第16話 宝石の腕輪

「貴殿の活躍はクーニッツ領にも聞こえている。レーム家のユルゲンを討ち、ヘルマン家の精鋭を破ったとか」


 こりゃイカン。

 ミクリング族とヒルジャイアント討伐をしている間に、クーニッツ領まで俺の情報が伝わってしまっているらしい。


「助力の礼をしたい。当家の有する魔法触媒を譲らせてもらおう」


 むむ、嘘設定のせいでまた断りづらくなってしまった。

 この設定も良し悪しだな、こりゃ。


 街がヒルジャイアントに襲われたのも、俺たちが谷から追い出したせいなのだがそれは言いにくいしな。

 仕方ない、またガラクタコレクションを増やしておくか。




 エトヴィンに連れられて門を潜ると、遠巻きの兵士たちが俺たちに好奇の目線を向けてくる。

 まあ敵意はまったく感じないからいいのだが、武装集団に取り囲まれるのはどうにも居心地が悪い。


「あんな武勇伝は嘘だと思ってたけど、さっきの魔法を見せられるとな…」


「あれが雷鳴の魔術師…」


 くそっ、やっぱり救援なんてせずに無視するんだった。

 俺の恥ずかしい二つ名が広まる前に、早いところこの領も脱出しなければ。



 どうやらここはクーニッツの領都にあたる街らしく、俺たちはエトヴィンの居館に通された。

 てっきり領主は城に住んでいるとばかり思いこんでいたが、漆喰塗り2階建ての立派な屋敷とはいえ普通に木造だった。


「まずはこちらをお収めください」


 壁外からずっとエトヴィンと一緒にいる男が革袋を渡してきた。

 兜の下から現れた頭髪は真っ白で、老年と言える年齢だろう。

 どうやら領主の側近らしい。

 

 渡された革袋を開くと、多くの銀貨が入っているのが見えた。

 30~40枚くらいあるかな?

 そういえば俺、この世界の銀貨使ったことがないから価値が全然わかんねえ。


「こちらが当家の所有する魔法触媒でございます」


 使用人らしき男女が、盆に載せたよく分からん品々を持ってくる。


「全てとはいかぬが、興味を持ったものがあれば是非とられよ」


 エトヴィンは俺にそう進めてくるが、

 うーん、乾燥した植物やら石ころっぽい鉱物やら、一部宝飾品もあるな。

 相変わらず俺にはさっぱり価値が分からん。


 ミンとバルカは俺が座っている椅子の後ろに立って声を発しないし、相談する雰囲気じゃないな。

 俺は普段意識していないが、二人は俺の奴隷という対外的な関係性になっている。

 魔法使いが魔法触媒のことを奴隷に聞くのもおかしいしなぁ。


 この世界の本物の魔法使いなら、きっとこれらの価値が分かったり…んん!?

 俺の視線はその中のひとつの物品にくぎ付けになった。


「ふむ、その宝石の腕輪がよいか。爺、これは如何なる由来の物であったか?」


「そちらは先々代様が王城にて、年賀の献上を行った際に下賜された品にございます」


「そうであったか。ソーマ殿、遠慮は無用である」


 宝石の腕輪…、まあそう見えるか。

 特に高級品というわけでもないが、文字盤のカバーは硬質ガラスだからな。

 この世界ではこんな透明なガラスどころか、ガラス自体をまだ見たことがない。


 まあつまり、これは腕時計なわけだが。

 しかも俺の知っている日本のメーカーのロゴが入っている。


「王家は…、どのようにしてこの品を?」


「それは当家には伝わっておりませぬ。王都の伝承官ならばあるいは、来歴を知っているやも知れませぬが」


 こりゃ、俄然興味が湧いてきたぞ。

 俺以外にもこの世界に来ている地球人、いや日本人がいるんだな。


 いや待てよ、先々代の領主とか言っていたか。

 かなり前の年代のことのようだが…。


 確かにこの腕時計は針の動きが止まっているし、金属部分はくすんで鈍い色味になっている。

 まるで数十年は時間が経過してかのいるような。


 どういうことだ?

 このメーカーは俺が日本にいたときと同時代のものだと思うが。


「さて、礼をしたところで、ソーマ殿には聞きたいことがある」


 む、お礼を受け取ってサヨナラしようと思っていたが、まだ何かあるのか?

 腕時計を見て考え込んでいる間に辞去するタイミングを逸してしまった。


「貴殿は、王家の隠密ではないのだな?」


「違う、王家とは何の関係もない」


「ふむ、であろうな。隠密がそのように派手に武勇を示すとも思えぬ」


 おい、ほんわかレス推奨だぞ。

 俺がトラブルメーカーみたいな風評被害はやめろ。


「であれば、貴殿の本当の目的はなんだ?魔法触媒にもさしたる興味はないのであろう?」


 ありゃ、見抜かれてら。

 もうちょっと心を込めてガラクタを選ぶべきだったか。

 嘘が通じないなら正直にいくしかないか。


「俺の目的は、平穏な地だ」


「地に平穏を…!」


 このくだり前もあったな。

 なんかプルプルしてるけどそれも既出だぞ、既出。


「叶うならば貴殿を麾下にと思ったが、それをすれば私は覇道を歩むこととなるのか。いや、あれ程の武勇を思えばさもありなん…」


「御館様、なりませぬぞ!」


「分かっておる。私は父祖伝来の地を守ることこそ本懐よ」


「ご立派でございます、御館様。ご立派になられて…」


 なんか主従で勝手に盛り上がってるけどさ、俺もう行っていいかな?

 てか別に頼まれたって戦争の手伝いなんかしないぞ。


「麾下にとは望まん。しかし今一度、助けてもらえまいか。」


「いや、俺は…」


「実はヒルジャイアントどもの襲撃の隙を突かれ、レングナー領との境を守る砦が失陥してしまったのだ」


 うっ、それは俺のせいなのか?

 まあそうか、ヒルジャイアントをこの領に追いやったのは俺だもんなぁ。


「北の砦を抑えられたままでは、付近の村は防備が及ばぬ。これでは村々が戦火に晒されてしまうであろう」


 むむむ、俺のせいで村が被害に遭うのは罪悪感があるな。

 こいつまさか、俺がヒルジャイアントを谷から駆逐したのを知ってるんじゃないだろうな?

 断りづらいように誘導しやがって。

 

「私はこの地を護る責務を負うのだ。報酬はいかでも用意するゆえ、どうか助力を願えぬであろうか?」


 はぁー(溜息)

 仕方ない、ヒルジャイアントどもが来る前の原状回復までは手伝ってやるか。


「よかろう、報酬はこの腕輪の来歴だ。王都の伝承官とやらに渡りをつけてもらおう」


「おお!やってくれるか、かたじけない」





 その後、エトヴィンから色々話を聞くと、レングナー領の領主はエトヴィンの従叔父にあたる人物で、クーニッツ領の継承権を主張してたびたび攻め込んでくるらしい。

 お前ら血縁者ならもっと仲良くしろよ。


「それで、砦はどのように攻略するつもりだ?」


「どう、とは。もちろん軍勢をもって取り囲み、救援が来ればこれを打ち破るのだ」


 兵糧攻めとかそういう感じか?

 うーん、時間かかりそう。正直面倒だな…。


 もっと早く出来る気がするな。

 たぶん、あれをこうして。


 出来るな、感覚で分かる。

 問題はそれをやっていいかどうかだが。


「ひとつ聞きたい」


「うむ、なんなりと聞いてくれ」


「村々を侵攻から守るには、一刻も早く砦の敵を無力化する必要がある。そうだな?」


「うむ、その通りだ。放っておいては、いつ村々に略奪が行われるか分からぬ」


 じゃあ、いいか。


「ではその砦、破壊してしまって構わんか?」


 絶句するエトヴィンと側近の爺さん。

 そして背後からミンのムフーが聞こえてきた。


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