第45話 ディアーダ王国の橋

 半鐘の音を聞いて館を出た俺たちに、近衛軍を率いたユリアンが合流する。

 ちなみに、近衛軍のうち10名程は交代で俺の館に詰めており、残りの40名は館の近くに建てられた兵舎に起居している。


「陛下、物見の報告によりますとラウブ人の襲来にございます。数は100。」


「狙いはフレムド人居留区だな?」


「そのように推察されます」


 フレムド人とは、昨年の俺たちによる南部制覇行を受けてシュタイオンへ帰属するようになった元ラウブ人たちである。

 冬の間にも徐々に増えて、今や300人程の集団となっている。


 彼らはシュタイオンのある三角州の外に居留区を形成しており、独自に簡素な防柵を立てて郷里防衛を行っている。


 ちなみに「フレムド」とは、彼らが外来の出自を持つことを意味するらしく、ハッキリ言って差別的なのだがいつの間にか定着していた。

 この辺も時間の経過が解決してくれるといいのだが。


「出るぞ、俺に続け」


「ははっ! 陛下のご出陣である、近衛軍進発!」


「おおお!」


 フレムド人たちはシュタイオン市民ではないという位置づけだが、ディアーダ王国の国民である。

 当然、保護対象なのだ。


「ご主君、お待たせいたした」


「ご主人様、こっちこっち!」


 俺の眼前に、バルカが御する俺たちの馬車が現れた。

 屋根の上にはすでにミンが陣取っていて、俺を手招きしている。


 久しぶりの戦闘なもんだから、二人とも張り切っちゃってまあ。

 アレクシスも息を切らしながら駆け寄ってきているな。


 よし、行くか。




 シュタイオンを進発すると、川向こうのフレムド人居留区ではすでに戦闘が始まっているのが見えた。

 防柵を挟んで外部から射かけられる矢に対して、住民総出の投石で応戦している。


 こりゃ、俺が行かなくてもやられはしなかっただろうな。

 内外から飛ばす投擲物の量ではフレムド人側が勝っている。


 居留区の外に作られている彼らの畑は多少踏み荒らされただろうが、被害は軽微と言っていいだろう。


「蹴散らせ、投降するものは捕虜とせよ」


「御意!」


 俺たちが川を徒渉するのが見えたのか、早くもラウブ人たちは逃げ腰になっている。

 どうやら、シュタイオン本隊とやり合うつもりはないらしいな。


 まあそうか、背後に見える巨大な防壁が修復されて再稼働しているのが見えるだろうし、それに現在の近衛軍は装備がアップデートされてバリバリの重装歩兵だ。

 気軽に略奪目的で相手するには強大過ぎるだろう。


 気軽な略奪目的ってなんだよ(自問)

 ちょっと出稼ぎ、みたいな感覚で略奪が行われる周辺情勢を一刻も早く改変したい。




 轟音。


 M73から吐き出された44口径弾が、ラウブ人襲撃者のリーダーを捉えて打ち倒した。


 逃げ腰であったところにダメ押しの狙撃を受けて、ラウブ人ども脆くも潰走一歩手前といった状況に陥っている。

 俺の直衛に残る10名を除く近衛軍は、ユリアンの指揮下に一丸となって突撃を敢行している。


「押せぇ! 突き進めぇ!」


 ユリアンは今年も元気だなぁ(感心)

 昨年の傷が癒えた近衛軍は、装備のアップデートも相まって戦闘力が向上しているように見える。


 近衛軍の突撃はラウブ人どもの集団を易々と切り裂いて、ついに連中を潰走状態に突き落とした。

 やはり防具が充実して負傷の心配が減ると、戦闘集団のアクティブ性が高まるんだろうか。


 こりゃ、あとは掃討戦だな。


 ラウブ人たちの持っている武器類は質に期待できないだろうし、この戦闘による直接的な実入りは少ないだろうが、まあいい。

 近衛軍のレベリングになれば最低限の成果だろう。


 捕虜ができたら今年の開墾に動員したいし、戦闘の結果そのものが周囲のラウブ人に対する示威になるしな。


 などと俺が早くも戦闘後のことに思考を移していると、背後から悲鳴が聞こえてきた。


 振り返ると、フレムド人居留区の防柵内に立つ見張り櫓では矢を受けた者とそれを手当するもので喧噪が起こっている。


 …ああ、ありゃダメか。

 首筋に矢を受けていて、遠目にも彼の命が失われるであろうことを強く予期させる。


「…!」


 俺は自分の頬を両手で叩いて、気合を入れ直した。


「ご主人様、どうしたの!?」


 先ほどまで意気揚々とクロスボウから矢を放っていたミンが、俺の急な行動に驚いて目を丸くしている。

 ビックリさせてすまん。


「やるべきことを、やらなくては。とな」


「…うん、じゃあミンはそれに賛成」


 その返答をミンは理解しているのかどうかよく分からないが、俺の赤くなった頬をスリスリと両手で撫でながら賛意を示した。


 よし、これで勇気100倍だ。




「モーリッツ、フレムド人たちの防衛部隊を組織するぞ」


 館に帰還した俺の提案に、宰相のモーリッツは眉をひそめた。

 まあ、シュタイオンの首脳陣がフレムド人の武装化に消極的であることは知っている。


 彼らの中ではフレムド人はいまだに同胞ではなく、シュタイオンの周辺に武装化したフレムド人が居座ることに不安を感じているのだろう。


 その懸念もわからなくはないが、今日の戦闘でフレムド人には少数ながら死者も出ているのだ。

 これは俺が統治する新生ディアーダ王国における、最初の戦死者である。


 ディアーダ王国民の安全を保障することは、俺の責務の中でも最重要でありこれ以上は妥協できない。


 『タイラー朝ディアーダ王国の創始者、ソーマ・タイラーは自国民の保護に必ずしも熱心ではなかった』などと後世に語られては堪らんのだ。


「フリッツ、国防軍に準ずる組織を考えているが、どうか?」


「ははっ…、反乱の恐れを考慮しますと、国防軍よりも軽装備であるべきかと」


 フリッツもこりゃ内心反対だな。

 反乱の恐れもそうだが、おそらくは国防の任につくことを市民の名誉と考える風潮があるので、フレムド人にそれを分け与えたくないのだろう。


 彼は軍務大臣と国防軍司令官を兼務しているので、フレムド人の防衛部隊に対する予算配分や装備の支給、果ては実際の指揮命令まで担当することになる。


 そのフリッツが内心反対では、この事業は難航するかも知れないな。

 うーん、根深い問題だなぁ。


「フレムド人の部隊が発足しましたら、近衛軍や国防軍の訓練に参加させましょう!」


 反対にユリアンは積極的に賛成の様子だ。

 従兄のフリッツに比べて性格的にポジティブであることもあるが、ディアーダ王国の軍備が拡張することを基本的に歓迎している節がある。


 たぶん、ユリアンは予算や補給面に関してフリッツよりも責任が軽いことも影響しているだろう。

 大臣級ではなくて現場指揮官だからな。


 チラリと他の大臣たちの顔を見やると、何人かは反対でもなさそうな顔色をしている。

 具体的には、農務大臣フォルマー、林野大臣ベンヤミン、工務大臣ヴィルマーなどだ。


 彼ら産業方面の大臣たちは、実際上増え続けているフレムド人たちの人的リソースを内心評価しているのだろう。

 冬の間の防壁の修理やら、切り出した木材の運搬やらの人足にフレムド人たちが活躍していたからな。


 閣僚全体の慎重ムードを受けて賛成を声高には口にできないのだろうが、潜在的な賛同者としてカウントしておこう。


 しかし、こんな小さなコミュニティにおいても立場から来る齟齬が生まれるのは興味深いね。


 …いや面白がってる場合じゃねえんだわ。

 今回は妥協しないぞ。


 俺はなおも渋るモーリッツとフリッツに対して国王の強権を発し、フレムド人防衛部隊の設立、フレムド人居留区の防壁の強化、そしてフレムド人居留区からシュタイオンのある三角州への架橋を命じた。


 特に最後の架橋に関しては反対意見が噴出したが、どうせシュタイオンは立派な防壁で守られているんだ。

 現状では川を使った防衛戦なんて全く想定していないんだから、橋を架けたって安全保障には影響しないじゃないか。


 むしろシュタイオンからの速やかな救援が可能になるし、いざというときにフレムド人をシュタイオン防壁内に避難させる上でも有効だろう。


 そして、まあこれは俺のロマンチシズムなんだが、将来的には二つの集団を結ぶ文字通りの架け橋になってくれることを期待したいのだ。


 うーん、それにしてもフレムド人居留区の防壁やら橋の建設やらで、こりゃ今年も石材と石炭の消費量が増大しそうだな。

 余裕があるときに調達行を検討しよう。


 …急に余裕がなくなったりするフラグじゃないからな!



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