第20話 ドスタル領の会戦

 祭壇と呼ばれる部屋は、両開きの扉に厳重な錠前がかけられていた。


 鍵を探すのは面倒なので『収納』から斧を取り出し、バルカに錠前を破壊させる。


「さて、神器とやらがどこにあるか?」


「ご主人様、あれじゃない?」


 なるほど、ミンに指さされた先には壁のくぼみに豪華な装飾の箱が安置されている。

 こりゃ、いかにもだな。


 箱にも鍵はかかっていたが、俺は遠慮なくバルカに箱を破壊させた。

 霊験あらたかな何かかも知れんが、あんな連中の信仰を尊重しなくてもいいだろ。


 中から出てきたのは、表面に文字が刻まれた青錆びた金属プレートだ。

 刻印が不鮮明になっていて読みづらいが「厳重管理」と漢字で書かれた文字が読み取れる。


 そう、漢字である。

 なんとここにも日本人の痕跡があったよ。


 裏返してみると小さな文字が多数刻印されているのだが、文字が潰れてしまって日本語かどうかもよく分からない。


 うーん、複雑な気分だ。

 あんな外道どもに日本人が関係しているとは、あんまり知りたくなかったなぁ。


 なんにせよ『鑑定』と『分析』してみるか。


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隷属の神器

:銅、錫

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 ダメか、役に立たんパターンだな。

 豚司祭によると何らかのマジックアイテムだと思うんだが。


 俺の『分析』は化学的な構成には有効なんだが、魔法的なものには反応しないのかも知れん。


 さて、こんなものは破壊してしまうか?

 いやでも、一応は日本人の痕跡ではあるか。

 今後の手がかりになるかも知れんし『収納』にしまっておこう。


「ご主人様、戦利品!」


「ん?ミン、どこいった」


「こっち!こっち!」


 ミンの声を頼りに祭壇のさらに奥に向かうと、こじ開けられた扉の先から声が聞こえてくる。

 いつの間に探索してたんだ、お前は。


「おっと、これは」


 部屋に入ってみると、まさに金銀財宝という品々が目に飛び込んできた。


 金貨、銀貨に加えて、宝飾品やら、貴金属と思われる塊やら、教会が貯めた財貨の数々が部屋の中にところせましと並んでいる。


「戦利品、たくさん!」


「ほう、これはこれは、ご主君の旗揚げの軍資金となりますな」


 いいのかね、これもらっちゃって?

 金貨どころか銀貨もまだ使ったことがないから、価値が全然分からん。


 てか、この世界で大金の使い所とかあるんだろうか?

 経済が未発展というか、農業以外の生産活動が低調に思えるのだが。


 まあバルカの言う通り、スローライフ立ち上げ資金になるかも知れん。

 『収納』に全部入るだろうか?

 あ、余裕な感覚。入れちゃおう。





「ソーマ様、おかげさまで村に帰れますだ」


「ああ、気をつけて帰れよ」


 教会への復讐を終えた村人たちは、それぞれの出身村グループに分かれて帰途に就くようである。


 なお、司祭達がどうなったかを俺は確認していない。

 ずっと悲鳴が聞こえていたのでコワイコワイなのだった。


 …すごく久しぶりだけど、一応抗議しておくか。

 神様。ダークなのは絶対にやめてくださいって、俺言いましたよね?


 いつの間にか感覚が麻痺してきて、この殺伐とした世界に慣れそうになって来てるからな。

 俺は断固拒否であることを再表明しておこう。


 その後、傷病者のいるグループにはミクリング族の秘薬を1壺ずつ計10壺渡した。

 細菌性の感染症には効果があるだろう。


 俺は金銀財宝の分配もしようかと考えたが、村人たちはそれよりも城塞内に備蓄されていた食料や武器の分配を望んだ。


 さらに金属製の食器などの日用品も人気であり、希望が多かったので暫定リーダーの男が村グループごとの分配を取り仕切っている。

 

 食料と武器は分かるけど、やはりこの世界では金属製品の価値が高いんだよね。

 物々交換の手頃な材料になるしな。


 逆に貨幣経済は発達していないので、金銀財宝は望まれんらしい。


 さて、俺が関わるのはここまでだ。


 いきがかりでこの地の教会勢力を滅ぼしてしまったが、ドスタル領に残る2勢力による争いが今後も続くだろう。

 彼らの村がどうなるかまで面倒を見ることはできない。


 俺は彼らになんらの命令もしなかったので、事実上は奴隷の立場から解放されたようなものだろう。


 あとはどちらかの勢力に帰属するなり、どちらも拒否して抵抗するなり、彼ら自身で決めてもらおう。


 村人たちと別れを告げ、俺たちの馬車は西進を再開した。





「ご主人様、起きて!軍勢が見えるよ!」


「ふが、軍勢?」


 西進を再開して2日後、馬車内での仮眠番の俺を御者台のミンが起こしてきた。


 しかしこれまでの報告とは違って、軍勢というのは初めてだな。

 俺は御者台経由で馬車の屋根に登る。


「ありゃ、本当だ。軍勢だな」


 前方の平原に200〜300人程の武装集団が二つ、向かい合って南北に布陣している。


 たぶんフォルマー家とシュタルク卿の軍勢ってことだよな?

 どうやら会戦の場面に出くわしてしまったようだ。


 西進してきた俺たちはこのまま進むと、ちょうど両者の間に割り込むようになってしまう。

 こりゃちょっと迂回するか。


「機動射撃配置につけ、左の軍勢の背後方向に迂回するぞ」


「了解、ご主人様!」


「承知仕った」


 機動射撃配置とは俺とミンが屋根の上で射撃と射撃補助、バルカが御者台につく配置である。

 どっちがどっちの軍勢かは知らんが、この配置で馬車を左側の軍勢の背後に迂回させ、ちょっかいをかけて来るようなら射撃で撃ち払うのだ。


「ご主人様、騎兵が来るよ!3人」


 ちっ、放っておいてくれんか。

 俺たちには関係ないから、勝手に戦争してればいいのに。

 一応、敵対の意思は無いことをアピールするか。


「寄るな!俺たちはドスタル領の騒乱とは関係ない(恒例の大嘘)」


「だまれ、教会の尖兵であろう!奴隷を従えているのが証よ、殺せ!」


 あ、こりゃまた俺が迂闊だったか。

 たしかに、ドスタル領の勢力たちは教会の奴隷兵と日々戦ってんだもんな。

 

 二人の隷属環を隠しておくべきだったか。

 まあでも殺されてやる義理は無いから撃とう。


 轟音。


 M73の射撃を浴びた馬が棹立ちになって騎兵を振り落とす。

 銃声に驚いた馬が暴れて、もう一人騎兵が落馬してるな。


「バルカ、スピードを上げろ!」


「承知」


 残りの騎兵の馬にも銃弾を撃ち込み、全員を落馬させた。

 騎兵たちが混乱している間に引き離そう。

 俺たちの馬車はスピードを上げて左側の軍勢の背後を迂回していく。


「ちっ、まだ来るか」


 軍勢の後方にいた集団がこちらを捕捉しようと動き出している。

 面倒だな、指揮官ぽいのを狙い撃つか。


 俺はSF1873に持ち替えて、軍勢後方部隊の指揮官ぽい馬上の男を狙う。

 『銃専心』、周囲の音が急速に遠ざかっていく。


 距離は140m、馬車が動いているので偏差も強い、弾道落下も30cm以上、こりゃ本来は狙える条件じゃないな。


 しかし当たると確信できる。


 轟音。


 45口径弾が馬上の指揮官の兜を宙に跳ね上げ、その中身を打ち砕く。


 よし、これで動きが鈍くなってくれれば逃げ切れるだろう。

 いや、なんか様子が変だな。


 指揮官が馬上から消えると、軍勢全体に動揺が広がっていく。

 後ろの方にいるから予備戦力の指揮官かと思っていたが、もしかして軍勢全体の指揮官だったか?


 音が聞こえんから、状況がよく分からん。

 SF1873を下すとミンがさっそく俺の肩を揺すって来る。

 音がゆっくりと戻ってきた。


「…館様が討たれたぞ!」


「ダメだ、負け戦だぁ!」


 軍勢から悲鳴が聞こえてくる。


 マジ?どっちの勢力か知らんが、当主が会戦に出ていたのか。

 もしかして、ドスタル領の三つ巴の勢力のうち、二つに致命傷を与えてしまった感じ?


「お見事、大将首を獲りましたな」


「ご主人様、お見事!」


 うーん、こんなの俺は知らないもんね。

 俺は平和裏にドスタル領を抜けたかっただけだもんね。


 例によって責任順位をつけるなら、腐れ教会 > こんなとこで会戦してるやつら > 空気を読まないヘッドショットを敢行した黒色火薬くん > 俺、の順である。


 ともかく知らんので戦場を離脱しよう。

 なんか混乱している軍勢に対して、向かい合う軍勢が突撃を始めたけど、そんなのも知らん!全部知らん!


 俺たちは馬車のスピードを目一杯上げると、潰走してくる兵やら、追撃してくる兵やらを順次に撃ち殺しながら、アイヒホルン領を目指して西へ西へと逃走していった。


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