第46話 外交官

「陛下、移民団の先触れが参りました」


 館の居間でミンとおやきを頬張っていると、宰相のモーリッツがやってきてそう報告した。

 俺の命令を予想してか、傍らにはすでにユリアンを伴っている。


「来たか。ユリアン。迎えに出るぞ」


「ははっ!」


 俺はユリアンに近衛軍を率いさせ、シュタイオンを進発した。

 シュタイア人の移民団はギュンターが付けた護衛の兵に守られているはずだが、ランダーバーグ王国の領域を出た後の護衛は俺たちで引き継ぐのだ。


 シュタイア人の移民事業は、新生ディアーダ王国にとって国力向上の柱となる政策だ。

 まだまだ安全とは言い難いラウブ人の領域を、移民団をしっかりと護送して通過させなくてはならない。





 3日かけてラウブ人の領域を超えた俺たちは、シュタイア人移民団と合流することが出来た。

 パッと見は300人くらいの集団だが、その内訳は半分がギュンターのつけた兵150で、もう半分がシュタイア人である。

 

 150人のシュタイア人たちは、ランダーバーグ王国の王都で伝承官を務めるヨーナスが集め選んだ人々で、俺の要望通り各種職人と職業軍人を中心としている。


 職人が100人、職業軍人が50人だな。

 これでシュタイオンの工業をさらに発展させる人的リソースと、近衛軍を倍増させる軍事力が手に入ったぞ。


 ランダーバーグ王国の王都を出発する前にヨーナスと相談した際には、職業軍人をまとまった数で追加するのは時間がかかると聞いていた。

 まあ、彼らが現在仕えている王国やら諸侯やらとの折衝が必要だからな。


 それが翌春の第一弾でいきなり50人も送って来るとは、予想外のヨーナスの働きに感謝しなくては。

 こりゃあ今年も忙しくなるぞ。


 …あれ、俺ってこんなに軍事脳だったか?


 あくまでもディアーダ王の責務としての行動なのでセーフ!

 軌道に乗るまでの一時的な措置なのでセーフったらセーフ!


「ディアーダ王国の方々ですな。私はカスパー・ハインリヒと申します。ぜひ、私をシュタイオンにお連れ下さい」


 セルフ突っ込みに忙しいところに声をかけられ、俺は振り返る。

 ランダーバーグ王国の軍勢から進み出てきた身なりのいい壮年男は、俺を近衛軍の指揮官と判断したようだな。


「ソーマ・タイラーだ。遠路の任、ありがたく思う」


「…これは失礼を。ディアーダ王自らのご来臨とは、光栄の至りにございます」


 カスパーは40台後半といった年頃で、撫でつけられた髪と短く刈り揃えた口髭を持つ品の良い宮廷人という印象だ。

 軍勢の指揮官とは別に、ギュンターが外交官を寄こしたのだろうか。


「ハインリヒ卿にはぜひ、シュタイオンにて歓迎をさせていただこう」


 俺たちはギュンターの軍勢を指揮する関内候に礼品として真鍮器を多数引き渡し、シュタイア人移民団を率いて帰途についた。





 カスパーは自身の護衛を務める兵を10人程連れてシュタイオンにやって来た。


 迎賓館的な施設はまだ用意していなかったので、俺は館に迎えるつもりでいたのだがこれには反対意見が続出して対応を変更した。


 まあ、少数とは言え他国の兵士が王の居館に常駐するのは問題があるか。


 そこで新たに建設していた兵舎の一棟を仮設の迎賓館とし、ランダーバーグ王国外交官一行はそこに滞在することとなった。


「臣がハインリヒ卿の目的を慎重に見極めますゆえ、陛下は決して言質を取られませぬよう」


「分かっている」


 宰相のモーリッツが念押しして来るが、まあギュンターの魂胆はおおよそ分かっている。

 俺は今やディアーダ王国の利益を第一に考える身だからな、友誼のある相手とは言え安請け合いをするつもりはない。


 やがて館の使用人に案内され、応接間にカスパーが姿を現す。

 カスパーは慇懃な時候の挨拶と所作を見せながら、俺の勧めに応じて向かいの席に着いた。


 うーん、モーリッツの言じゃないが気を付けてかからんと、専門の外交官相手にしてやられるかも知れんな。

 まあ、俺が直答するのは最小限にして、モーリッツにやりとりの大部分を任せよう。


 こちらが身構えたのを見透かしたか、貴族的な持って回った麗句をひとしきり述べた後に、カスパーは交易の特別便提案という平和的な内容から話を進めてきた。


 これは願ってもない話だ。

 俺はラウブ人による自由交易を政策として進めているところだが、それとは別に大口の取引を持つことはシュタイオンの安定した発展に寄与するに違いない。


 ランダーバーグ王国側が隊商の人的リソースを負担してくれるなら、こちらにはなんの不満もない。


 取引品目や交易量は後で詰めるとして…、取引先をデルリーン領に限定してくることには、ある種の意図を感じるな。


 トビアスはすっかり北部地域におけるギュンター・コンラート体制与党の領袖というわけか。

 そのトビアスとシュタイオンの結びつきを集中強化する意図とは、ああもう面倒くさいな。


「ハインリヒ卿。我らは北辺の鄙者ゆえ、単刀直入を好む。ギュンターが我に望むことを、ハッキリと言ってもらいたい」


 モーリッツの慌てる様子と共に、カスパーのキラリと光る眼が見えた気がした。

 いいから早く言えや、まだるっこしいのは嫌いなんだよ(脳筋)


「…デルリーン卿は、王国の安寧に功績を立てつつある英傑にございます」


「そのトビアスの、敵がいるということであろう?」


 要するにカスパーが引き出したいのはシュタイオンの軍事力、いやもっと言えば俺の決戦能力だろう。


 考えてみると、難しいとされていたはずの職業軍人たちの増援も、きっとギュンターの周旋に違いない。

 

「それでは、ディアーダ王の御心に沿うよう、直入に申し上げます。ランダーバーグ王国北部の安寧を乱す首魁、前将軍のトラウト卿に対するに、是非ともディアーダ王国のお力添えをいただきたく」


 ここまでは分かっていたことだ。

 ギュンターたちが俺と共にランダーバーグ王国の王都に入った時、反対派閥の領袖を二人とも取り逃している。


 その後の決戦で彼らの軍勢を打ち破ったが、首級を挙げていないことから敵対が続いていることは予測できる。


「シュタイオンとデルリーン領の商路を強化することは、やぶさかではない。しかし、我はディアーダ王国の安寧をこそ、優先せねばならない。他国に軍勢を送ることは、よくよく慎重に考えねばならないことである」


 よし、言ってやったぞ。

 ギュンターには悪いが、それぞれの国のことは基本的にそれぞれでやってもらおう。


「ディアーダ王の仰せは、ごもっともでございます。しかし、我らは予期せぬ動乱に面しておりますれば、なにとぞお力添えをいただきたく」


 やけに喰い下がるじゃないか。

 なにか追加の条件でもあるのかね?


「…先ごろには、北部教都が壊滅する事態があり」


 むぐっ!


 そ、そんなの事故だもんね。

 だいたい、別にそれがお前らの苦境に直結はしないだろ!


「…しかもなぜか、北部域全体の隷属環が一斉に解除されるという混乱が」


 むぐぐっ!

 まさか、あの時の『隷属の神器』による『大恩赦』でそんなことが…!?


 カスパーは俺の傍らに座るミンや、背後に立つバルカの首元をしげしげと眺めている。

 あ、こら。二人とも首を撫でるんじゃない、 素知らぬ顔をするんだ!

 

「…混乱する教会領をいち早く抑えたトラウト卿は威勢を強め、離反した北部諸侯を再び糾合しつつあります」


 おのれ、ちくちく言葉を連発しやがって!

 まるで俺にも責任の一端があるかのような詭弁はやめろ!


「…さらに教会領から、神器なる秘宝が数多くトラウト卿に渡ったとか」


 はい、出ました。

 斎藤さんのやらかしが後世に祟るパターン入ります!


 今回は責任割合を検討する必要は無いな。

 斎藤さんの単独首位で決まりだ。


「…聞けば、神器なるは元々ディアーダ王国の秘宝であるとか。元の持ち主の手に収まるのが、あるべき姿かと」


 めっちゃ筋論を言うじゃん。

 ギュンターと俺対策を相当に練ってきやがったな。


 はー、仕方ない。


「よかろう。ディアーダ王国の利益を守る前提において、デルリーン卿と連携しよう」


 にこやかな笑みを浮かべるカスパーと対照的に、モーリッツの視線が痛い。

 いや、忠告を守れなくて悪かったけどさ、どのみちランダーバーグ王国北部地域が反ギュンター・コンラート陣営に占拠されては不味いのは確かなんだ。


 そんな状況じゃ、シュタイア人の移民政策も何もあったもんじゃないからね。

 よーし、さっそく強化した近衛軍の出番だぞ(やけくそ)


「小職の責務を果たせまして、安堵しております。なお、両国の連絡のためにも、私は大使の任にあたるよう、仰せつかっております」


 え、居座るつもりなのこの人…?

 まあそうか、軍事的にも連携するとなると恒常的な連絡窓口が必要になるよね。


 くそー、何から何までギュンターの思惑通りで腹が立つな。

 こりゃあの兵舎は、臨時迎賓館あらため臨時大使館にしないとか。



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