第64話 切り分け餅

「ようこそお越し下さいました。偉大なるディアーダ王のお力添えがありますれば、此度の戦役に勝利の栄光が輝くこと疑いなく…」


「…そなたもよく集めたではないか。勝利の栄光が輝くならば、そなたの働きこそが要であろう」


 これはお世辞ではなく俺の本心で、レンウッド郊外の平原に集められた軍勢は…目算で2000を超えてるんじゃないか?


 俺は眼前でニコニコとした狸の面皮を崩さないヒューバートを、もう一度マジマジと見つめ直す。


 ふーむ。


 この狸だったり狐だったり清廉な王だったりと忙しい男、さらに評価を上方修正しなくてはならんかもな。


 …たしかに、昨年に俺が海賊退治作戦で介入したことでコイツは勢力を増しただろうが、しかしそれまでは一都市の領主に過ぎなかったはずだ。


 それが僅か一冬でこれだけの軍勢を集めるとはな。


 なにしろ2000ともなると、ランダーバーグ王国のクーデターでギュンターが動員した総兵力に等しいのだ。


 平原を埋める軍勢はよく見ると軍装も旗幟も雑多であり、ざっと見た限りでは20近い勢力を糾合したものだろう。


 まあ悪く言えば烏合の衆なのだが…むしろそれを纏め上げるヒューバートの手腕に素直に感心してしまう。


 …どうもこの助力は、虎に翼を与えるようなものにも思えてきたな。



 まあいいか。


 コイツが有能で海賊どもが大人しくなるなら文句無いし、もし悪心を起こすようなら黒色火薬くんが退場させてくれるだろ(適当)













 さて、今俺たちがいるのはもちろん春のバリタニエン島で、昨年に約した共同作戦のために雪解け早々に海峡を渡ってやって来たのである。


 今のシュタイオンはアストリッドたちがもたらした大型ヴィーク船を多数保有しているので、今回は6隻に分乗して近衛軍100、補助軍200のドドンと計300人でやってきたぞ。


 もちろんこれは新生ディアーダ王国史上最大の遠征事業であり、例によって俺の留守中のフレムド人反乱を懸念する宰相モーリッツを安心させるために補助軍を多数引き連れて来た訳だ。


 彼らフレムド人にとっては縁もゆかりも無いバリタニエン島への遠征であるが、たんまりと空薬莢を配分しているので不満はなく…なんだか補助軍は自国内傭兵の様相を呈してきたな。


 ともあれ、おかげでヒューバートが集めた連合軍の中でも、ディアーダ王国軍はヒューバート自身の直衛に次ぐ規模の軍勢であることから周囲の反応も悪くない(ご満悦)


 今までは俺が一人で暴れるばかりの作戦が多かったからな…だんだんと新生ディアーダ王国の軍事作戦も格好がついてきたというものだ。


 …まあ、イェルド達が操船する旗艦以外の船は海流に流されてバリタニエン島のあちこちに漂着し、おかげで再集結に3日以上かかってしまったのだが…そこら辺は今後の課題にしていこう。



 さて、それよりもヒューバートの軍容である。


 現在は野外の陣営で作戦会議中であり、俺はヒューバートから次々と部隊指揮官たちを紹介されたため、おおよその友軍構成が理解できた。


 それによると、最大勢力はもちろんヒューバート自身のレンウッド軍500と傘下の3領軍を合わせた800で、これだけで連合軍の1/3以上の数があり中核を為している。


 ちなみに傘下の3領はそれぞれヒューバートの実子が領主に収まっているのだが、いずれも年若い少年なので今回は出陣はしておらず、代わりに名代の騎士がそれぞれの部隊を指揮しているようだ。


 …まあ、その騎士というのがヒューバートに対して臣下の礼を隠さないので、名目はともかくこれらの領軍もヒューバートの手足だろう。


 それにしてもレンウッド軍は相変わらず一都市の領軍としてはかなりの大軍で、その大部分は厚手のキルティング鎧でいわゆるガンベゾン装備だが、質は悪くなさそうだな。


 さらに、10人に1人程度の割合で鎖帷子を纏った小隊長がいて、こりゃ周囲の軍勢よりも装備面でも一段上回る様子である。


 ふーむ、周旋の能力もさることながら、コイツはそもそもの領地経営に才があるんだろうな。


 シュタイオンと関係を構築するやすぐに交易船を多数寄越して来るし、軍勢の装備一つ取ってみても優勢な経済力の裏打ちを感じさせるぞ。


 やはりコイツは放っておいてもいずれ勢力を拡大させたような気もするが…。


 味方が有能な分にはいいだろ(思考停止)



 そしてヒューバートの子飼いの軍を除いて最大の勢力となるのは5人の近隣領主たちで、なんでも彼らは出自的にヒューバートの理念に同調する…まあ、要するに旧支配者の血統を持つ者たちのようだ。


 彼らは軍勢の多寡はあるが合わせて1000ほどの兵を揃えてきたので、この民族派諸侯とヒューバートの子飼いの軍を合わせた2000弱が連合軍の主力だろう。



 最後に雑多な諸侯軍である。


 彼らはまあ何と言ったらよいか、露骨にヒューバートによる利益誘導に釣られて寄せ集まった者たちで、見るからに手勢が少ない上に装備も優れていない。


 中には騎士本人とその供回りで15人ほどしかいない小勢もあって、よくもまあこんなのまで漏らさず周旋して回ったものである(呆れ)


 そんなのが10隊以上も集まって400〜500とそれなりの人数になってはいるが…おそらく敢闘に期待できるような士気の高さではないだろうな。


 彼らとは2〜3言しか言葉を交わしていないが、しかし力戦を誓う言葉からは例外なく虚偽の反応が俺の『虚偽感知』にビンビンと伝わってきたぞ。


 さしずめ、首尾よく勝てば人数に見合わない功をあれこれ主張する腹づもりで、逆に少しでも旗色が悪くなればあっという間に霧散して消え去る連中だろう。

 

 …まあ、そんなことはヒューバートだって百も承知だろうけどな。


 俺はここでもう一度、ヒューバートの眼を覗き込んで問う。



「…これほど多くの諸侯が志を一つにするとは、まさしく壮挙であるな(皮肉)」


「…まことに。正義の旗に参ずる諸侯の力を合わせますれば、陛下の望まれる平らかな世の実現に近づきましょう(腹芸)」


 

 …ふん。


 この役立たずのいっちょ噛み諸侯どもも、戦後の与党形成には必要な数であると言いたいわけか。


 まあコイツの算盤を信用してやろうじゃないか。

 利益で結びつく関係構築はお手の物だろうしな。


 だいたい、先の民族派諸侯だって、父祖の国を再興するだのと口では大義を語るが、「嘘ではないが本心でもない」くらいの反応を感じるぞ。


 さだめし、彼らも新体制における利益配分についてヒューバートと入念に話し合っていることだろう。


 もちろんそれでいいし、イデオロギーに燃えるよりも、よほど分かりやすい。


 …でも、あんまり直接やり取りすると胸焼けがするので、ヒューバートにはしっかり統制してもらうことにしよう。


 







「まずグリンデルの地に軍を進めグリンデル卿を降参させ…東の土地を割譲させてグレンシャー卿とミストベイル卿の領地に併合いたす。その後はストームリッジ卿を降して、その新田は全てラークミア卿、フェアホープ卿、オークモア卿で取り分け、さらにグリンデルウィックの地は…」



 …長い(怒)


 先ほどから続いている進発に先立っての軍議は、地図上で攻略目標の敵対諸侯を示すのはいいとしても、その領地を分捕った後の分配まで事細かにやるもんだから果てしなく長い。


 うーん、まだ最終目標のキングストンまでの行程が半分も決まっていないぞ。


 なんならいっちょ噛み諸侯どもが自分の領地の近くの話になる度に「この村も分捕れ」だの「ここの豪族も討ち取れ」だのと追加注文を捩じ込んできて、こりゃまったく終わりが見えん。


 いやまあ、俺だってヒューバートの政権運営のために多少の寄り道が必要な事くらいは分かるが…。



「すや〜…」


 見ろ、お前たちの話が長いもんだから、ミンがすっかり夢の彼方に旅立ってしまったじゃないか。


 振り返ると、俺の随員たちの中でもユリアンとバルカはさすがに図面に真剣そうな視線を投げているが、ミンはご覧の通り俺の肩に頭を載せて就眠している。


 救護要員として連れて来たヴェローニカは、さすが美しい姿勢を維持したまま…いやよく見るとコイツも寝てるな、器用なもんだ(感心)


 まあ、コイツの活躍の機会はもう少し先だろうから、今は体力を温存してもらって構わんぞ。


 なぜか妻を遠征に連れ出すことに夫であるアレクシスは喜色を浮かべていたし、アレクシスの休養も兼ねて存分に働いてもらうことにしよう。



「ではエバースロープの街も攻略して…」


「お待ちあれ、ヘイズグレン卿の悪逆は目に余り、かの者の領地を解放することこそ…」


「いやしばらく、ダスケンデル卿こそは稀代の狼藉者にして必ずや討伐すべき…」


「収穫前に田畑を踏み荒らしては勿体ないゆえ、いっそ夏を待ってから…」


 

 …そろそろキレようかな?


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