第10話

 二人が道場に着くと、

「珍しいじゃないか。義則よしのりが来るなんて。お前も稽古していくか?」

 道場主の男性が言った。

「やらないよ。俺は美姫みきを送ってきただけだ」

「なんだ? 美姫のボディーガードでもやってるのか?」

 道場主がにやりと笑う。

「冗談だろう? 俺より美姫の方が強いのに」


 美姫が道着に着替えて来て、早速稽古を開始した。道場主の男性が、弟子たちの稽古を見て指導を始めると、義則は話し相手もいなくなり、つまらなそうに稽古の様子を眺めていた。しばらくすると、うたた寝を始め、美姫の声で起こされた。

「よっしー、帰るよ。送ってくれるんでしょ?」

 眠気眼で美姫を見ると、もう既に着替えを済ませていた。

「おう、帰ろうぜ」

 義則はそう言ったあと、道場主の男性に、

「師匠、帰ります」

 と頭を下げて挨拶すると、

「おう、気を付けて帰れよ。また稽古したくなったら、いつでも来いよ」

 道場主の男性は、義則に言葉をかけた。


「ほんと、よっしー、また合気道やればいいのに~」

「いや、もういいよ」

 義則は幼い頃、美姫と共に合気道を始めたのだが、今はもうやってはいなかった。嫌になったわけではない。合気道を辞めた理由は、彼が魔獣と契約を交わし、魔獣操士となったからだった。魔獣を従えるために身に付けなければならない操術を祖父から習う必要があった。それで合気道を習う時間はなくなったのだ。


「それじゃ、また明日な」

 美姫を自宅まで送ると、義則はそう言って、隣の自分の家へ帰った。

「ただいまー」

 義則が帰ると、

「お帰りなさい」

 母が出迎えたが、遅くなった理由は聞かなかった。美姫の母から連絡があったのだろう。

「腹減った~」

 義則が言うと、

「手を洗ってきなさい」

 とだけ言った。食卓には父と祖父も座っていて、これから夕食の時間だったようだ。時計を見るとちょうど七時。

「おっ、時間ぴったり間に合ったな」

 義則はみんなと一緒に夕ご飯が食べられることを喜んだ。母がみんなの食事を運ぶのを義則が手伝い、母も座って、みんなで食事を始めた。

「いただきまーす」

 今日の夕食は唐揚げだった。義則の好物の一つだ。食事が済むと、義則はすぐに風呂へ入った。脱衣所で服を脱ぐと、小さな黒い犬が床へ飛び降りた。

くろ、お前も風呂に入るか?」

『俺は汚れていない』

「分かってるよ。でも、風呂で遊ぼうぜ」

『仕方ない、遊んでやろう』

 黒はそう言って、義則と一緒に浴室へ入った。身体を洗って湯船に浸かった義則は、黒に向かってお湯を飛ばした。それを、ひょいっと、軽く躱した黒は、浴槽のへりに乗って、前足で義則に向かってお湯を飛ばした。

「げほっ。こんなのあるかよ!」

 小さな黒の前足では、飛ばせるお湯の量も少ないだろうと油断していたが、黒は霊力を使って大量のお湯を飛ばしたのだった。義則は笑いながら、お返しとばかりに、黒へお湯をかけた。そんな遊びのせいで、風呂の湯は半分ほどに減っていた。

「やべえ。このままじゃ怒られる」

 義則は減った分のお湯を足した。

『まったく、お前はいつまでも子供だな』

 黒が言うと、

「お前もな」

 と義則も黒に言い返した。

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