに断られた。

「そうか? 可愛いあだ名だけどな?」

 義則はそう言いながら、雪兎の机に貼られた名前を見た。

「瀧って字、難しいな。ゆきとって、雪兎ゆきうさぎって書くんだな? やっぱ、ゆきちゃんがいいだろう。あだ名」

 笑顔で言う義則に、

「だから、それは嫌だってば」

 雪兎は再び、不服そうな顔で断った。


「よっしー! おんなじクラスじゃん。よろしくね」

 元気に声をかけてきたのは、長い黒髪で、目鼻立ちのはっきりした少女だった。

「おう、あや。お前、同じクラスだったんだな」

 義則が手を挙げて答えた。

「よっしー! あたしもおんなじだよ」

 あやの後ろから来た少女が言った。彼女は栗毛色の髪で、クルクルとした巻き毛が特徴的で、髪と同じ色の大きな瞳。目立つ見た目と溌溂としているところが、より一層、彼女を華やかに見せていた。

「おっ! みきもおんなじか!」

「そうよ。よっしー、クラス名簿の確認もしていなかったの?」

 みきが言うと、

「そんなの見ねえよ。顔ぶれ見たら分かるじゃん」

 義則が答えて、

「まあ、そうだけどさ。誰と同じクラスか、普通気になるでしょ?」

 というあやの言葉に、

「俺は気にならねーよ」

 と義則は平然と答えた。顔なじみの少女たちは、楽し気に話す義則の後ろに、見たことのない、綺麗な顔の少年に気付いた。あやは目が合うと、急に恥ずかしくなり、言葉に詰まった。それに気付いた義則が、

「あっ、こいつ、ゆきちゃん」

 と紹介した。

「ゆきちゃん?」

 あやが首をかしげて聞くと、

「その呼び名は、本当にやめてよ」

 と雪兎は、ため息交じりに言った。

「僕は瀧川雪兎。よろしくね」

 雪兎の美しい笑顔に見惚れたあやは、返事がすぐに出来なかったが、ふと我に返って、

「あ、あのっ。私は辻原つじはら絢音あやねです。よろしくお願いします」

 と頭を下げた。

「おい、おい、あや。何、畏まってんだよ」

 義則が言うと、みきが義則を肘で小突いて、

「絢を揶揄わないで」

 と小声で注意して、

「あたしは二宮にのみや美姫みき。漢字で書くと、美しい姫。自分の名前とっても気に入っているのよ」

 と笑みを浮かべて、雪兎の傍に行き、机の名前を見た。

「あら、雪兎君の名前も素敵じゃない。雪兎ゆきうさぎ、びったりな名前ね」

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