第17話 異世界花火、真横から見る

 夜の暗闇の中、俺たち3人は石積みの防壁に張り付いている。


 今回の作戦は俺たち以外には見せたくないので、護衛をつけようとするエトヴィンに断りを入れた。

 3人だけでの潜伏ミッションというわけだ。


 途中で遭遇した斥候はバルカが一刀の元に斬り伏せる。

 俺の銃を使うと隠密の意味がまるでないからな、今回はミンとバルカ頼りだ。


(見張りはいないよ、ご主人様)


(よし、設置開始するぞ)


 防壁内の敵兵に気づかれないように、俺たちは小声で状況を確認した。


 俺は『収納』から樽を取り出して防壁にピッタリと寄せて設置する。

 これはエトヴィンに用意させた空っぽの樽だ。


 そして次に取り出すのは、『収納』に仕舞った大量の弾薬。


 実は俺の『銃召喚』で呼び出した銃や弾薬は、問題なく『収納』することができる。


 ではなぜ普段、SAAやM73、SF1873といった銃を出しっぱなしにしているかと言うと、それは『収納』の取り出し仕様のせいだ。


 俺の『収納』から物品を取り出すときには、脳内にすべての内容物がズラッと出てきてしまう。

 そのため、とっさに特定の物品を取り出そうとすると「アレでもない!コレでもない!」という映画版のネコ型ロボット現象が起きてしまうのである。


 なので、とっさの時にはリアルに手を伸ばして掴んだ方が早いわけだ。


 それはさておき弾薬を出そう。

 ただし、これも弾薬そのものを取り出すわけじゃない。


(『収納』中のおよそ1000発の.45-70弾の、さらにその中身の黒色火薬を取り出す)


 そう意識すると、空っぽだった樽をドサドサと大量の黒色火薬が埋めた。

 以前から馬車とその中身を別々に取り出していたが、これはその応用というわけである。


 さらに油を染み込ませた縄を取り出すと、片方の端を樽の中に突っ込みナイフで縫い留める。

 あとは適当に石を詰め込んで蓋をして完成。


 名付けて、お手軽攻城爆雷くんである。


 縄をスルスルと伸ばしながら俺たちは防壁から離れていく。


 これどのくらい離れたら安全なのか分かんねえな。

 300mは離れたいので、縄を継ぎ足しながら行こう。


「よし、このくらいでいいだろう」


「ご主君、盾をこちらに」


「バルカ、頼むぞ」


「お任せあれ」


 これもエトヴィンに用意させた大盾、というか地面に立てて使うような矢楯を取り出して、バルカがそれを支える。


 黒色火薬の爆破に備えた耐衝撃態勢である。

 これで防げればいいんだけど。

 正直ちょっと不安だわ。


「じゃあいくぞ、二人とも爆発時には耳を塞いで口を開けておくんだ」


「ふぁい、ごひゅじんふぁま」


「ミン、まだ大丈夫だぞ。火があの樽に伸びたらだ」


 ダメだ、ミンはもう耳を塞いでるから聞こえてないな。

 早いとこやろう。


 俺は『収納』から火のついた木片を取り出し、油の染み込んだ縄に火をかけ、その行方を見守る。


 暗闇に浮かぶ炎がスルスルと縄を伝わっていく。

 防壁に達する直前に、俺も耳を塞いで口を大きく開ける。


 大轟雷音。


 打ち上げ花火を思い出させるオレンジ色の閃光が夜の闇を切り裂き、一瞬遅れて凄まじい爆発音が轟く。


 腹がビリビリと痺れるような衝撃が俺たちを包むが、バルカの楯に隠れているおかげでなんとか立っていられる。

 いや、ミンはひっくり返ってるな。


「発破成功だな」


「ご主人様、耳が、耳が」


「いやはや、またなんとも恐るべき…」


「おわっ!」


 すぐそばに焼石が落ちてきたぞ。

 最後に樽に詰め込んだ石か、もっと離れないと危ないなこれは。


 てか、打撃力を増してやろうと欲をかいて石を入れたのが余計だったな。


 防壁は…、しっかり崩れている。

 崩れてるというか、壁が消滅したかのようにぽっかりと穴が開いてるぞ。

 なんならその奥の櫓も衝撃で倒壊しているな。


 壊しすぎたかな?

 うーん、黒色火薬くんの量が過剰だったかも知れない。

 今の俺の魔力でイケるだけの.45-70弾を出してみたからな。


「今だ!者ども、かかれぇ!」


 エトヴィンの号令が聞こえると、防壁の穴めがけてクーニッツ兵が殺到していく。

 砦の中は大混乱だろうし、守り切れまい。


 よし、俺たちの仕事は終わり。





「貴殿の働きのおかげで、一晩にして砦を落とすことができた」


 一夜明けて、陥落させた砦内の一室で俺たちはエトヴィンと向かい合っている。


 大混乱に陥った敵兵は、大部分が討ち取られるか捕虜となった。

 現在はクーニッツ兵たちが急ピッチで防壁を修復している最中である。


「そういう契約だったからな、伝承官への渡りをつけてくれれば、それでいい」


「それは無論、約束通りにいたすが、それにしても恐ろしきは貴殿の魔法の力よ。あれを見せられては、…つい私も覇道への欲が湧きそうになる」


「お、御館様!」


「案ずるな、分かっておる。しかしこの夢想を許せ。武門に生まれた身なれば、止まぬのよ…」


「おお、おいたわしや、御館様…。ソーマ殿が見せる血の夢が、御館様を惑わせておられる」


「許せ、許せ…」


 いったい俺は何を見せられているんだ?

 なぜおっさんと爺さんの愁嘆場を見せられなきゃならんのだ。


 つか、失礼なことを言うな。

 ひとを騒乱発生マシーンみたいに言いやがって(無自覚)





 その後、砦の応急補修を終えたエトヴィンは守備隊を配置し、クーニッツの街へと撤退した。

 それについて行った俺たちは、エトヴィンの居館で伝承官への紹介状を受け取ることができた。


 エトヴィンは追加の報酬としてレングナー領への私掠許可を言い出したが、まあ冗談じゃない。

 戦費やら砦の補修費やらで金銭報酬を出しにくいようだが、それでも傭兵だか野盗だかわからん連中と俺たちを一緒にしてもらっては困る。


 こっちは嬉々として略奪を行うような世紀末倫理観をしてないんだよ。


 うーん、しかしこれは改めて考えさせられるな。


 エトヴィンは話してみると悪い人物ではないし、自領の民を護ろうとする意志を持っている。

 これまでに見てきた領主たちの中では最良の部類と言える。


 しかし、それでもこの世紀末倫理観なのである。

 この世界では最良の部類の統治者でも、敵対する領の村は略奪して当たり前なのだ。


 まさか本当に、平穏な地を望むなら自分で攻め取って治めるしかないのか…?

 いやいや、まさかね。


 どこかにあるんでしょ?ハートフルスローライフの地。

 あるよね…?





 現在、俺たちは出発の準備のためにクーニッツの領都に滞在している。


 ずっと商人の服で通してきたが、度重なる山歩きや戦闘のせいでほつれに限界が来ているのでまず服を仕入れた。

 バルカもずっと同じ服を着たままだったので、この際たくさん着替えを購入した。


 日差し対策に全員分の帽子も手に入れたし、今後のためにミンの容姿対策でフード付きローブを購入した。


 あと、ミンのクロスボウのボルトもそろそろ在庫切れだったので、エトヴィンに頼んで100本ほど補充することができた。


 さらに今回のお手軽攻城爆雷くんに味をしめたので、空っぽの樽も複数買い求めた。

 まあ、爆雷に使わなくても樽は使いでがあるからな。無駄にはなるまい


 この世界は基本的に小売り店舗の在庫とかはないので、帽子を頼めば帽子を作り始めるし、樽を頼めば樽を作り始める。


 なのでこれらの物資が揃うまで10日ほど滞在することになったが、その間にもレングナー領とは一度小競り合いがあったようだ。


 まあこれ以上は知らん。

 俺たちのせいでヒルジャイアントが闖入してきてしまったが、それ以前の状態に復帰させたので責任はもう無いのだ。


 準備万端となった俺たちは、馬車に乗りクーニッツの街を発つ。

 すっかり夏の気配となった街道を征きながら、次なるドスタル領を目指すのだ。


 さて、ドスタル領は平穏な地であろうか?

 …まあ、全然そうじゃないことは、すでにエトヴィンから情報を聞いてしまっているが(暗澹)


 なんにせよ王都の伝承官に会うという旅の目的も出来たことだし、王都への途上にある領はダメそうならさっさと通過しよう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る