第3話 二人の逃避行

 ミンの先導で俺たちは道なき道を進む。

 木々の根が邪魔をして歩きにくい中を、急な傾斜や小川を渡りながらいくつかの尾根を越えた。


 出勤途上だった俺はもちろんビジネスシューズを履いているわけだが、革靴風のウォーキングシューズだったことは不幸中の幸いだ。


 それにしてもミンは簡素なサンダル履きであるにもかかわらず、恐るべき健脚である。

 持っていたスキルからしても山野での活動に習熟しているのかもしれない。


「たくさん離れたから、休憩しよう、ご主人様」


「そうか、ふぃ~、やれやれ…」


 俺は適当な木の根に腰を下ろして天を仰ぐ。

 どうやらミンは領主の追手がかかることを恐れ、事件現場から距離をとることを優先していたようだ。


 道理でわき目もふらず一息もつかずの強行軍だったわけだ。

 このままでは俺の体力切れは時間の問題だったわけだが…、それにしても?


 『ステータス』。


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名前:平良 壮馬

種族:ヒューマン

年齢:29

レベル:6

スキル:

言語理解

鑑定

収納

銃召喚

└銃整備

隷属魔法

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 やっぱり。

 レベルが一気に6まで上がっている。


 俺が自分自身で認識している本来の体力では、ここまでの強行軍の半分も持たなかったハズだ。

 こりゃレベルアップの恩恵に違いない。


 うーん、人間を殺してもレベルが上がるのかぁ。

 ダークでハードな世界疑惑が俺の中でふくらみつつあるが…、まだセーフ! ひとまず現状を打開したらハートフル展開に移行するのでセーフ!


「ご主人様、それ何してるの?」


 ミンは『収納』で出してやった水樽からひしゃくで水をすくい飲みながら、俺の手元を不思議そうにのぞき込む。


「新しいスキル?というかスキルの派生?が生えてきたから試してみてるのさ」


 俺の手はホルスターから取り出したSAAを握っており、淡く光り輝いている。


 『銃召喚』から派生したと思しき『銃整備』、意識してみると感覚でその機能が理解できた。名前のまんまの能力だな。


 馬鹿でかい反動で俺の右手首をイタイイタイしてくれた黒色火薬くんだが、厄介な性質はそれだけではなく、燃焼時の燃えカスがとても多い。


 本来は1度使うごとに銃の分解整備が必須なのだ。

 それをしないとすぐに燃えカスが詰まって、作動不良や暴発を引き起こすハズである。


 それを解消するための能力が手に入ったのは素直にありがたい。

 骨董品みたいな銃を分解整備するなんて俺には無理だからな。


 光が収まると、SAAが新品同様の状態に整備されたことが感覚で分かった。


「整備はこれでいいとして…、お次は弾薬の補充だな」


 SAAの装弾数は6発、男たちに3発を撃ったから残りは当然3発だ。

 今後も先ほどのようなバイオレンス展開に巻き込まれる可能性(無いと信じたいが)を考えると、リロードはできるときにやっておきたい。


 弾薬は『銃召喚』でいいのかな。

 ん…、よさそうな感覚。こうか?


 左手に光が生じて.44-40弾が3つ現れる。

 SAA本体を召喚したときに消耗したエネルギーをここでは仮に『魔力』と呼ぶとして、弾薬を3つ召喚するのに要した魔力は微小なものだった。


 これなら百発でもイケそうだ。いや別の要因(右手首)のせいでそんなに継戦できないが。

 弾薬が形状ボトルネックかと思いきや、俺の手首がボトルネックだったわけだ。


 すごく上手いジョークを考え付いたのに、それを伝える相手がいないのが辛い。


 SAAのシリンダ底部スライドを開き、銃を立ててシリンダを回しエジェクタ・ロッドを操作して1発ずつ落下させて排莢する。


 そして銃を下向きにして新たに召喚した弾薬を1発ずつ装填、もちろん1発ごとにシリンダを回さなくてはならない。


 うーん、面倒くさい。

 もし装弾を撃ち尽くしたら、戦闘中にこんな作業をしなくてはならないのか。

 こりゃ残弾管理には気を付けよう。


「さて、ミンには色々聞きたいことがある」


 興味深げに俺の作業をのぞき込んでいたミンに話しかける。


「うん、なんでも聞いて、ご主人様」


「まずはそれだ、俺の名前は壮馬、姓は平良で名は壮馬だ。壮馬と呼んでくれ」


「ソーマ・タイラー…、ご主人様はお貴族様なの?」


 お、これは異世界あるあるのやつか。

 平民には姓がないパターンだな。


「俺の故郷ではみんな姓を持ってるんだが、まあこっちではソーマでいくか。ただのソーマだ」


「うん、わかった。ご主人様!」


 分かってなさそう。

 次に聞きたいことは…、ちょっと聞きにくいことだが、これからの立ち回りのためにはどうしても把握しておきたい。


「次に…、奴隷のことを聞きたい。奴隷というのはどういう仕組みなんだ?」


 ミンは不思議そうな顔をしている。

 どうやらこの世界では常識レベルのことのようだが、それでもミンは教えてくれた。


 それによるとこの世界の奴隷とは、俺が予想していたパターンの中でもヘビーめなやつだった。


 『隷属環』と呼ばれる魔法の首輪により行動を制約され、主人の命令に制限はなし。

 たとえそれが命にかかわるような命令でも強制できてしまう。


 命令に逆らうと、最初に出会ったときのように首が絞めつけられ、また命令されていなくても主人への攻撃や逃亡といったような、主人の不利益になる行動も自動的に罰せられる。

 また主人が死亡すると自動的に『殉死』という処刑モードが発動するようだ。


 ミンの境遇を思うとこの重い制約は不憫としか言いようがないが、機密保持を強制できることは俺にとって見過ごせないメリットだ。

 申し訳ないがこれだけは利用させてもらおう。


「ミン、俺からのお願いは1点だけだ。今から俺の秘密をミンに共有するから、これを誰にも話してはいけない。それ以外はミンの自由にしていいぞ」


「うん、わかった! ミンの命をかけてご主人様を守る!」


 全然分かってなさそう。





 その後、俺が異世界からやってきたことを伝え、この世界のことをあれこれと聞いた。

 ミンは異世界という概念は理解できていなさそうだったが、俺が遠いところからやってきたこと、この地の常識を持たないということは理解してくれた。


 この世界には名前はない、まあそうか。ふつう自分達の世界に名前はつけないわな。

 ミンは自分が属する国の名前も知らず、単に王国としか呼ばないのでそこもいったん保留だ。


 さきほど俺が撃ち殺した男たちが属するのはバシュ領で、領主は私兵を使って村々から収奪を行うクソ野郎。

 ミンはバシュ領の山岳地帯にある村の出身で猟師の娘だったが、クソ領主が山林の収穫に重税を課してきたのでミンの村は反抗したらしい。


 兵を差し向けられた村は焼き払われ、ミンの家族を含む村人の多くは殺され、生き残りは拘束されて奴隷となったようだ。


 え、なにそのクソ統治は?

 とても持続可能性があるようには聞こえないのだが。


 俺の感想は正しく、やはり正常な統治状況ではないようだ。

 クソ領主は家督争いによる領内抗争の真っ最中で、戦費をねん出するためのハチャメチャな課税や収奪を行っているらしい。


 ミンの村もクソ領主に反抗する際に、クソ領主と対立する勢力を引き入れたので軍事衝突に発展したようだ。


 拘束され奴隷となったミンは、モンスター狩りの囮として酷使された挙句に商人に売り払われ、おまけにその商人すらも領主の私兵に殺されてしまったという顛末である。


 うーん、ひどい。

 どうやら俺は、この世界でも極端に物騒な地域に現れてしまったのではないか。

 こんな荒れた地では、とてもじゃないがハートフルなスローライフは期待できまい。

 こりゃ移動して正解だな。


「それで、いま目指してるゾンネ領てのは落ち着いたところなのか?」


「ううん、分かんない」


 俺は腰かけていた木の根から新婚さんよろしくズッコケるところだったが、気を取り直して話を続ける。


 どうやらこの世界の住人は、生まれ育った領から一度も出ずに生涯を終えることも珍しくなく、ミンが隣領のことをよく知らないのも無理からぬことらしい。


「うーんまあ、バシュ領を出るのは確定事項だから、行ってみてから考えるか。あとどのくらいで着くんだ?」


「たぶん、10日もあれば着くと思う」


 え、10日!?

 隣領ってそんなに遠いの?

 俺の異世界生活、山歩き成分がほぼ100%になっちゃうんですが。

 円グラフにしたら、ほぼ緑一色だよ?


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