第2話 奴隷少女ミン

 少女の首飾りからほとばしる閃光に目を細めていると、俺は首飾りが広がり指への締め付けがなくなっていることに気づいた。


 指を引き抜いて観察しているとやがて光はおさまり、少女はむせかえりながらも激しく呼吸している。


 俺は少女の背中をさすりながら、赤黒く変色していた顔色が徐々に薄桃色まで持ち直していくことを確認し、少女に声をかける。


「えーと、大丈夫かな?もう首絞まってない?」


「んぐ…、もう大丈夫。ありがとう、ご主人様」


 ご、ご主人様!?

 なんかまたちょっとハートフルスローライフ路線とは違う感じのが来たぞ。


 いやまだセーフか? SM妄想趣味の困った少女枠かもしれない。

 ハートフルスローライフにそんな枠はないだろ!


「ご主人様が、『隷属環』の『殉死』を止めてくれたんだよね?」


 セルフツッコミに忙しい俺を見て、少女は小首をかしげながら問いかけてくる。


 なんだか分からない単語が色々でてきた。


 なんと答えたらボロが出ないのか思いつかないが…さすがにこんな年端のいかぬ少女まで口封じで始末する気にはなれない。


 顔も服装も煤けた汚れで分かりにくいけど、見たところ中学生くらいの女の子のようだ。

 身長は140cmくらいで、クリクリとした活発そうな瞳をしている。

 あ、そうだ『鑑定』!


 いきなりのバイオレンス展開で能力の検証ができていなかったけど、異世界3点セットの鑑定スキルを試してみよう。


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名前:ミン

種族:ヒューマン

年齢:14

レベル:11

スキル:

狩猟

採集


※平良壮馬に隷属

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「そう…みたいだね」


 本当に俺がご主人様なのか(困惑)





「ご主人様、血の臭いで魔物が寄って来るから、ここを離れよう」


 少女は立ち上がると、身体と衣服の砂埃をパンパンと払いながら行動を提案する。


 えーと、この子、切り替えが早すぎない?

 さっきまで死にかけていて、今は見ず知らずの男に隷属しているというのに。

 この状況に対して動揺とかはないのだろうか。


「あのさ、君は…」


「ミンのことはミンって呼んで、ご主人様」


「…ミンは俺に隷属しちゃってるけど、それはいいのか?」


「うん、ミンは使い捨て奴隷。ご主人様に救けられたから、ミンもご主人様を助ける!」


 なんだか話のダーク成分がさらに高まった気もするが、色々聞くのは後にして移動するか。

 魔物が寄ってくるとか言ってたしな、これ以上のバトル展開は俺の継戦能力(右手首)が持たない。


「移動するにしても近くに街とかあるのか?」


「近くの街はダメ、このまま山を越えて、隣のゾンネ領まで逃げよう。あいつらは領主の手下だから、街に行ったら領主に捕まっちゃう」


 えぇ…、まだハードな冒険パートが続くんですか。


 当面は第一希望のハートフルスローライフ展開とは違うにしても、せめて街で冒険者ギルドに登録して「新人なのにすごーい」的な、そのくらいのユルい感じに方向転換できませんか。


 そう抗議の意味を込めてチラリと視線を送ると、ミンは血だまりをものともせず男たちの死体から武器や腰袋を漁っていた。


 できませんか、そうですか(諦念)

 仕方ない、ハートフルスローライフ路線への転換は後回しにしてまずは身の安全を図るか。


「ご主人様、武器を持って」


 ミンが山刀男の腰から外したベルトと山刀を差しだしてくる。

 武器と言われて俺は右手のSAAをチラリと見やるが、それを察してミンがさらに俺を諭す。


「ご主人様の魔法がすっごく強いのはミンにもわかる。でも丸腰に見えるのはダメ」


 なるほど一理ある。

 さっきは銃を向けても威嚇効果が全く発揮されなかったし、この世界でも通じる形で自衛の意思を示す必要があるか。


 俺はミンから受け取ったベルトを腰に巻き、左腰の鞘に山刀をおさめながらもSAAを持て余してキョロキョロする。


 お、これは。

 手斧男のベルトには、手斧を留めていたと思しき皮革のポーチがついている。


 ポーチの底には穴が開いていて、ここから柄を出して斧の頭を上にする形でぶら下げていたのだろう。


 SAAを入れてみるとちょうどピッタリ、穴から銃身が突き出しながらもシリンダー部分をポーチが受け止め、グリップは上にはみ出しているからとっさに掴める。

 まるで最初からホルスターとして作られたかのようなシックリ感だ。


 これがシンデレラフィットというやつか。ちょっとテンションが回復してきたぞ。

 俺はホルスターをベルトに通して右腰に固定する。


「銀貨が1枚と、銅貨がたくさんあった。たぶん馬車にはもっとたくさんある」


 ミンが男たちの死体から集めた硬貨を一つの袋に入れ、俺に渡してくる。

 えーと、ベルトは左右とも埋まってるからこれ以上は過積載だな。

 スーツの内ポケットに入れるか。


「水と食料もなるべくたくさん持っていきたいけど…」


 馬車の荷台からミンが水樽と大きな袋を引っ張り出してくる。

 そんな大荷物を抱えながら山歩きはちょっとなぁ…。


 あ、そうだ『収納』!(本日2回目)

 いきなりのバイオレンス展開で以下略。


 えーと、いけるかな?あ、いけそうな感覚。


「ミン、馬車ごと持っていこう」


「えっ、でも馬は逃げちゃったし…」


 困惑しているミンを馬車から引き離し、俺は馬車の荷台に手をつく。


 しかし落ち着いて見ると変な馬車だなこれ、外側は帆布のような分厚い幌でおおわれているけど、中身は堅牢な木材の格子でできている。


 荷台前後の格子の一部がドアになっていて、外から錠前がかけられるようになっている。

 …まあそうか、奴隷運搬車ということだな。


 『収納』、と。


「消えた!? ご主人様、馬車が消えたよ」


「ああ、俺が全部『収納』したから、中身もいつでも取り出せるぞ」


 驚愕するミンに答えつつ『収納』の中身に意識を向ける。

 すると馬車とその積み荷の内容が手に取るように理解でき、またそれらを取り出せる感覚が返ってきた。


 えーと、水が1樽になんか固く焼かれた穀物が一袋に、毛布が4枚、手拭いやら衣類やらが多数にその他雑貨、銅貨が145枚に銀貨が28枚、と。


 お、御者台の下に武器が隠してあるぞ、こりゃクロスボウか。

 あとボルト(太矢)が10本だな。

 俺はクロスボウなんて扱える気がしないけど、ミンは扱えたりしないかな?


「これは使えるか?」


「うん、ミンこれ得意! 任せて!」


 クロスボウとボルトを手渡すとミンは目を輝かせ、ムフーと鼻息を荒くしている。


 こうしてみると年相応の少女だな。

 いや、女子中学生ってクロスボウを渡されて喜ぶものだったか?


 ミンは短剣男のベルトを腰に締め短剣を後ろ腰に固定すると、クロスボウのスリングをたすき掛けにして背負う。

 ボルトの束もベルトにたばさむと、なるほど堂に入った斥候兵という雰囲気だ。


 いや、女子中学生って堂に入った斥候兵の雰囲気を醸し出すものだったか?


「ご主人様、お待たせ。すぐに山を越えよう」


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