第4話 異世界キャンプと魔物の夜

「ご主人様、ここで野営しよう」


 陽が傾き始めたころ、木が少なく開けた場所を見つけたミンは野営を提案してくる。

 俺は慣れない山歩きで足が棒になりそうだったので、その場にへたり込むことで賛成の意を表した。


 レベルアップによる体力増強は間違いなく実感しているのだが、それにしても推定8時間の山中行軍は堪えた。


「えーと、野営ってのは薪を集めたりすればいいのか?」


 元の世界でもキャンプなんかしたことないからな、俺は生粋のシティボーイ(死語)なのだ。


「ミンが全部やるから、ご主人様はここで休んでてね」


 ベテラン斥候兵の風格を醸し出しているとはいえ、女子中学生のミンを働かせて大人の俺が休むのは情けない。


 情けないのだが、一度座り込むともう立ち上がれない。

 よし、異世界初心者である俺が無理するのはよくない、ここはミンに任せよう。


 クルクルと動き回り、ミンはあっという間に石で囲んだかまどを作った。

 その後はどこからか倒木をズルズルと引きずって来たかと思うと、手斧で薪割りを始める。


 その様子をぼんやりと眺めていれば、スローライフ世界での平和なキャンプの光景に見えないこともない。

 なお、手斧に付着した赤黒い何かは見えないものとする。


「ん、ご主人様、ここで待ってて」


 ふと、薪割りの手を止めて周囲をうかがったミンは、背負っていたクロスボウを構えると藪に分け入っていった。


 なんだなんだ敵襲か?俺もSAAを引き出して緊張していると、ミンはクロスボウで仕留めたらしい野鳥をぶら下げながら戻ってきた。


 ほえ~立派な鳥。

 野鳥の種類なんてさっぱり分からないけど、鳩をもっと大きくして茶色っぽくしたような鳥だ。


 さっそく鳥の羽をブチブチとむしり始めたミンを見て、俺も焚火を起こすくらいやるかと立ち上がる。


 『収納』の雑貨類の中から小さな箱を取り出した。

 ここに火打石が含まれていることが『収納』の感覚から分かっていたのだ。


 パカリと箱を開けると、焚き付け用と思しき木の皮やほぐした荒縄、そして火打石と打ち金が出てきた。


 出てきたのだが…こんなの使い方が分からん。

 俺は生粋のシティボーイ(死語)なんだ。

 おーい、ミン助けてくれ。


 鳩っぽい野鳥を小さく切り分けて木串を打ち、焚火の周りに立てて遠火焼きにしたものに塩を振る。

 うん、野性味にあふれる味わいだが、旨い。


 馬車に積まれていた謎の穀物薄焼きも、そのままではパサパサしていて美味しくないが、肉を挟むと汁がしみこんで悪くない。


 薪集めから狩猟から解体から火起こしから料理まで、すべてを女子中学生に依存している現実から目を逸らしつつ、俺は異世界キャンプの味を堪能する。


 周囲はすっかり陽が落ちてきた。

 ふふふ、異世界の夜も乙なものだ。


 …あれ、これ俺クズかな? ヒモ感があるぞ。

 いやもちろん俺だけが食うんじゃなくて、遠慮するミンを説得してキッチリ2等分にして食べているが、元からしてミン一人の収穫物である。


 成り行きとはいえ保護下に置いた少女を突き放すわけにもいくまい、などと考えていたがこりゃミンは一人で生きていけるな。


 というかどう考えても俺がお荷物だ。

 ゾンネ領に到着して落ち着いたら、『隷属環』とやらをどうにかしてミンを解放することを考えるべきか。


 しかし俺の能力を知ってしまったミンを解放してよいものか。

 SAAによる銃撃については魔法と解釈されていたことから、この世界でも説明可能なものだと推測できる。


 では『収納』はどうかとミンに尋ねてみると、見たことも聞いたこともないと言う。


 未だミンにも詳しく説明していないが『鑑定』はどうだろうか? 『言語理解』は? 『隷属魔法』なんてトラブルの臭いをプンプン感じるぞ。


 うーん、保留。

 山間部の村娘だったミンの知識がどれほどのものかも分からないし、もっと異世界の情報を集めてから判断しよう。


 などと考えていると、ミンが食事の手を止めて周囲をうかがう。

 お、また獲物か?ジビエ料理がはかどるなぁ(食う専)


「ご主人様、魔物の気配がする」


「おっと。ミン、魔物っていうのはどういう存在なんだ?」


 SAAを抜いて立ち上がり、俺も周囲を警戒する。


「魔物は人間を見ると襲ってくる。獣よりずっと凶暴だよ」


「なるほど、だいたい共通パターンの通りだな」


 ミンには理解できないことを言いながら俺はSAAの撃鉄を起こし、ガサガサと藪をかき分けて現れた異形の存在に銃口を向ける。


 その姿は身長160cmほどのイノシシ人間。

 下あごから伸びた2本の牙が天に向かって伸びている。

 武器は持っていないが、発達した筋肉は人外の膂力を予感させる。


「ミン、こいつは"オーク"であってるか?」


「うん、オーク」


 やっぱりオークか、魔物ってことでいいんだよな? 実は友好的な亜人でしたというパターンも稀にあるからな。


 あ、ミンが警告もせずにクロスボウを撃ち込んだ。

 じゃあ敵という判断でいいだろう。


 ボルトが腹に突き立ちひるむオークに向けて、短剣を抜いたミンが駆けていく。


「待てミン! 下がれ!」


 俺の大声にビクッと足を止めたミンが後ずさる。

 これじゃオークとの間に割り込んだミンが邪魔だ。俺は自分で左に回り込みミンを射線から外す。


「もっと下がれ!右後ろだ!」


「グオオォォォ!」


 ミンはオークから視線をそらさないまま素早く俺の指示に従う。

 ひるみから立ち直ったオークは、ミンへ向けて怒りの咆哮をあげながら足を踏み出した。


 轟音。

 SAAが火を噴いて44口径弾がオークの踏み出した太ももを捉えた。


 衝撃でつんのめったオークに向けて、俺はゆっくりと接近しながら立て続けに射撃する。


 右脇を締めてSAAを腰の高さに構え、引鉄を引きっぱなしにしながら左手で何度も撃鉄をこすり上げることで短時間に次々と撃発していく。

 西部劇でおなじみのファニングショットだ。


 そんな撃ち方で当たるのかと疑問に思うだろうか? 実際めっちゃ外しました(小声)

 それでも4発中1発がオークの肩口に命中し、弾かれるようにオークは横倒しになった。


 残弾が1発となったことでかっこいい撃ち方を諦めた俺は、這いつくばってもがくオークに慎重に近づく。


 のたうちながらも敵愾心に燃える目を向けてくるオークに向けて、その顔面のど真ん中に最後の1発を撃ち込む。

 ビクリ、と一瞬硬直したあとにオークは沈黙した。


「ふぅ…」


 装弾を撃ち尽くしたSAAのリロードを行いながら、俺は緊張をといて息を吐きだした。


 ファニングショットはかっこいいけど、当たらないのが難点だな。

 そして最大の問題点は右手首がとても痛いことだ。


 馬鹿かな? どうして昼間の反省をもう忘れるのか。

 いや、その前に大事なことがある。


「ミン、戦闘中は俺の前に出るな」


「でも…、ご主人様を守らないと」


「これは命令だ。最初のクロスボウはよかったぞ、ああやって敵の足を止めてくれたらそれでいい」


「うん、わかった。ご主人様」


 最初はしぶしぶという様子だったが、命令と言われてミンは素直に従った。

 クロスボウの腕前を誉められたからか、鼻孔を広げてムフーしている。

 かわいいなこいつ。


 俺を守ろうとする気持ちはうれしいが、ただでさえ食事からなにから全てを女子中学生の世話になっているんだ。

 このうえ戦闘の矢面にまで立たせるわけにはいかない。そのくらいは俺にさせてもらわないと、大人の面目が立たないからな。


 痛む手首も名誉の負傷というわけだ。

 もっと手首を痛めないように戦えたよね? などと不粋なことを言ってはならない。


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