第18話 エリート世紀末空間

「この川を越えたら、ドスタル領だな」


 クーニッツの街を出発して4日、西進を続けた俺たちはドスタル領との領境の川にたどりついた。


 街道と川が接する地点を見ると、川幅は広くなっているがその分水位が低くなっている。

 なんとか歩いて渉れそうな浅瀬だ。


 そう、この世界では川に橋などという気の利いたものは架かっていないのである。


 いや、そんなんだから経済が発展しないんだろ。

 おそらく軍事優先というか、防衛目的なんだろうけども。


「クーニッツ卿の話では、ドスタル領は騒乱の地ということでしたな」


 バルカの言葉の通り、事前情報によるとドスタル領は全然平穏ではない様子なのだ。


 このデフォで世紀末空間の世界基準においてすら、騒乱の地と呼ばれるドスタル領。

 言うなればエリート世紀末空間である(絶望)


 ではなぜそんな所を通るかと言うと、ドスタル領を越えた先にあるアイヒホルン領に用がある。

 アイヒホルン領主に対して、エトヴィンから紹介状を貰っているのだ。

 

 もちろん王都の伝承官に対する紹介状はすでにある。

 しかし、伝承官の役宅がある王都の中心部は、俺達のような風来坊が気軽に立ち入れる場所ではないらしいのだ。


 そこで王都に屋敷を持つアイヒホルン領主に、王都での案内人を出してもらおうという算段である。

 ちなみにアイヒホルン領主もエトヴィンの縁戚らしい。


 まあその縁戚と血みどろの抗争をしているのを見たばかりなのだが。

 イマイチ信用できないが、他にあてがないので仕方ない。


「ともかく行ってみるか。ダメだと確定してる分、諦めもつくしな」


「ご主人様、深いところは無いみたい」


 川の水深を調べていたミンが戻ってきた。

 俺たちは馬車を『収納』して、馬の轡をとって徒歩で川を渡る。


 さて、ドスタル領である。

 前情報によるとこの地は王国にいくつかある教会領の一つで、司祭が領主みたいな領地らしい。


 しかし、地元のフォルマー家という豪族が力をつけて教会領を押領するようになり、教会は王に豪族の排除を嘆願した。


 そこで王から委任されてシュタルク卿という軍事貴族が派遣されたのだが、このシュタルク卿もドスタル領内に居座って教会領を押領しているらしい。


 うーん、ひどい(2領ぶり4領目)

 強盗が家に入ったので警察に通報したら、駆けつけた警察官も盗みを働いているような話である。

 しかも恐ろしいことに、これはよくある話らしい(ドン引き)


 どうなってんだよこの世界。


 なお、クーニッツ領はひどい判定から一応外しておいた。

 エトヴィンは防衛に奮闘しているだけとも言えるしな。

 まあ結局、物騒なので住みたいとは思えんが。


 というわけで三つ巴の騒乱の地であるドスタル領だが、早くもそのポテンシャルを証明してくれる。

 粗野な毛皮を身に着けた武装集団がこちらに向かってくるのだ。


 うーん、噂にたがわぬエリート世紀末空間。

 数は10人くらいか、即射殺でもいいんだが、一応警告するか。


「寄るな、それ以上近寄れば敵対と見なす!」


「ガハハ、敵対とみなすだとよ!」


「その通りだよ!女以外は殺してやるぜ!」


 相変わらず、分かりやすいことで助かるよ。


 轟音。


 M73が火を噴いて、集団の先頭にいた男の胸板を44口径弾が突き破った。


 突然の雷鳴と、前のめりに崩れ落ちる男を見て他の男たちはポカンと呆けている。


「ぎゃっ!」


 お、ミンのクロスボウも決まったな。

 男が一人、太ももを射抜かれて転がっている。


 俺はM73のレバーを素早く操作しながら、次々と男たちを屠っていく。

 やっぱり軟目標を掃討するにはM73が最適だな。


 本来の用語の使い方とは違うが、大型の魔獣または金属鎧を着た人間は硬目標、それ以外を軟目標と俺は呼んでいる。

 それぞれSF1873、M73、そして至近距離はSAAと使い分けるわけだ。


「あ、ひっ、魔法使いなんて、冗談じゃねえぞ」


「逃げろ!逃げろ!」


 とか言ってる間に連中は恐慌状態だ。

 別々の方向に逃げ出すのがやっかいだな。


「バルカ、右に逃げるやつは任せた」


「承知」


 バルカは馬車から飛び降りると、右側に逃走し始めた男たちを風のような速さで追う。

 俺は左だ、あと3人か。


 M73を保持する左手一本で狙いを済ませ、レバーを戻した右手で引鉄を絞る。


 中距離なら2秒強に1発で十分狙い撃てるな、素の射撃技量も上がってきたかもしれん。

 

 …いや、こんなことに習熟しようとは思っていないんだけどね。

 西部開拓時代のガンマンでも、こんなに頻繁に人間を撃たないだろうというペースで撃つもんだから、必然的にね。


 結局、10人ほどの武装集団を殲滅するのに、1分もかからなかった。


 俺とバルカがやったのは生き残りがいないが、ミンが太ももを撃ち抜いた男は生きているので尋問可能だな。


「さて、貴様らはどの陣営の兵だ?」


「ひっ、ひあ、フォルマー家の、あぱっ」


 聞きたいことは聞けたのでとどめを刺す。

 44口径弾で脳幹を撃ち抜いたので、苦しみは少なかっただろう。


 殺さずともすでに無力化していたが、俺たちの位置や戦力などの情報をこの地の勢力に渡したくないのだ。

 そのため、こいつを生かすという選択肢は俺にはない。


 見ず知らずの常習強盗殺人犯に情けをかけて俺たちの身を危険に晒すということは、俺ルールにおいてはひどくバランスが悪い行為なのだ。

 

 誰に承認されようとも思わないが、苦しみを早く終わらせてやることで俺の中では一応バランスはとれている。

 まあ、人殺しの自分ルールを捏ねたところで…


「ご主人様、今日もすごい!」


 ミンのムフーを浴びて、俺のプチアンニュイな内省の時間は強制シャットダウンされた。


 そう言えばミンには承認されっぱなしだわ。

 それでいいか。




「さて、フォルマー家の兵でしたな」


「エトヴィンの話では、まずは教会の勢力範囲に出るはずだったんだがな」


 別勢力の集団が闊歩しているということは、やはり活発な戦闘状態にあるんだろうな。

 まあこの領の情勢に興味はない、真っすぐ西進して領を横断して抜けよう。


「戦利品!」


「ああ、ばっちいからそんなの触るな、ミン」


 ミンが男たちの死体から武器や腰袋を漁ろうとしているが、そんなことをしなくても『遠隔収納』を覚えた俺は触れずに回収することができる。


 物品をひとつひとつ認識して念じるので、ちょっと時間はかかるけども。


 それよりもミンである。

 最初に出会ったときは煤けて肌の色も分からない様相だったが、今や完全にクラスで一番かわいい子なのだ。


 きっと休み時間になったら、隣のクラスから男子がミンを無駄に見に来ることだろう。

 勉強ができて真面目で将来性のある男子じゃないと、俺はお付き合いを認めないけどな!


 そんな娘が死体漁りとかさ、ギャップが可愛いよねとかそういうフォローも効かない絵面だよ。


 仕事を取り上げられたミンは若干不満げだが、先ほどのクロスボウの腕を褒めて頭をワシャワシャするとすぐに鼻孔が拡がった。





「よーし、じゃあ配置につけ、出発するぞ」


 俺が御者台、ミンが屋根に登ってバルカは車内のローテ番につく。


「ご主人様、3時の方向、数20!」


 俺が曳き馬の手綱を取るや否や、ミンから報告が入る。


 もう来たのか、入れ喰いじゃないか。

 いやいかん、獲物前提で考えるミンの癖がうつってしまったぞ。


「ふむ、今度は先ほどよりも数は多いですが、装備は劣りますな」


 さっそく車内から出てきたバルカに言われて見る。


 確かにボロボロの短衣に槍を持っただけの、農民兵といった風情の集団だ。

 これは三つ巴のどの勢力だろうか?


「そなたら、フォルマーの一党であるな!」


 集団の中から、一人だけ小奇麗なローブをまとった男が声を上げる。


 指揮官かな?

 たぶん連中は教会の兵で、勢力圏内に侵入したフォルマー家の兵を追ってるんだろう。


「いいや、我らは旅の者だ。この地のいずれの勢力とも関係はない」


「怪しげな奴、捕らえて詮議してくれる!奴隷ども、囲め!」


 命令を受けて農民兵たちがパラパラと広がり、馬車を半包囲しようとする。

 戦意はあまり高く無さそうだな。


 というか、奴隷、ね。

 確かに農民兵たち全員の首に隷属環が見える。

 ふーむ、こりゃちょっと考えるか。


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