第19話 教会

「バルカ、殺さずに無力化できるか?なるべく怪我もさせるな」


「承知仕った」


 農民兵との間合いを一瞬で詰めたバルカは、槍を掴んで動きを制するとクルリと体を入れ替えて農民兵を地に転がした。


 すかさず俺が農民兵の隷属環に触れると、閃光を発して上書き完了。


「大丈夫か?隷属環は止めたから、もう命令に従わなくていいぞ」


「はっ?えっ?」


「残りの連中もだ、少しの間我慢すれば止めてやる」


 呆けている農民兵の手を取って立たせてやる。

 周囲の農民兵も互いに顔を見合わせてぽかーんとしている。


「たわけ!教会の秘術が破られるわけがなかろうが、そやつを取り押さえろ!」


 俺に手を取られた男は、俺を見て、上等なローブの男を見て、もう一度俺を見て何かに気づいた様子だ。


「ほ、本当だべ、首が絞まらねえ!」


「なんだと!?」


 ローブの男は驚愕している。

 隷属環が働かないことを目撃した農民兵たちは、一気に戦意を失って槍の穂先を地面に下げてしまった。


 少し苦しそうにしているが、消極的反抗では強烈な締め付けは無いみたいだ。


「お、おのれ、邪法を使いおるか!?成敗して、ごぶっ」


「強欲坊主め!」


 剣を抜いて襲い掛かってきたローブの男を、解放された農民兵が槍で突いた。


 あ、こら。まだ殺すな。

 みんなの隷属環が絞まっちゃうじゃないか。


 腹を刺されたローブの男がのたうち回っている間に、俺は農民兵たちの隷属環を上書きして回る。


 全員を解放してもローブの男はまだ生きていた。

 まあでも、それが良かったのかどうか。


「き、貴様ら…ヤメ…神霊の、あぎゃ!」


「この!今までの恨みだ!」


「おっ父を返せ!この、この、外道め!おっ父を返せ!」


「みんな、槍の柄で叩くだ!簡単に死なすでねえべ!」


 うーん、凄惨な私刑が始まってしまった(ドン引き)

 うずくまって頭を抱えるローブの男を、農民兵たちは寄ってたかって槍で突いたり、柄で殴ったりしている。


 20人の暴力に晒されたローブの男は、もちろん耐えられるはずもなく、ほどなく息絶えた。

 それでもなお事切れた死体に、涙を流しながら槍を突き立てる農民兵が少なくない。


 事情は知らんが、気が済むまでやらせてやるか。





「気は済んだか?少し教えて欲しいことがあるのだが」


 泣き果てて呆然としている者や、座り込んで虚ろになっている者も多い中、比較的しっかりしていそうな壮年の男を選んで声をかける。


「あ、ああ。あんた…あなた様も、司祭様だべか?」


「いや、俺はソーマ。旅の魔法使いだ。司祭も教会も知らん」


 そう俺が言うと、壮年の男はホッとした表情を浮かべる。

 どうやったらこれ程の恨みを買うのかは知らんが、そんな連中と一緒にされても困る。


「魔法使い様、お願げえがありますだ!」


 安堵したのも束の間、壮年の男は今度は必死の様子で土下座を始める。


 うーん、まあ何となく願いの中身は分かるけどさ。


「他にも、囚われている者がいるのだな?」


「そうです!オラの息子も、弟も、教会に奴隷にされていますだ!」


「魔法使い様!」


「ウチの子もいるだ!」


 呆けていた農民兵たちが生気を取り戻して一斉に懇願してくる。


 ミンが俺の手をぎゅっと握ってきた。

 チラリとミンの顔を見ると、眉根を寄せて悲しそうな表情をしている。


 はー、仕方ない。

 なにしろ俺ルールによれば、ミンにこんな顔をさせたやつは死刑だ(確定判決)

 よし、やるか。


「分かった。案内してくれ」


「あ、ありがとうごぜえます!」




 農民兵たちを引き連れた馬車は、教会勢力の中心を目指して進む。


 途中でもう2隊に遭遇したが、いずれも農民兵たちの説得と俺の隷属魔法により吸収した。

 もちろんローブを着た指揮官が二人、血祭りにあげられたことは言うまでもない。


 農民兵たちの暫定リーダーとなった壮年の男によると、彼らはドスタル領の教会勢力範囲の村から徴集された者や、その他勢力の村を略奪して集められた村人だ。


 教会はフォルマー家やシュタルク卿の戦力に対抗するために、村人を強制的に奴隷にして戦力としているらしい。


 教会の秘術とは人間に隷属環を装着する魔法のようで、俺の隷属魔法と同じものなのかは不明である。


 総勢が70人以上に膨らんだ俺たちは、夕暮れ頃に石壁に囲まれた城塞のような建造物に行き着いた。


「これが司祭のいる教会ですだ」


 こりゃまた、俺の持っていた教会のイメージとは全然違うな。

 お、城塞の2階部分から誰か顔を出したぞ。


「控えよ、賊徒どもよ!私こそは神霊の使い、オリアーリである!」


「ソーマ様。あれが司祭だべ」


 なるほど、領主格だけあってひときわ豪奢なローブを着てるな。

 巨漢というか、背も高いがよく肥えたやつだな。

 いいもん食ってんのかね?


「そこな魔法使い!教会の赤子たる聖奴を、邪法をもって拐すとは神霊を畏れぬ所業!」


 何を言ってるのかはさっぱり分からんが、なんか喚いてるな。

 つまり横取りするなと言いたいのかな?


「おい、村人たちの対価が欲しいか?」


「何?その方ごときが持つ金銀では足りぬわ!いや、そこな娘は良いな。おい、その娘は必ず無傷で連れて参れ!」


 轟音。


「ほぎゃ!?」


 M73から放たれた44口径弾が、世迷言を吐くしか能のない豚の肩を貫通する。

 司祭は鮮血をまき散らしながらひっくり返った。


 まあ豚に金銀はふさわしくないからな、鉛玉が一番いい。


「司祭様が!?」


「だ、誰か!司祭様のお脈を取れ!」


 すぐにでも殺したかったが、隷属環の上書きを先にしなくては。

 城塞内部は混乱しているようだが、その隙に俺たちは城門に樽を設置する。


 もちろんお手軽攻城爆雷くんである。

 一応、今回は人目があるので馬車から取り出した風に偽装している。


 さらに今回は最初から黒色火薬が詰め込まれ、石は入れずに普通に木の蓋を打ち付けてある。

 導火線代わりの荒縄を伸ばしながら300mほど離れ、矢楯を設置して隠れる。


 発破準備完了。


「俺の大魔法を使うぞ!村人たちは全員伏せろ!」


 『収納』から火種を取り出して着火すると、俺たちも伏せる。

 無理に立っていなくてもよいというのが、前回で得られた教訓である。


 轟雷音。


 オレンジ色の閃光と衝撃が走り、狙い通り城門が吹き飛んだ。


 よし、前回は黒色火薬の量が過剰だったからな。

 分量を半分にしたのが良かった。


「行くぞ。村人が囚われているところに案内しろ」


「うおおお!」


「坊主どもを殺せえええ!」


 俺たちと共に農民兵たちが城塞に雪崩れ込んだ。


 城塞のホールに飛び込むと剣を持ったローブの男たちが多数いるが、その多くは呆然として抜剣すらしていない。


「バルカは右を頼む!」


「お任せあれ!」


 これだけ近ければ狙いも要らん。


「はぎっ」


「いぁ」


「ま、魔ほ、ぺぐっ」


 俺は腰だめにしたM73の銃口を向けては、レバーアクションして引鉄を引く動作を高速で繰り返す。

 狙いをつけなきゃ1秒1発いけるな。


 俺がM73の連射で左側のローブの男たちをなぎ倒している間に、バルカは血煙の旋風を上げて右側の男たちを次々と斬り伏せていく。

 ホールの制圧はものの20秒ほどで完了した。


「こっちだべ!」


 農民兵の青年に案内されて地下へ続く階段をくだると、饐えた臭いが漂う部屋が並んでいた。


 中にいる者たちはみな汚濁に塗れ、寝る広さもない部屋にぎゅうぎゅう詰めにされている。

 中には重傷を負って苦しむ者や、既に事切れた死体も放置されている。


 ひどいもんだな、これが農民兵たちの憎しみの根源か。

 ひとたび解き放たれた村人たちの復讐の炎は、外道どもを灼き尽くすまで止まらないだろう。




 俺が隷属環の対応を全て終えた頃、村人たちに拘束された司祭が地下に連れてこられた。

 司祭は豪奢なローブが無ければ誰だか分からんほど顔面を変形させているが、なんとかまだ話はできそうだ。


「オリアーリとか言ったか、お前たちはどうやって奴隷を生み出している?」


「し、神霊の、徳を…あぎゃあ!」


 またよく分からんことを言い出したので、SAA経由で追加の鉛玉を足の甲に支払ってやった。


「人間の言葉で言え、次は逆の足が痛いぞ」


「さ、祭壇の神器に魔力を注ぐと、隷属環が発動しま…ぎゃいい!」


 SAAで反対の足の甲を撃ち抜く。


「普通に喋れるなら最初からそうしろ」


 息も絶え絶えな司祭は、これから地下の奥にある一室で村人たちの歓待を受けるらしい。


 敵勢力の兵士や反抗的な奴隷を拷問していた部屋らしく、次々と連れ込まれていくローブの男たちは絶望の表情を浮かべている。


 まあ、あとは村人たちに任せよう。

 俺はやることがある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る