第21話 ギュンター・アイヒホルン

「ご主人様、おいしい?」


「ああ、旨いぞ。ミンは狩りが上手だなぁ」


 狩猟の腕前を褒められてムフーしているミンを眺めながら、俺は焚火で焼いた野鳥の串焼きに舌鼓を打っている。

 フフフ、森の中で営む異世界キャンプも乙なものだな。


 …いや、何をしているかと言うとね。

 ちゃんと理由があるから説明しよう。


 まったくの仕方のない経緯によりドスタル領の騒乱に巻き込まれた俺たち(主観)は、なんか会戦を行っている迷惑な連中を穏当に避けようとした(主観)にもかかわらず、会戦勢力の片方が勝手に潰走した(主観)ため、混乱の余波を避けるために付近の森に潜伏して沈静化を待っているのである(説明完了)


「あれから3日も経ったし、そろそろ森の外も落ち着いたかな?」


「しからば明日は偵察してみましょう」


「偵察、ミンに任せて!」





 翌日、森から出て移動を再開した俺たちの馬車は川に行き当たっていた。


 事前に得ていた情報によると、ドスタル領の東西の領境は河川で構成されるらしいので、この川の先がいよいよ目的のアイヒホルン領かもしれない。


 しかし目の前の川は先日の雨のせいで増水しているらしく、人の足で渉ることは危険そうに見える。

 おのれ、川に橋を架けない文化め。


「仕方ない、水量が下がるのを待つか」

 

「キャンプだね、ご主人様!」


 ミンは嬉しそうだが、つい先日まで連続キャンプを敢行していたのに何がそんなに嬉しいのか。


 ムフーしながらかまどを作り始めるミンを眺めつつ、俺は馬車の屋根に登って周囲の警戒にあたる。


 これはキャンプに移行する場合のいつもの配置で、異変を察知した際にすぐに対応できることを重視しているのだ。


 …決して俺がキャンプ準備において役に立たないからではないのだ。

 俺だって『収納』している火種を出す重要な仕事があるもんね!


 などと謎の言い訳をしつつ馬車の屋根に登り、これまで来た道の方向を眺める。

 

 うん、見えるね。

 さっそく、少数の武装集団がこっちに向かって来ている。

 よし、俺にも仕事ができたな。


「ミン、バルカ、戦闘配置だ!」


 その日、狩りの成果が増えたミンはご満悦の様子であった。




 翌日、昼過ぎまで川の水位が下がるのを待っていると、川の対岸に10人ほどの武装集団が現れてしまった。


 こりゃ、銃声で呼び寄せてしまったかな?

 アイヒホルン領の兵士だったら、撃ち殺すわけにもいかんな。


「俺たちに敵対の意思は無い。アイヒホルン領主に取り次いでくれ、クーニッツ領主の紹介状もある」


「存じております。雷鳴の魔術師どのですね?御館様から丁重にお迎えするよう仰せつかっております」


 おお、非敵対宣言が功を奏したのはこれが初ではないだろうか(感動)

 その呼び名には不満があるが、話が通っているならありがたい。


 俺と応対したのは、馬に乗った装備のよい男で年の頃は30代中盤くらいかな?

 身なりからして騎士的な階層の人物だろうか、温和そうな受け答えでさっそく俺はアイヒホルン領への好感を得た。


 それに、武装集団と遭遇したのに戦闘にならないというのも高ポイントだ。

 

 これはもしや、アイヒホルン領は有望なハートフルスローライフ候補地なのでは?

 当面は王都に用があるから通過する予定だが、定住先として選択肢に入れておこう。


 ロルフと名乗った騎士の率いる一隊に先導され、俺たちの馬車はアイヒホルン領の中心部をめざす。

 道中は村落に宿泊し、平穏そのものの行程だ。


「御館様はクーニッツ卿からの連絡で、すでにソーマ殿を待っておられます」


 ロルフの言によると俺たちがドスタル領であれこれしている間に、すでにエトヴィンが使いを送ってくれていたらしい。


 エトヴィンの使いはドスタル領を迂回したらしいが、その方が早かったのか。

 こりゃ、ドスタル領を通過したのは失敗だったかな。


 いや、俺たちが迂回した先で別のトラブルが起こるに違いない(確信)


 4日間の移動で、アイヒホルン領都のアイヒホルゲンが見えてきた。

 ニュンケ領のニュンクスよりもさらに大きな都市だ。

 

 人口1万人級の大きさじゃないだろうか?

 道中の村々も豊かそうだったし、いいじゃないかアイヒホルン領。





「キミが雷鳴の魔術師かい?もっと厳めしい豪傑を想像していたよ。ボクがアイヒホルン領主のギュンターだ。よろしくね」


 イメージと違うのはこっちのセリフでもある。

 目の前にいるアイヒホルン領主は俺と同年配の30歳前後で、意外にも線の細い優男だった。


 俺はアイヒホルン領都の領主館で、領主との面会に臨んでいる。


「キミのことはエトヴィンから聞いているけど、一応勧誘させてもらうよ。ボクに仕えるつもりはないかい?」


「いや、エトヴィンの言う通りだ。俺は仕官するつもりは無い」


「うん、やっぱりそうか。あわよくばと思ったんだけどなぁ」


 この世界の統治階級はみんな戦国武将的な存在だと俺は認識していたので、ギュンターの軽薄な雰囲気は本当に意外だ。

 まあ、話しやすいのは助かるけどね。


「じゃあやっぱりキミの目的は、…地の平穏ってことでいいのかな?」


「ああ、そうだ」


「そうかい…、フフフ。それはとっても興味深いね」


 なんだ?ギュンターの眼が怪しげに光って見えるぞ。

 この世界の人間はみんな、この話題になるとなぜか挙動不審になるよな。

 スローライフ探求がそんなにおかしなことかね。

 

「それはそうとして、依頼なら受けてくれるのだろう?エトヴィンのお願いは聞いてくれたそうじゃないか」


 む、ギュンターには王都で案内人を世話になるから断りづらいな。


 それでも戦争関連は断ろう。

 クーニッツ領はあくまでも、俺たちのせいで発生した被害の原状回復を手伝ったまでだ。


「もちろん報酬はあるよ。王都でキミに横やりが入らないように、周旋してあげようじゃないか」


 横やり?

 何のことだ。


「分かっていなさそうだね。キミの活躍は派手すぎるのさ、きっと敵に回した者も多いと思うよ?」


 俺に敵が?そんなことあるかね。

 これと言って身に覚えがないんだが(忘却)


「ニュンケ領では代官が領の平定に成功しつつあるけど、レーム家もヘルマン家もそれぞれ中央に後援者を持っていたからね」


 えー、あいつらのせいで他にも恨みを買ってるのかよ。

 逆恨みもいいところじゃないか、めんどくさいな。


「それにキミはシュタルク卿を討ち取ったね?彼は宰相の肝煎りでドスタル領に入っていたからね。宰相の派閥はキミを敵視していることだろうよ」


 ドスタル領の会戦で勝手に死んだ指揮官はシュタルク卿の方だったのか、今初めて知ったぞ。


 うーん、なんかそう聞くと恨みを買っていてもおかしくはない、…かも?


「なに、依頼と言ってもキミの目的と一致することだよ。ボクも王都に用があるんだ。それでキミに同道してもらいたいのさ。キミみたいな手練れがいれば、ボクも道中が心強いからね」


「なるほど。それなら、まあ構わんが」


 護衛依頼というわけか。

 久しぶりに異世界チュートリアルが進むな。


 領主なら自前の護衛も連れて行くだろうし、俺たちだけで行くよりも道中のトラブルは少なそうだ。


 こりゃ、たしかに損のない話だな。

 今までの調子で王都までの邪魔者を全部蹴散らしてたら、時間が掛かってしょうがないからな。


 それにこれ以上敵を増やすと、王都で伝承官に会うどころじゃなくなるかも知れん。


「よかった。それじゃあ出発までは10日ほどあるから、それまでは当家に逗留してくれたまえ」


 10日か、領主様ともなると旅行の準備も時間がかかるんだな。

 まあ領内統治の仕事もあるだろうし、俺たちみたいに自由気ままとはいかないか。




 その夜、客間は俺に一部屋とミン、バルカの二人に一部屋が割り当てられていた。


 割り当てられていたのだが、いつも通りミンが俺のベッドに入り込んで来てしまった。

 バシュ領からの逃亡以来、すっかりこの習慣になってしまったので仕方ない。


 俺は横に眠るミンのつむじをぼんやりと眺めている内に、瞼が重くなってきた。

 安眠効果のある波動か何かが出てそうなんだよな、このつむじ。


 そのとき、客間のドアがゆっくりと開く。

 俺は枕元のSAAに手を伸ばし、撃鉄に指をかける。


 ギュンターが俺に刺客を送って来たのか?

 そういう素振りはなかったが、仕掛けて来るなら受けて立つしかない。


「あの、お客様のお世話に参りましたが…」


 暗闇に浮かんで見えたのは、20歳くらいの女性だ。

 薄い夜着をまとった肉付きの良い肢体がなまめかしく、男好きのする顔立ちが困惑の表情を浮かべている。


 客の世話、ね。


「ギュンターの差し金か?気遣いは無用だ」


「でも…」


 女性は俺の隣に眠るミンにチラチラと視線を送っている。

 どういう意味の視線なんだそれは。


「ギュンターには俺から言っておく。今日は帰ってくれ」


 女性はしぶしぶという様子で退散していった。

 これは明日、ギュンターに釘を刺す必要があるな。


 SAAを枕元に戻すと、ミンのムフーが聞こえてきたような気がした。


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