第5話 ゾンネ領の襲撃者

 昼間は山中を移動し、夜は『収納』から取り出した馬車の中で睡眠をとりながら、俺たちの行軍は7日目に突入している。


 自分を閉じ込めていた馬車だというのに、寝床に利用することを、ミンはまるで気にした様子がない。


 堅牢な格子でできた馬車は実際便利で、時折襲撃してくる魔物も格子の隙間から銃撃することで簡単に撃退できた。

 さながら移動式簡易要塞といった風情である。


 7日間の間に俺のスキル検証も進み、特に『収納』は期待した通り収納物の時間経過を止める仕様だった。

 さすがは信頼と実績の異世界転移標準装備だぜ。


 これにより俺たちは、いつでも焼きたてジューシーな野鳥肉や野兎肉を食べることができている。

 ミンの狩猟の腕前が良すぎて、むしろ食料の備蓄は増えていくばかりである。


 また、オークをたびたび撃ち殺したことにより俺のレベルは12となり、ミンもひとつレベルが上がったのでお揃いとなった。


 レベルアップによる身体能力の向上は目覚ましく、行軍スピードもどんどんアップしている。

 今ならフルマラソンをそこそこの好タイムで走れるのではなかろうか。




 おお…、ここが約束されたハートフルスローライフの地、ゾンネ領か(早合点)


 いくつ目かも分からない尾根を越えると、ついに木々を抜けて視界が開けた。

 山裾の傾斜を下った先に、左右に伸びる道らしきものが見える。


 道と言っても踏み固められて雑草が後退しただけの素朴なものだが、それでも久しぶりに人間の痕跡を目にして俺は感慨深い。


 だって丸1週間ひたすら木、木、木、たまにイノシシ人間、だったからね。

 これで魔物が出なかったら、ただ山で遭難した人と変わらないところだったぞ。


「ご主人様、この道はどっちに行く?」


 ウキウキで傾斜を駆け下る俺にミンが問いかける。

 え? それ俺が決めるの? 土地勘とか一切ないんですけど、いやそれはミンも同じか。


「えーと、じゃあこっちにするか」


 なんとなく眼前を横切る道を左右それぞれ見渡して、俺は右方向へ向かうことに決めた。


 本当になんとなくだけど、左を見ると遠くに青くかすむ山脈が見えたからね、平野部に向かった方が大きな都市とかありそうだなぁと。


 というかもう登山は一生分味わったぞ。ギブミー文明生活、ノーモア山中行軍。


 さてさて、最初に到着するのは街かな? 村かな?

 スローライフといえば村の印象が強いけど、現代知識を活かした商品開発路線をやるなら街だよなぁ。


 なんにせよ生活環境をよく見極めてから落ち着く場所を決めたいな、治安が悪かったり不衛生だったりするのは正直キツイです。


 お、あれは畑かな?

 いよいよ人間の生活圏に入ったんじゃないか。

 さあ、俺の異世界スローライフはここから開幕だ!





「…ミン、この世界ではわざと作物をこんな風に育てるのか?」


「ううん、誰かが踏み荒らしたんだと思う」


 出穂したばかりという様子の麦畑が、無残にもアチコチなぎ倒されている。


 麦は踏んで育てるとかなんとか聞いたこともあるし、もしかして正常な様子なのでは? と、一縷の望みを込めてミンに問いかけたが無情な返答であった。


 あれ…、おかしいぞ?

 約束されたハートフルスローライフの地において、何ゆえこんな不穏な光景が見られるんだ?


 いやまだセーフ! ミステリーサークルを作るイタズラの被害に遭っただけかも知れないのでセーフ!

 折れた矢とかもときおり落ちているけど、なんか豊穣祈願的な風習かもしれないのでセーフ!


 畑に沿って伸びる道を歩みながらも、俺の足取りはだんだんと重くなっていった。


 だって聞こえてくるんだよね…、遠くから風に乗った怒号や悲鳴が。

 セーフである理由を考えるのも面倒になってきた。おそらくアウトであろう(悟り)



「ご主人様、村が見えたよ!」


「…そうだな」


「襲われてるみたい。数は…20人くらいかな」


「…そうだな」


「村の守りは…、うーん。弓が少ないからダメかも」


「…そうだな」


 俺に現実逃避を許さないミンの的確な分析が突き刺さる。

 これがチクチク言葉か。ほんわかレス推奨です。


 眼前に見えてきた集落は丸太を連ねた防柵を巡らし、その周囲に環濠を備えている。

 そしてミンの分析の通り、武装した集団による襲撃を受けていた。


 集落の出入口と思しき箇所は荷車や樽で封鎖されており、その急造バリケードを挟んで内外で弓矢の応酬が行われている。


 内側はもちろん村人たちだろう、数人が懸命に矢を放っているが外から飛来する矢の方が断然多い。

 それ以外の村人たちは投石で応戦していて、すでに倒れ伏している者も見える。


 方やバリケードの外側に陣取る男たちは装備において勝る。

 弓だけでなく剣や斧を構えた者もおり、バリケードを乗り越えるタイミングを図っているようだ。


「おとなしく食いもんと女を渡しやがれ!さもねえと火をかけるぞ!」


 毛皮を身にまとい粗末な兜をかぶった男が、村に向けて無法な恫喝の声をあげている。


 …俺の心は静かに猛っていた。

 よくも俺を騙してくれたな。なにが約束されたハートフルスローライフの地か。

 どう見ても世紀末空間です。本当にありがとうございました。


 この怒りをどこにぶつけてくれようか?

 まあ、あいつらでいいか。


「ミン、畑に伏せて近づくぞ」


「うん、ご主人様」


 幸いにも襲撃者たちはこちらに気づいていない。

 麦畑に隠れた俺たちは匍匐前進でジリジリと距離を詰める。

 村と俺たちとで奴らを挟み撃ちにする格好を狙うのだ。


 畑の端まで移動してきた。

 やつらとの距離は20~30m、拳銃で撃つにはちと遠いがこれ以上は隠密を維持できない。


 まあいっぱいいるしどれかに当たるだろ(適当)


「よし、俺が撃ったらミンも射掛けろ、なるべく弓持ちを狙え」


 クロスボウを構えながらコクリとうなずくミンを確認すると、俺はSAAの銃口を襲撃者たちに向けて狙いを定める。


 轟音。


 襲撃者たちは突如鳴り響いた晴天の霹靂にギョッとして動きを止める。


 うーん、当たったのかよく分からんがドンドンいこう。

 俺は伏せ姿勢のままSAAの撃鉄を起こし、次弾を発射する。


「あがっ!」


 お、今度はハッキリ命中が確認できたぞ。弓を持った奴がもんどりうって倒れた。

 痛いか!今のはハートフルの分だ!


「げえっ!」


 槍をもった奴の腹に風穴が開く、これはスローライフの分!

 そしてこれは、7日間山歩きを強いられた俺の分だ! あ、外れた。

 さすがに八つ当たりだということが見抜かれたか!?


「ふ、伏兵だ!お前ら周りを、ぐぶ」


 おー、ミンのクロスボウが頭目っぽいやつの首に刺さったぞ。上手いもんだ。

 よーし俺も負けてられん。


「あそこだ!煙が見えるぞ!」


 げっ、位置がバレた。

 黒色火薬くんさぁ、なんだいこの発射煙は? 隠密行動に向かな過ぎるだろ。


 退き時だろうか? 奴らがこっちに向かって来るならズラかろう。

 などと考えていると。


「うおおおお!」


「やっちまえ!」


 鬨の声をあげながら、バリケードを乗り越えて村人たちが繰り出して来た。

 出てくる出てくる村人たち、手に手に鋤やフォークを振りかざして襲撃者たちに襲い掛かる。


 いいぞ! 挟み撃ち完成だ。襲撃者たちは完全に浮足立っている。

 今の内に、くらえ! これはゴア表現をオフにできなくて辛い思いをしている俺の分だ!


 轟音が鳴り響いてさらに一人が倒れたのを合図に、襲撃者たちは潰走を始めた。武器を放り出して一目散に逃走を図る。


 雄たけびを上げながら追撃する村人たちを見送り、俺はその場に立ち上がって服についた土を払った。


 ミンも俺たちの勝利に誇らしそうなムフーをしている。

 よくやったぞ褒めてやろう。

 頭をわしゃわしゃすると、ミンは目を細めて喜んでいる。


「ご助力感謝します」


 周囲の村人たちよりも幾分身なりのいい壮年の男が、やや警戒の面持ちで声をかけてくる。


「ああ、いかにも分かりやすく盗賊って感じのやつらだったからな。助太刀させてもらったぞ」


「いえ、連中は領主様が雇った傭兵です」


 あのさぁ…。

 アウトです。ゾンネ領。

 スリーアウトチェンジといたします。


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