第22話 策謀

「ギュンター、余計な気遣いは無用だ」


 部屋に女性を派遣された翌朝、朝食に招かれた俺は席にもつかずギュンターに釘を刺す。


「お気に召さなかったようだね。…もっと若い娘が良かったかな?」


 ギュンターはチラリと俺の後方にいるミンに視線を送る。

 だからどういう意味の視線なんだそれは。


「聞こえなかったようだな」


「あ、いや。余計なことは慎もう。約束するよ」


 俺の怒気が伝わったのか、ギュンターは慌てて約束をした。


 まあ、分かったならそれでいい。

 俺だって権力者が送ってきた女を抱くほど迂闊じゃないからな。


「すまないけど、ボクは王都行きの準備が色々とあるからね。キミたちにはロルフをつけるから、用向きは彼に頼むよ」


「なんなりとお申し付けください」


 今日から出発までの間、ギュンターは領内の村々を巡る仕事があるようだ。

 やっぱり領主ってのは忙しいんだな。


 その間は最初に俺たちをアイヒホルゲンに先導してくれた騎士、ロルフが俺たちの対応に当たってくれるようだ。

 なんか悪いな、俺たちに構わってもらわなくてもいいのに。


 などと考えていたが、その日からは俺たちも忙しかった。

 ギュンターの供として王都に登るということで、服装もそれなりのものが必要なのだとか。


 俺とミン、バルカは侍女たちに採寸されたり様々な服を試着したりと一日中拘束されて、慣れないことをした俺はすっかり疲れてしまった。

 

「これヒラヒラして変」


 スカートを履かされたミンはご不満な様子だが、年頃の女の子らしい服装を覚えさせるいい機会だなこれは。

 ミンより先にギブアップするわけにはいかないので我慢しよう。





「ロルフ。ギュンターはこんなにたくさんの兵を、王都に引き連れて行くのか?」


 ギュンターが領都アイヒホルゲンを発ってから3日後、街には毎日続々と兵士が集まっていた。


 20~30人の単位で領都郊外の練兵場に兵士たちが集合しては、騎士たちの号令で編成されていく。

 練兵場の一角には兵舎が見えるが、そこには収容しきれない兵が天幕に宿泊している。


「当家の家格に見合う都入りには、必要な人数でございます」


 ふーん、そういうもんなのか。

 貴族のメンツと言うやつなのかね?


 まあ、よく分からんが俺が口を出すことでもないだろう。


 今日も縫製中の服の直しのために、またヘトヘトになるまで振り回されていたのだ。

 俺は集まる兵士のことをすぐに頭から追い出してしまった。




 ギュンターが発ってから7日後、さすがに俺でもこれはおかしいということが分かるぞ。

 郊外の練兵場に立ち並ぶ天幕から推定して、500人以上の軍勢がいるんじゃないか?


 はい、不穏です(定期)


「おい、ギュンターは王都を制圧するつもりか?」


「そうではありません。道中には御館様に友好的でない領もありますので、相応の備えが必要でございますれば」


 俺はロルフの顔をじっと見つめて言葉の真偽を見抜こうとするが、温厚そうな表情の奥は伺い知れない。

 こいつも案外食わせ者なんじゃなかろうか?


 まあいい、ギュンターが戻ってきたら問い質してみよう。

 あいつも油断ならないやつではあるが、ロルフよりは表情が分かりやすいからな。




 そして出発予定日の前日、やっとギュンターは戻ってきた。

 500人ほど追加の軍勢を引き連れて。


 これで軍勢は合計で1000人は超えてるよね?


 はい、軍事行動です。

 間違いありません。


「おい、騙したなギュンター。お前は王都で戦をする気なのか」


「人聞きが悪いね。ボクは何も嘘は言っていないよ」


 居館に戻ってきたギュンターをさっそく捕まえて問い質す。

 ギュンターは悪びれた様子もなく嘯いた。

 

「ではこの軍勢はなんだ?お前の護衛をするにしては、大仰すぎやしないか」


「じゃあ少し当家の恥を晒そうかな?ボクはいま、官職に就いていないのさ。父上が昔王都で失敗をしてしまってね。猟官活動のためには、色々と準備が必要というわけさ」


 あのさぁ。

 ふわふわ言葉に置き換えても、さすがに俺だって騙されないぞ。

 こんな物騒な就職活動があってたまるか!


 翻訳するに、ギュンターの父親は王都で政争に敗れたかして失脚したんだろう。

 そこでギュンターは、武力上洛でもって復権を目指しているわけだ。


 はい、アウトです。

 全然穏当じゃありません。


「それにロルフから聞き捨てならんことを聞いたぞ。道中には敵対的な領もあるそうじゃないか。こんな軍勢を率いて行けば、刺激することは目に見えているだろう」


「むしろそのための軍勢なのさ。数が少ないと嵩にかかって攻められるからね。それに加えて、武名急騰の雷鳴の魔術師も同道しているとなれば、変な気を起こす者もいなくなるというわけさ」


 む、そういう考えもあるのか…?

 たしかに俺はこの世界の常識は、まして領主貴族のことはよく知らんが…。


 いや、騙されんぞ。

 俺がこれまで活動してきたのは、王都とは逆方向でのことだ。

 王都への途上の領で俺の名がそれほど売れているのは不自然じゃないか。


 さてはこいつ…。


「あ、そんなに怒らないでよ。たしかに、キミの想像通り、今まさに道中の諸領にキミの武勇伝を広めているところさ。でも、あくまで旅の安全のためのことだから、他意はないよ?」


 やってくれたな(殺意)

 油断ならないやつだとは思っていたが、初めからそのつもりだったのか。

 どうしてくれようか。


「それにキミはやっぱりとんでもないね。シュタルク卿を討った情報は得ていたけど、まさかドスタル領の教会を滅ぼしていたとはね。さすがにボクも予想外だったよ?」


「それがどうした。滅んで当然の外道どもだったぞ」


「うん、それはそうだけど。でも、王都でキミに敵対する勢力を抑えるのは、ボクが考えていたよりもずっと骨が折れそうだよ」


 ぐむぅ。

 それを言われると、いまギュンターと袂を分かつのは得策ではないか?


 おのれ、黒色火薬くんが好き放題暴れたことの弊害がこんなところに!


「どのみち俺が同道するのは、王都で伝承官に会うまでだ。それ以後は知らんぞ」


「まあまあ、少し行き違いがあったことは謝るけどさ、今はお互いのために協力し合おうよ。あ、ミンくん!ドレスが似合うじゃないか、いやぁ見違えたね!どこのご令嬢かと思ったよ」


「むーん、ヒラヒラ嫌い」


 こいつ、ミンを褒めて俺の機嫌を取る作戦だな?

 馬鹿にしやがって、そうはいくかよ。


 まあ確かに若草色のドレスを着た今日のミンは、いつもの活発な様子とは違って正統派美少女の風格だ。


 昨日着せられていた白のドレスも、麦わら帽子と合わせることで夏の日差しに溶け込みそうな透明感があってvery good。


 どちらのドレスもよかったが、いま縫製している上等なパーティドレスも楽しみで…。


「機嫌を直してもらったところで、旅の成功を祈って壮行の宴としよう!」


 はっ、いつの間にか酒宴の準備が進んでいる。

 うまい事うやむやにしやがったな。


「さしものご主君も、策謀ではあの御仁には叶いませんな」


 バルカが苦笑してこちらを見ている。

 いや、お前も上等なサーコートが長身に映えてエライかっこいいな。


 俺も濃いワイン色のチュニックに、銀糸で縁取られた黒マントを着させられて、さながら中世コスプレ大会の様相なんだが。


 ベルトとホルスターも、革細工職人が上等なものをあつらえてくれた。

 ずっと腰に差していた山刀も、立派な拵えの小剣に交換されている。


 なんだろう、なんというか。

 俺だけ内面は現代日本人だから恥ずかしいんだよね。


 せめて黒の面積を少し減らしてくれないかな?

 だって中二病感が出るじゃん。黒だと。

 いやぁ、アラサーにはキツいっす。


「ご主人様、かっこいい!」


 ミンは俺のコスプレを見てムフーしているが、変じゃないならまあいいか?


 いよいよ宴が始まろうとするとき、一人の使用人がやってきてなにやらギュンターに報告している。


「そうか、コンラートが無事に到着したのだね。それは重畳」


 コンラート?

 誰だよ、新キャラか?

 

「やあ、ギュンター。いよいよこの時が来たのだね」


 そうギュンターに親しげに話しかけながら宴の間に現れたのは、俺やギュンターと同年輩の男だった。

 俺が観察してるのに気づいたのか、こちらに向けてニコリと微笑みかけてくる。


 軽薄な印象を与えるギュンターとは対照的に穏やかな品の良さを漂わせるが、どこか親しみやすい愛嬌も感じさせる。


「初めまして。あなたが、雷鳴の魔術師殿ですね?」


「ああ、そうだ」


 もう一々否定してたら面倒くさいんだよね(諦め)


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