第6話 新たな力

 すでにゾンネ領に対する俺の愛想は尽きたが、とはいえ村には立ち寄らせてもらおう。

 色々物資を補充したいし、なによりここを去るにしても、どこへ向かえばよいのか見当もつかない。情報が必要だ。


「私は村長のオットーです。魔法使い様がこんな田舎へ、なんの御用で?」


「俺はソーマだ。魔法触媒を探して旅をしている。珍しい植物や鉱物を知らないか?」


 これは山歩き中にミンと相談して決めておいた、俺の正体を偽装するカバーストーリーである。

 この世界の魔法使いは、魔法行使の触媒を探求して旅するらしいのだ。


 さらに魔法使いは偉そうなのがデフォというので、俺も尊大な態度を演じている。


「珍しい植物や鉱物ですか、あとで詳しいものを連れてきましょう。ささ、まずは我が家にお越しください」


 お、納得した様子だ。作戦成功。


 村には木造の掘っ建て小屋が多い中、案内された屋敷はさすが村長宅というべきか、外壁を漆喰で白く塗り固めている。

 しかも村で唯一の2階建て建造物だ。


「まずはおくつろぎください。湯をお持ちしますので、ぜひ旅の埃を落としてください」


 旅の埃を落とせとは、ふつうは旅の疲れをねぎらう意味だろう。

 しかし俺たちの場合は、文字通り"汚いから清潔にしろ"と言われている気がしてくる。


 だって7日間ぶっ通しの山中行軍だったからね。

 うーむ、まさか異世界人から清潔さでマウントを取られるとは思わなかった。


 客間でくつろいでいると、オットーの妻らしき婦人が湯の入った桶と手拭いを持ってきてくれた。


 さっそく俺とミンが体を少し拭うと、あっという間に桶の湯が真っ黒になってしまう。

 こりゃキリがないな、まずは井戸を借りよう。


 庭に移動して井戸水で身体を清めた俺は、一瞬で沐浴を終わらせようとするミンを捕獲した。

 お前は女の子なんだから、もっとキレイにしなさい。


 ゴワゴワに膨らんだミンの髪からは、洗っても洗っても小石やら、木の枝やら、虫の死骸やらが出てくる。

 どうなってるんだこいつの頭は。お前も『収納』持ちなのか?


 無限に汚れが出てくるかと思われたミンの髪だったが、ついに土埃の在庫が尽きたらしく濡れてペッタリとした直毛になった。

 お前、ストレートヘアだったのかよ。ナチュラルにソフトアフロなのかと思ってたぞ。


 つか、汚れを落としたらクラスでも2~3番手くらいの可愛い子になっちまったじゃねえか。

 こりゃ裸にさせていると犯罪臭が漂ってくるな、あとは自分で洗いなさい!





「ソーマ様、ご助力の謝礼と戦利品の分配についてですが…」


「ああ、連中の武器なら俺たちには必要ない。それよりも馬を譲ってもらえないか?2頭欲しいのだが」


 旅の埃を落とした俺たちは、居間でオットーと向かい合い戦後処理の交渉をしている。


 ちなみに俺達の着替えは馬車に積まれていた商人の服だ。

 ミンにはちと大きいので袖を短く切り詰めて着させている。


 今回の戦利品には長剣や戦斧など、いま俺が所持している山刀より価値が高そうなものが多数ある。


 でもまあ必要ない。

 どうせ俺は剣を振り回したりしないからね、なんなら山刀の方が藪や小枝を払うのに便利だ。

 いや、どうして山歩きを前提に考えるのか。俺はもう二度と山歩きはしないぞ!


 ここで馬を要求したのは、俺たちのメイン要塞にして寝床でもある馬車を稼働させたいからだ。

 馬は貴重な労働力らしくオットーは渋っていたが、追加で銀貨10枚を俺が支払うことで折り合いがついた。


 これで移動の足が出来たぞ! ついでに俺の『収納』に対する隠ぺい効果も期待したい。

 俺たちが多くの荷物を持ち運んでいることの不自然さを、馬車の積載力でごまかす作戦だ。


「ところで、さっきの連中は領主が雇った傭兵だという話だが、どうして領主の傭兵が自領の村を襲うんだ?」


「ここゾンネ領は周囲のいくつかの領と戦をしておりまして、そのため領主様は多くの傭兵を雇ったのです。しかし噂では給金の支払いが滞っているとか…」


「給金を貰えない傭兵たちが、代わりに村を略奪しているわけか?」


「はい、領主様は連中の行いを黙認しておられるのか、いくら陳情しても傭兵どもを成敗なさいません」


 うーん、ひどい(2領目)

 自分が雇った傭兵の給料が支払えないからって、自領の村から現物支給かつ現地調達させるのかよ。

 すでにスリーアウト済みのゾンネ領だが、こりゃなんぼでもアウトを狙えるエース級領地に違いない。


 ゾンネ領と近隣領の争いは、ここから南方の方向らしい。

 では俺たちは戦火を避けて北上しよう。

 しかも北というのは、元々俺たちが向かっていた方向らしいので丁度いい。


 というか最初に進行方向を間違えていたら危なかったな。

 神様、何気ない2択に致死性のトラップを仕込むのはやめてください。


「オットー、ああいう連中は他にまだいるのか?」


「大小いくつかの傭兵団がおりますが、ウチの村を狙っていた一団は今日の戦いで頭目を討ち取りました。これでしばらくは近隣を脅かすものはおりません」


 オットーは喜色を浮かべているが、俺はそんな甘い見通しを信じるつもりはない。

 どうせ旅を再開するやいなや、すぐに黒色火薬くんが火を噴く展開になるに違いないのだ。信じなければ裏切られることはないのだ。


 今できる最高の防衛体制である要塞馬車を稼働させ、すぐにでもこの物騒な領を脱出してやる。


 夕飯の馳走を受けた後に客間に戻った俺とミンは、木枠に寝藁を敷き詰めたアルプス山脈の少女式ベッドに毛布を敷いて寝転がった。


 おー、こりゃ悪くない寝心地だ。

 寝藁も譲ってもらえないかな?出発前に交渉してみよう。


 …いや、ミンはちゃんと隣のベッドで寝なさい。


 そりゃ山中では一緒の毛布に包まって寝ていたけどさ、今のお前はクラスで2~3番手の可愛い女子中学生になってしまったのだ。

 だから俺は多方面に配慮をしなくてはならないのだ。






「ご主人様、起きて!なんか騒がしい!」


 ミンに揺すられて意識を覚醒させると、たしかに周囲から喧騒が聞こえてくる。

 客間のドアを開けると、槍を手にしたオットーが屋敷を飛び出していくのが見えた。


 なるほど、そう来たか。

 旅を再開したらすぐに荒事が起こる、そう考えていた時期が私にもありました。

 旅を再開するまでもなく荒事が起こりましたとさ。

 一日たりとも平穏が維持されないじゃないか!いい加減にしろ!


 俺はオットー宅の2階に駆け上がると、窓の鎧戸を開いて状況を確認した。

 案の定、村の入り口に築かれたバリケードの向こうに武装集団が陣取っている。


 こりゃ昨日よりずいぶん数が多いぞ、50人以上いるんじゃないか?

 オットーの情勢判断さぁ。


「テメェら、昨日はよくもやってくれたな!皆殺しにしてやるから覚悟しやがれ!」


「傭兵団を3つも集めたんだぞ!敵うわきゃねえんだ、降参しやがれ!」


 降伏させたいのかそうじゃないのか、意見をまとめてから来てくれませんか。


 しかし連中の言も一理ある。

 これだけの数をさばくには、SAAでは完全に火力不足だ。

 昨日みたいに隠れて挟撃することも、今からでは望めまい。

 こりゃピンチだな。


 うーん、ここからでは交戦距離にも無理があるな。

 連中までは50m以上離れてるし、さすがに拳銃で狙える距離じゃない。この距離ならアサルトライフルが欲しいぞ。

 くそ!今この手にM4カービンがあれば!すぐにでも連中を蹴散らして現状を打開できるのに!


 …

 …ん?


 あれ、この感覚、イケるの?出せちゃうわけ、M4カービン?

 マジ?

 よっしゃ!そうと決まれば『銃召喚』だ!


 これまでで一番多くのエネルギーが身体から抜けると、掲げた俺の両手から強い光が生じる。

 光の塊はやがて棒状の形に集約し、ついには実体をともなってその姿を現した。


 両の手に握られた全長は約1m、銃身の下部にはチューブマガジンが備わり、ハンドガードとストックには渋い艶のあるクルミ材が用いられている。

 装填レバーを兼ねた特徴的なトリガーガードは、西部フロンティア秩序の守護者もあるいはその破壊者も、こぞって手にした名銃の証。

 すなわちレバーアクション式ライフル。

 これはまさしくウィンチェスターM1873(以下、M73)、SAAの最高の相棒にして、.44-40弾を共有する世界初のユニバーサルカートリッジ義兄弟。


 それはつまり…。


「黒色火薬じゃねーか!」


 思わず大声が出た。

 なお、バリケード周辺ではすでに小競り合いが始まっております。


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