第23話 関内候

 揃いの軍装に身を包んだ1000人を超す軍勢が、縦列を作ってアイヒホルゲンの街を次々と進発していく。


 ギュンターは馬上にあって隣に馬を並べるコンラートと親しげに談笑しながら、自身が率いる本隊の進発順を待っている。


「ソーマ殿は、馬車で行かれるのですね」


 コンラートは俺にも親しく話しかけてくる。

 彼はギュンターの従兄弟にあたる血縁者で、両者の母親が姉妹であるそうだ。


 ということは貴族階級の人物に違いないのだが、姓を名乗らないところから複雑な背景がありそうだ。

 いや、知らんけどね。


「ああ、俺たちはこれに慣れているからな」


「変わった造りの馬車ですね…。とても頑丈そうです」


 コンラートは興味深げに俺たちの馬車を眺めている。

 やはりフレンドリーというか、あまり貴族的な高圧さを感じさせない温和な青年のように感じられる。


 ちなみに俺たちの馬車はいままでのボロボロの帆布ではなく、白い新品の帆布にアイヒホルン家のペナントがかけられている。


 なんか上等な貴族の馬車になったみたいになったな。

 まあ中身は装甲車にして移動射撃台のままなんだが。


「コンラート、そろそろボクたちも進発するよ」


「あ、うん。すぐに行くよ」


 馬を並べて歩かせている二人は、とても仲の良い兄弟のようにも見える。

 この世界の貴族というのは顔を合わせたら殺し合うものだと思っていたが、こいつらはそうじゃなさそうだな。


「せっかくの門出なのに、あまり人数を集められなくてごめんね」


 たしかに、コンラートの供回りは20人と言ったところか。

 領主級の貴族ではないのかな?


「そんなことはないさ、キミには王都で働いてもらうからね。さあ行こう!」

 

 ギュンターとコンラートのいる本隊に混じって、俺たちの馬車も動き始める。


 しかし護衛と言ってもこれだけの軍勢に囲まれていることだし、俺たちの出番はまずないだろうな(フラグ)




 いくつかの領を通過するたびに領主の居館で歓待を受けながら、さらにギュンターの軍勢には味方する領主たちの兵が合流していく。

 やがて軍勢は倍増し、2000人に迫ろうという規模になってきていた。


 王都への途上に対するギュンターの調略は上手くいっているようだな。

 俺も領主たちからお近づきの印にと魔法触媒のプレゼント攻勢にあって、ガラクタコレクションが一気に増えてしまった。


「ここからは関内侯たちの領地です。いよいよ王都も近くなってきました」


 歓迎の宴の席で、コンラートは俺に旅程の説明をしてくれる。


 関内候?なんじゃそら。

 敵なのか味方なのかで教えてくれ(脳筋)


「王都周辺に小領を持つ中央貴族たちさ。彼らは王都での政治には力を持つけど、ボクたちと戦う気概は持ち合わせていないよ」


 ワインを手にしたギュンターは余裕の表情だ。

 その口ぶりからすると味方ではなさそうな様子だが、歓迎されなくても戦闘さえないなら野営で俺たちは構わんしな。


「報告いたします!」


 そのとき一人の騎士が部屋に入ってきてギュンターに耳打ちを始めた。

 おや、不穏な気配を感じるよ?(疑念)


「なに、軍勢だって? 構わないよ、普通に報告して」


 おやおや、ギュンターくん?

 君の情勢判断を信じているからね?


「はっ、物見の偵察によりますと、ビットナー卿の旗印の他、複数の宰相派関内候の軍勢とのことにございます」


 騎士は片膝をついてこの場の全員に聞こえる声で報告を始めた。

 

「ビットナー卿が出て来るとはね、ずいぶんと強気じゃないか」


「そうだね。こちらほどの数は集められないと思うけど…」


 ギュンターとコンラートは騎士たちを集めて軍議を始めた。

 えーと、これもう戦う前提だな?


 ギュンターの情勢判断さぁ。

 なにが戦闘は無いだ、即落ち二コマじゃないか!


「ソーマ。明日はキミの力も貸してくれないか?」


 うーん、やっぱりそうなるのか。

 数で勝るなら俺が加勢しなくてもいい気もするが。


「ビットナー卿が強気に出てきた理由は予測できます。おそらく敵方は王都の魔法一門を引き入れたのでしょう」


 むむ、魔法一門とな。

 よく分からんが魔法使いが複数出て来るのかな?

 そいつらが戦闘の行方にも影響を与えるということか。


 ふーむ、正直なところギュンターの軍事行動に興味は無いのだが、さりとて今ここでギュンターと袂を分かってもメリットは少ない。


 相手が宰相派ということは、ギュンターを抜きにしてもたぶん俺にとっても敵対勢力なのだ。


 王都での敵勢力を抑えてもらうという約束もあるしな。

 はー、仕方ないここはひと働きするか。


「これは貸し一つとしておこう」





 翌日、会敵の予想される平原に踏み入ったギュンターは布陣を開始した。

 中央に自領の直属軍を配置して本陣を置き、左右に他領の増援兵を配置して脇を固める。


 俺たちの馬車もギュンターの本陣付近に乗り入れた。

 ギュンターは馬上から伝令の騎士たちに陣形調整の指図を行っている。


「見えたよ、ご主人様!」


「歩騎およそ、600~700といったところですな」


 やがてミンは一番に敵の軍勢を発見した。

 バルカの数読みの通りだとすると、こちらの1/3程度の軍勢ということか。


 ギュンターの言じゃないが、この数の差で打って出てくるのは確かに意外に思えるな。

 それだけ魔法使いの存在が大きいということだろうか?


 敵の軍勢はひと固まりのまま押し出してくる。

 こちらは横に広く展開しているというのに、包囲されることを恐れないわけか。


「前進、敵勢を押し包め!」


 ギュンターが号令を下すと、こちらの軍勢も前進を開始する。

 両軍の距離は刻々と縮まり、やがて矢合わせから戦端が開かれた。


「それらしい動きは見えないが、魔法使いは来ないのか?」


「まだ距離が遠すぎるからね。きっと歩兵がぶつかるなり魔法が来るよ。キミにはその排除をお願いするね」


 矢合わせの距離は40~50mだが、それでもまだ魔法の距離には遠いのか。

 どうやら想像していたよりも近距離で使われるものらしい。


 俺は結局この世界の魔法をまだ見たことがないんだよな。

 まあ、なんにせよ配置につくか。


「固定射撃配置だ、バルカは馬車を護れ」


「うん!」


「承知」


 俺は馬車の屋根に登りM73を取り出し、ミンがその脇で.44-40弾と.45-70弾の両方をポケットに満載して給弾係についた。

 バルカは馬車の前に陣取り、俺につけられた騎士ロルフの一隊と共に敵兵の接近に備える。


 ついに両軍が槍を合わせて激突したその時、夜間に見る車のヘッドライトのような輝きが前線で閃いた。


「来ました、魔法です!」

 

 コンラートが指さす方向を見ると、消防車の放水のような強烈な水流がこちらの兵を次々となぎ倒している。

 他にもあちこちで火炎放射やつむじ風が発生して、早くもこちらの前線は混乱しはじめた。


 これが魔法か。

 なるほど歩兵同士の押し合いにおいて、一方的に戦列に穴を空けられては著しく不利になるというわけか。


 見ることはなかったが、ニュンクスで立ち会ったユルゲンの魔法も、あの火炎放射のようなものだったのかもしれん。

 超常の力を持つ魔法使いたちはこの世界における決戦兵器で、偉そうな振る舞いにも理由があるわけだな。


 よし、魔法観察は終わりだ。

 水流を放っている魔法使いにM73の照準器を合わせる。

 『銃専心』、戦闘の喧噪が遠ざかっていく。


 轟音。


「大洋の彼方の…ひぺっ」


 呪文を唱えていた魔法使いの脳天に44口径弾が着弾し、中身の脳漿的サムシングが周囲に降り注ぐ。


「根源の炎…ぐぽっ」


「天空の…ぴ」


「星…かっ」


 俺は素早くレバーアクションすると、次は火炎放射の魔法使いの脳天を撃ち抜く。

 その次はつむじ風の魔法使い、その次は何の魔法か知らんけど光ってるやつ、ともかく光ってるやつは打ち倒していく。


 次々とヘッドショットを加えて、30秒かそこらで10人ほどいた魔法使いを排除し終えた。

 やっぱ兜を被っていない軟目標にはM73の連射力が最適だな。


「…使いがやられたぞ!?」


「雷鳴の魔術師だ!」


 ミンに揺すられて音が戻って来ると、今度は敵の前線が混乱に陥っていた。

 まあ、元からしてあっちは半包囲されてるし、頼みの魔法使いがいなくなればどうにもならんか。


「凄い…、魔法一門が束になってもまるで問題にしないなんて」


 コンラートが呆然とした様子でこちらを見ている。

 ギュンターは伝令の騎士に次々と指令を与えていて忙しそうだが、内容は優勢な状況を反映して攻勢強化の命令ばかりだ。


 こりゃ戦闘の趨勢は決まったかな。

 などと、思っていると相手の前線にひときわ豪奢な鎧を着た騎士が現れた。


「出てこい、ギュンター・アイヒホルン!我こそはハンス・ビットナーである!いざ、武門の誉、一騎討ちをしようぞ!」


 大音声でギュンターに一騎討ちを呼び掛けてるな。

 あれが敵の大将か、戦の作法とかよく知らんけど俺が撃っちゃダメなんだろうな。


「ソーマ。あの男もやってくれるかい?」


「いいのか?一騎討ちがどうとか言っているが」


 俺たちの馬車に馬を寄せてきたギュンターが意外なことを言う。

 武門の誉はいいんだろうか?


「構わないよ。僕は卑怯な勝利を、彼は名誉の敗北を得る。お互い望み通りの結果というわけさ」


 ふーん、そういうもんかね。

 この世界でギュンターの価値観が普通なのかは知らんが、現代人の感覚からすると分かりやすくはあるな。


 俺はSF1873に持ち替えると、馬上のビットナー卿に狙いを定める。

 

「どうした、臆したかアイヒホルン!貴様の父も卑きょ…ぐぶ!?」


 .45-70弾に頸椎を撃ち砕かれたビットナー卿は、うなだれるように全身を弛緩させ馬上から崩れ落ちた。

 首級とか要るかもしれんし、首から上は無傷にしておいたぞ。


「お、御館様が!?」


「雷に殺されるぞ、逃げろ!逃げろ!」


 大将を討ち取られた敵軍はついに潰走を始める。

 追撃戦に移行する軍勢を見下ろしながら、俺は体内から新たな感覚が湧き上がることを感じていた。


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