第52話 新たな力⑤

「いくぞ、お前ら! テニエス卿をぶっちめて、教会領の田畑を取り返すぞ! ヤツがため込んだ財宝はお前らに山分けしてやる! 命を懸けろ!」


「「「「おおおお!」」」」


 トビアスのやたら直截的な演説に兵たちが応えて、連合軍の進発が始まった。

 貴族的な優雅さは欠片も無いが、将兵の士気の高さを見るにこの流儀がハマッてるんだろうな。


 季節はそろそろ初夏の気配を漂わせ始めている。

 これからテニエス卿が抑えている元教会領を解放して難民を送り込み、冬小麦の作付けまでに収穫可能な作物を育てるには時間的な余裕はもう無いだろう。


 トビアスが今回の共同作戦を急いでいた理由はここにあるんだろうな。

 テニエス卿は北部教都の偶然の崩壊から始まる騒乱により、自領の周囲にあった2つの教会領を占領し、ついでに体制派諸侯の領地を侵略している。


 これらの領地を解放して農地を再開発できれば、現状の食糧危機への有効な対策になると同時に、トビアスと与力の諸侯たちが抱えている難民の送り込み先として一石二鳥というわけだ。


「旦那、偵察によるとテニエス卿は野戦に出て来ねえみたいだ。のんびり城攻めしてる時間は無えからよ、ひとつ頼むぜ」


「お前、俺のことを攻城兵器かなにかと思ってないか?」


 トビアスは悪びれもせずに「まあまあ、頼んます」とか言って肩を組んで来るが、まあ実際のところ城攻めは俺の得意分野ではある。

 相手が城壁を頼みに引きこもるというなら、その城壁を吹き飛ばせばあらかた仕事は終わりとなるだろう。




 終結地のステパット領を行軍する軍勢は2日間をかけて領境の川に達した。

 どうも俺たちだけの移動に比べると、連合軍による行軍と言うのはいちいち野営やら補給やらに時間が掛かって移動が遅いな。


 軍勢は輜重の車列をゾロゾロと付き従えていてこれが移動の足を引っ張るし、2000人もの軍勢が野営するとなると陽がそれなりに高いうちに行軍を切り上げて設営を始めないとならないのだ。


 その点、俺たちの軍勢は集結地に至るまで爆速の行軍でやってきた。

 3度の食事は全てシュタイオンで事前に調理済みのものを俺が『収納』から取り出して配給しているし、野営用の天幕も夜が明けたら『収納』するので荷物にならない。


 つまり、明るい時間のほぼすべてを移動に使うことが出来るので、少なく見積もっても通常の行軍の1.5倍は移動速度が出せると思われる。


 現在は俺の能力を偽装するために周囲の軍勢に合わせて荷車を曳いているし、煮炊きもいちいち火を起こすところからやっている。

 まあ、ふだんはあまり自重していないので、いずれは俺の能力に関する噂も広まってしまうかも知れないが、今回の共同作戦では一応の秘匿を行うつもりでいる。


「ご主人様、お夕飯できたよ!」


「お、シュタイオン鍋か。こりゃ、温まるな」


「初夏とはいえ、日が落ちるとまだまだ涼しうございますからな」


 久しぶりに俺とミンとバルカの三人で焚火を囲む。

 この三人でランダーバーグ王国の東部をあてどもなく彷徨っていたのは、もうかれこれ1年近く前になるのか(しみじみ)


 ところで、シュタイオン鍋について説明せねばなるまい。

 これは旧ディアーダ王国時代からつづく伝統料理で、魚のぶつ切りと野菜を魚醤で煮込んだ鍋である。


 おそらくは故郷の味を懐かしんだ神王こと斎藤さんが、醤油の代替品として模索した成果がこの魚醤であろう。

 結果的にナンプラーを使用したタイ料理みたいな味わいになっていて、斎藤さんがこれに満足したかどうかは定かでないが、俺は何でも食える性質なので十分美味い。


 まあ醤油を作ることは俺にも無理だろうな。なにしろこの世界では大豆を見かけない。

 こちらで見かけるのはヒヨコマメやレンズマメに似た品種だし、たしか大豆は東アジア特有の土地の菌だか何だったかが無いと栽培できないんじゃなかったかな(うろ覚え)


 魚介の味が複雑に溶け込んだ汁が俺たちを温めてくれる。

 その新鮮な魚介をどうやって持ち込んだんだよと問われると偽装の意味が無いんだが、まあ美味いからいいんだよ。





「バルカ、なんだあれは?」


「物見やぐらを幾本も寄せ合わせて、さらにその上に物見やぐらを高く組んだものに見えますな」


 俺たちはテニエス領に踏み入ってからもさしたる抵抗も受けず、その領都テニエシオンの城壁が遠く見える距離まで軍勢を進めていた。

 そしてそのテニエシオンの城壁の内部からは、20mを超えるであろう高さの木造建築物がそびえたっていた。


 ふーむ、物見やぐらを建てて敵軍の襲来を早期発見することには、もちろん意味はあるだろう。

 しかし、あれほどの高さの構造物を建てるのは大変だっただろうし、その労力を防壁の強化なりに注いだ方が合理的に思えるがどうだろうか。


 なんにせよ、籠城を選択するということは救援のアテがあるということだろう。

 トラウト卿に与する諸侯の援軍が到着する前に、さっさと攻略してしまおう。


「よーし、これから布陣を決めっぞ。まず東側を…ん、なんだ?」


 従軍する諸侯を集めて陣割を決めようとしていたトビアスが何かに気付く。

 その視線の先を追うと、例の高層物見やぐらだ。


 やぐらの頂上に眩い輝きが出現し、あたかも巨大サーチライトを向けられたような光の帯がこちらの軍勢に降り注いでいる。

 …これは嫌な予感がするぞ。


「ご主人様、おっきい水晶玉みたいのがあって、そこから光が出てるよ!」


「トビアス、いったん軍を退げろ! あの光が届かないところまでだ!」


「退がれぇええ! 全員だぁあああ!」


 俺の警告を受けたトビアスは全軍の後退を即断し、大声を張り上げながら将兵へ呼びかけている。

 しかしすでに遅かったか、軍勢の一部は騒然とし始めた。


 光の帯に捉えられた将兵は口々に熱い熱いと悲鳴を上げているので、こりゃあ熱線兵器というわけか。

 古代シチリアには銅鏡を連ねてローマの軍船を焼く兵器があったと言うが、それはあくまでも真偽不明の伝承の話である。


 ミンが目撃した水晶玉のひとつで、広範囲の人間を熱傷に追い込むほどの威力を出せるとなると…、神器だな(確信)


「ユリアン、あれは神器ではないか?」


「陛下、お声が高うございます…」


 ユリアンは神王こと斎藤さんの遺した神器が悪用されていることに不名誉を感じている様子だが、そんなの事実なんだから仕方ないよね。

 それより何か知っていそうだな。


 俺たちの馬車も急いで後退させつつ、俺は並走するユリアンを馬車の御者台に引き揚げて続きを促す。


「構わん、危急の事だ。知っていることを言え」


「はっ…、あれぞ正しく『白夜の神器』に相違ありませぬ。昼の内に陽の光を集め、夜中を真昼の如く照らしていたと伝わります。また、日照が少ない年には作物の育成にも使われたとか」


 なるほど、太陽光を集蓄光して照射する神器という訳だな。

 元々は平和利用されていたという点も、これまでの神器のコンセプトと合致する。


 …斎藤さんさぁ(怒)

 だからどうして安全装置をかけないんだよ!


 教会勢力だけじゃなくて、それを分捕った諸侯も使えちゃってるじゃないか!

 こんな世紀末世界の住人があんたの神器を平和利用するわけないだろ! いい加減にしろ!

 このポンコツロリコンチート野郎! (ライン越え)


 脳内で斎藤さんへの一線を越えた悪口を叫びながら、俺たちの馬車と周囲の軍勢は全速力で後退を続けた。




 テニエシオンの城壁からおよそ1kmの距離を離れると、光の帯はその影響を弱めてわずかに暖かみを感じるだけになった。

 トビアスが陣容を再編成すると、即座の撤退が功を奏したか『白夜の神器』による死者は無かった。


 しかし軽度の熱傷を負った者は100人ほどにのぼり、わずかな時間でもこれなのだから長時間の照射を受ければ恐ろしい被害となるだろう。

 これでは攻囲陣を敷くなど、とてもじゃないが不可能だな。


 こうなるとアレクシスをシュタイオンの守備に残してきたのは失敗だったか?

 いや、たとえアレクシスに『傀儡の神器』で爆弾巨人くんを生成させても、歩いて城壁に向かうまでに熱線を浴びて爆発させられてしまうだろうな。


 はぁ~、斎藤さんの無思慮のせいでこんな面倒事になるとは。


 …よし、もういい。

 俺はもうキレちまったよ。


 なんとなくヤバい予感はしてるんだが、もうこの感覚に任せてやってしまうもんね。

 悪いのは全部斎藤さんだ。


 俺は目を閉じて精神を集中し、新たな『銃召喚』を行う。

 そのとたんに猛烈な勢いで全身から魔力が吸い上げられ、まばゆい光が俺の眼前に立ち昇った。


 ぐぐぐ、これは過去一やばいぞ。

 あまりにも魔力を吸い上げる勢いが強すぎて、身体がバラバラになりそうだ。

 というか、こりゃ魔力が持たん!


 俺は『収納』内に貯蓄しているガトリングガンの弾薬や黒色火薬を片っ端から魔力に還元することで、なんとかこの巨大な魔力要求に対応することができた。


 ゆるゆると光が収まっていくと、さきほどまで何もなかった地表に黒鉄の偉容が現れる。


 ボーリングピンの頭を斬り落としたようなシンプルな砲身は、おもちゃのような滑稽さと全長4mにも及ぶ巨体の迫力が合わさり、不気味ですらある。

 総身が鋳鉄で構成された砲身の重量はおそらく1トンではきかず、砲架に取り付けられたスクリュージャッキで仰角のみの調整を可能としている様子。


 さらに砲架が載る砲床には小さな車輪が複数設けられ、これは砲を移動させるというよりは、設置場所にあらかじめ刻まれたサークル状の溝の上で砲を回頭させる機構のようだ。

 開閉機構を持たず一体成型の砲尾はつるりと奇麗な曲面で、そこに打ち込まれた銅板に「Rodman gun Model 1873 West Point Foundry 8in」の刻印が見える。


 はい、これが何なのかさっぱり分かりません(諦め)


 1873年製であろうことはむしろ見なくても分かるが、"ロッドマンガン"とある名称(以下、8in ロッドマンと呼称)と、それ以外には製造された工廠が”ウェストポイントファウンダリー”とあるのが分かるだけだな。

 ウェストポイントというと士官学校のイメージしかなかったが、19世紀には兵器廠でもあったんだろうか。


 そんなマイナーなアメリカ軍事史トリビアを知るわけないだろ!

 しかも開閉機構が無いって、ついに先込め式を繰り出してきやがったな!


 どうして召喚するたびに動作原理がドンドン退行していくのか(呆れ)


 さらにこの”8in”である。

 8インチってあなた、つまり20センチ砲じゃないですか…。

 旅順要塞でも攻略しに行くんですかねぇ。


 俺はせいぜい野戦砲とか山砲みたいなのが出てくると想像していたんだが、誰もバリバリの重砲を持って来いなんて言ってないんだよなぁ。


 というか、回頭用の車輪を見るに要塞砲か沿岸砲だろこれ。

 まーた博物館で余生を送るお爺ちゃんを戦場に連れ出してしまったか…。






 まあ、いいか。

 撃とう。

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